55 クリスタロス ③
クリスタロスには、空と水、海と泉、そんな境はないのだろう。
輝きの泉に到着すると、そのまますっと水に潜っていく。
「無事、終わりましたね」
なんとなく見守るように付いてきたが、その必要はなかった。
途中、やってきた蠅のような何かを、クリスタロスは尾びれで叩き落し丸のみしていた。
透明で空に溶けそうな見た目なくせに、激しく強かった。
「あと二、三日は移動が続くだろうが、それが落ち着いたら産卵に入るだろうな」
『ピュウピュウピューイ?』
移動を見届けた探索者たちは、そのまま森へと消えていく。
カミーユと共に残っているのはフィン、アルバン、ギャブだけだ。
「あれ? 素材は? 採らないんですか?」
『キュウキュウキューイ?』
「あれはだな」
『ピュウピュウピューイ?』
「あ、ちょっとごめんなさい」
泉に着いた途端、カミーユの肩に泊まったドラグーニが報酬を要求している。
仕事が終わったと理解しているのだから、全くこの子は頭がいい。
鞄を漁って豆を取り出した。
「ほい。お待たせしました。でも今はこれだけ。ご飯が食べられなくなるとダメだからね」
『ピィィィユッ!』
「ダメダメ! 甘い物はごはんの後」
『ピューイ?』
「甘いものはね、おいしいくてちょっとあると幸せなの。でもね、たくさん食べると太るんだよ? せっかくドラグーニになったのに、お腹がプニプニのポコポコで飛べなくなったらカッコ悪いと思うけど」
『ピュウウ!』
納得したのか、カッコ悪いのが嫌なのかドラグーニは大人しく食べ始めた。
「……ごめんなさい。それで?」
ドラグーニの口を塞いで向き直ると、アルバンや近くにいたフィンたちにマジマジと見られた。
「なついてんなあ」
「ここまで甘い物好きとはねえ。何でも食べるけど、フルーツが好きなんだと思ってたわ」
「それにカミーユのいうことをよく聞く。調教師以外のいうことを聞くなんて、珍しいんじゃないか?」
「ええ、びっくりよ。突いたり、噛みついてもおかしくないもの」
「豆欲しさですね、きっと。甘い物は正義って言いますから」
カミーユが当然というように頷いた。
「……言うか?」
「聞いたことはないが」
アルバンが眉を上げ、フィンと確認しあっている。
二人がギャブを見れば、彼女は肩をすくめた。
「豆が甘いのか」
アルバンの手に味見の豆を載せた。ついでに昨夜食べたフィンとギャブにも。
「おう。豆は塩だと思ってたが、これもうまいなあ。まあ、ビールには合わなそうだが」
「菓子ですからね」
カミーユも口に運ぼうとすると、ドラグーニが浮かびあがってじっとカミーユを見つめた。
『ピューイィィィ?』
いいのか、太るぞと言われている気がする。
しばらく見つめあったが、諦めてドラグーニに譲り渡した。
「それで話の途中でしたけど、素材は?」
「ああ。産卵が済んだクリスタロスは海に帰るんだが、あ、帰りはそこの川を泳いでいくらしいぞ。まあ、中には息絶えるのもいるんだ。卵もそうで、孵化できねえのもいる。でな? そういったやつの鱗や卵が、死んでしばらくすると石になるんだ」
「石?」
「クリスタロスの色のままに透き通ってきれいで、宝石といってもいいな」
「あー、それなら高価な素材になりますね。探索者が出張るわけだ」
「装飾品として求める客もいるが、それ以上に魔石として優れててな。風、水の属性と相性がいいし、なにより光属性が入る。そこまでの石はなかなかねえ」
「えええっ、鉱石じゃないのに?」
ランプに使われる光魔法は、鉱石じゃないと入らないのは有名だ。
「ああ。泉のせいかとも思うんだが、特別だろ? 採れる数は少ねえがな」
アルバンと一緒に泉に視線をやれば、いつの間にかアーチーが少し先で泉を覗き込んでいる。
心配していたというから見に来たのだろう。
「あれは?」
ギャブがアーチーから目を離さずに、フィンに尋ねた。
「アーチーだ。この地の守護者だな」
「名前付きの魔木なのね? クリスタロスもだけど、あの魔木も見たことがないわ。攻撃してこない魔木なんて」
アルバンが頷く。
「ああ、ここはちょっと特殊なんだ。その辺に他とは違う唸り草も見つかるぜ」
「唸り草? 危ないじゃない!」
ギャブが慌てて周囲を見回した。
「危なくはない。鬱陶しいだけだ」
「なによ、それ」
三人が話す場所から離れて、カミーユはアーチーに近づいた。
「アーチー」
アーチーが気づいて、バサバサと右腕を振る。
「クリスタロス、見た? 良かったね」
今度は嬉しそうに木全体がわさわさと揺れた。
「……アーチー、聞きたいことがあるんだけど」
カミーユは思い切って聞くことにした。
「あのね、アーチーと同じ木はこの森のどこかにある? 私は調香をするんだけれど、枝を少し欲しいんだよね。とてもいい香りだと思って」
アーチーが右腕をカミーユの前に伸ばし、左腕を自分の顔の前に持っていく。
「そうそう。この香り。甘くて、暖かくて、優しくて、少しスモーキー」
アーチーは首を傾げている。
「ふふっ。わかんないよねえ」
腕をすっと引いたアーチーが、泉の奥を指した。
「あるのっ⁉ 欲しいんだけどもらえないかなあ」
バサリと頭を揺らして、アーチーが奥に向かって歩きだした。
慌ててカミーユもついて行く。
「カミーユ?」
後ろからフィンの声が聞こえた。
「アーチーが、アーチーの腕をくれるそうです。あっちだって。ちょっと行ってきます」
「腕?」
「ああ? おいおい」
顔を見合わせたフィンたちが、カミーユの後に続いた。




