53 クリスタロス
「いつもの? ええーっ。なあんだあ」
魔獣向けの依頼と聞いて、カミーユの肩が落ちた。
「やる気がどっかに消え失せたな?」
「そりゃあ、魔獣用と聞いたら。ぬか喜びしちゃいましたよ」
カミーユは口を尖らせた。
「今回は魔魚向けだ」
「ん? 魚?」
カミーユがアルバンを振り仰いだ。両手を合わせてくねらせているのは、魚を表しているらしい。
「魚って言いました? 無茶なことを」
「無理か?」
「水の中ですよ? 香らないと思うんですけど」
「ああ、水の中で香らせろとは言わねえよ。地上でいいんだ」
カミーユが首を傾げた。その手がまたゆらゆらしている。
「地上を這う魚?」
「いや、空を飛ぶ魚だ」
カミーユの目が丸くなった。
「ほおう。さっすが魔の森。花は唸り、木は歩き、魚は飛ぶ、と」
「クリスタロスっていうんだがな。アルタシルヴァで産まれるが、生息地は海でな」
「へえ、美味しそう……」
そうボソリと呟いたカミーユは、頭の中にどんな魚を思い浮かべたのか。
「「「「ぶふぅっ」」」」
カミーユの頭の中が透けて見えそうな発言に、その場にいた四人が噴き出した。
顔を背けているが、肩が揺れている。
「もう。……まあ、この花は初めての素材だし、面白そうですけど。忌避剤ですか? それとも誘引剤? あ、でも、どっちにしても花数も少ないし、効果は弱いかも」
アルバンが頷きながら、首の後ろをこすった。
「それなんだがな。それだけ探すのがやっとだったんだよ」
話を聞いてみればこうだ。
魔の森近海に住むクリスタロスは、産卵のために森に飛んで戻るらしい。
そのきっかけになるのが素材としてもらった白い花で、一つ一つは仄かだが開花時期には辺りに香りが満ちるという。
「海が湾になって森に入り込んでる場所があるんだ。そこに咲くんだが、種の季節の大嵐でだいぶ折れたり、塩水に浸かったようでな」
「ああ、それで花が少ないんですね?」
「そんなことになってるとは知らなくてよ。アーチーも大分心配してるようだったから」
「アーチー?」
輝きの泉で会った、歩き回る木だ。あの、素晴らしき香りの腕の持ち主。
「クリスタロスが産卵するのが、あの泉なんだよ。な?」
ジャックがコクコクと頷いた。
「ここんところ、ギルドから子供らに唸り草採集の依頼が出てたんすよ。で、オレら若手が交代で泉までの送迎役で。アーチーが泉を覗き込んでる姿をよく見かけるなって思ってたら、バートやジーンも見たって」
「その話が気になってな。泉に確認に行ったら、クリスタロスが来てないって騒ぎになった。で、原因を探って、アーチーと意思の疎通を図って、どうやらこの花が必要らしいってわかるまで三日かかった」
「なるほど……。それでこの花を」
花を集めて湾の上で揺らしてみてもダメ。なら次は香りを試そうとなったらしい。
「悪いが、急ぎで頼みたい。産卵の機会を逃しちまうからな。あと、できれば香りを濃いめにして欲しい」
「わかりました。できる限り……」
カミーユが言葉を止めた。
「濃くするのはいいですけど、巨大魚が飛び上がったりしませんか……?」
アルバンが黙った。
そのままフィンとジャックを視線を交わしている。
「……小さな湾で、でっけえのは入れないはずだ。まあ、念のため探索者を集めておく」
「私も行こう」
「お、俺も」
フィンとジャックも同行するようだ。
「ええと、難しい作業はないので、明日の朝までに仕上げますよ」
「ありがたい。明日か。なら、これからすぐ知らせるか」
アルバンとジャックが今にも帰ろうとする。
「はい、大丈夫ですよ。おいしい魚のためですもん」
二人がくるっと振り向いた。
「悪いがカミーユ、クリスタロスは食えねえやつだ」
「えっ」
どうやらカミーユのイメージしたのとは違う魚のようだった。




