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52 いつもの訪問者

「ん? 珍しい。千客万来だ」


 カミーユが立ち上がると、同時にグレンも椅子を引いた。その手はドラグーニをわしっと掴んでいる。 ドラグーニの短い手足と長いしっぽがじたばた、ぶんぶんと動いているが、ほどけないようだ。


『ピィィィユッ! ピィィィユッ!』

「ええと、私が出ますから大丈夫ですよ?」

「いや、すまないが、少しの間避難できる場所を貸して欲しい」

「避難?」


 カミーユが首を傾げた。

 グレンの言葉をうまく理解できないでいると、ギャブが付け加えた。


「この街にいるのは『ギャブ』になる予定なの。だから、ね」

「なるほど?」


 伝わらない説明だが、二人揃って会わないというようなことを言っていたし、きっとあまり聞かないほうがいいユニークな仕事の都合なのだろうと、カミーユは納得した。


「一階の奥が工房ですから、そちらへどうぞ。裏庭へも抜けられますから」

「ああ。助かる」


 そう言うと、グレンは騒ぐドラグーニの口にかみつき豆を二粒ほど放り込むと、カミーユより先に階段を降りていく。ドラグーニは目を閉じて静かに咀嚼しているし、グレンは足音もさせていない。

 これなら気づかれないだろう。


 ドアベルがまた鳴った。


「はーい。今、開けます」


 カミーユは殊更に足音を立てて、降りていった。



 訪問者はアルバンとジャックだった。


「よお。休んでるとこ、悪いな」

「カミーユさん、ひさしぶりっす」

「こんばんは。そういえば、お久しぶりですね。さあ、どうぞ」


 ジャックは扉を潜ったが、アルバンは親指でクイっと隣家を指した。


「先に配達を済ませてくる」

「あ、フィンさんなら、今、上にいますよ」

「お、そうか」


 今度はカミーユが人差し指で上を指し、アルバンとジャックを迎え入れた。


「学生時代のご友人とご一緒なんですが、夕食を恵んでもらいまして」

「また買い忘れたのか」

「言ってくれれば、配達ぐらいするっすから」

「またって言われるほどでも……」


 カミーユは口の中で反論しかけて口をつぐんだ。

 実際ギルドの注文品を取りに来る探索者たちには、夕食ダッシュですと言いながら、慌てて屋台に向かう姿を何度も見られている。


 キッチンに入ったアルバンとジャックは、ギャブの姿を見て目を見張った。


「これは失礼を、レイディ。すぐに用件を終わらせますから。探索者ギルドのアルバンです」

「ジャックっす」


 ギャブがにっこりと笑顔を見せた。


「いえ、大丈夫ですわ。お仕事なのですから」

「助かります。しかし、女性のお客人とは珍しい。普段ここには探索者しか来ませんから」


 アルバンが客向けの整えた口調で言うと、カミーユが口を尖らせた。


「私だって普通の香水依頼が欲しいですよ! でも来るのは探索者ギルドの()()()依頼ばかり」

「ま、そのうちな。奉納香のオリジナルを調香中なんだろ? それができれば依頼も来るんじゃねえか? なんたってローザはご婦人がたに人気だ」

「……ローザばかりでも嫌なんですけどね」


 フィンに手紙の束を渡していたアルバンが、呆れたような視線を向けた。


「……めんどくせえな」

「大丈夫っすよ。今までここで頼む人がいなかったから、知られてないだけっす。あきらめちゃダメっすよ」


 ジャックがカミーユを力づけ、手に持っていた花束を差し出した。

 

「えっ? あの、これ、私に? ……嬉しいです。花束を貰ったのは初めてで」


 恥ずかしそうに、嬉しそうに、受け取ったカミーユがはにかんだ。


「あっ! えっ! いや、その、違うっす! それで香水を作って欲しいっすよ!」


 慌てるジャックをカミーユはじっと見つめた。


「ええと、つまり、これは、素材……?」

「そうっす!」

「なあんだ」

「ぶふぉっ」

「「ぷふぅ」」

 

 その様子を見ていた周囲の大人たちが噴き出した。

 カミーユがそちらをじろりと見やれば、すっと目を逸らした。三人とも口元に変な力が入っているのが見てとれる。


「失礼ですよっ! 笑いをこらえているのが丸わかりですからねっ!」

「「「ぶふぅ」」」


 また三人が噴き出した。


「もう。……まあ、そうですよね。私にくれるなら素材の花ですよね。でも、きれいな花束だったから」


 大輪の、光り輝くような白い八重咲の花が枝にいくつも付いている。手にずしりと重かった。

 

「オ、オレ、今度、花束を贈るっす! きれいなの選んでっ!」


 ジャックが頬を赤らめて叫んだ。


「いえいえ、いいんですよ。素材ももちろん嬉しいです。それに香水の依頼ですよね? ()()()、本当の香水の初依頼っ! よぉしっ!」


 カミーユは右手でこぶしを握り、左腕に抱えていた花束を見下ろした。


「ううん?」


 そのまま花に顔を埋める。


「……見ごたえのある花だけど、香りは薄め? これをメインにした香水はなかなか厳しいかも。あ、大丈夫です。きっと思い出の花なんですよね?」

「あ、いや、ええと」

「大丈夫。いいものにできるように、がんばりますよっ! お相手の印象やご年齢、お仕事やご趣味。どのようなものを贈りたいかなど教えてもらえれば、ご提案できます!」

「あ、それは、ええと」

「ぶふぉっ! はっ! ふははははは」


 カミーユが笑顔でジャックを見上げたとき、背後でアルバンが思い切り噴き出した。

 今度は遠慮なく、腹を抱えて笑っている。


「もうっ! 今度は何ですかっ!」

「ふははっ。ははっ。ちょっ、ちょっと待って、ぶふっ。くれ」


 フィンがカップを差し出した。

 中に入っているのは水ではないはずだが、アルバンは一息で飲み干すと息を吐いた。


「ふはあ。……ああ、助かった。カミーユ、すまない。そりゃあ()()()香水の依頼じゃねえんだ」

「えっ? ……ジャックさんが意中の誰かさんに贈る香水じゃないんですか?」

「違うっす!」

「違う。俺ら探索者ギルドからの()()()依頼の方だ。いつものやつだ。悪いな」


 アルバンがニヤリと笑った。

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