51 かわいすぎる訪問者
コツコツ、キューッという音の方向を振り向けば、窓の外に黄緑の羽が見えた。そのままずるずると下に落ち、姿が消える。
見ているとまたパタパタと大きく動く羽が見え、次に頭が見え、窓をコツコツと叩く。そしてキューと鳴いたとたん、またずり落ちていく。
「あらまあ。緊急連絡かしら?」
ギャブが窓を開けると、ピュゥゥゥゥとひと際長く鳴きながら飛び込んで来て、彼女にしがみついた。
「はいはい。よくここがわかったわね。えらいわ。見せてちょうだい」
ギャブが声をかけながら、テーブルに戻って来た。
「えっ⁉ 鳥じゃない!」
ダークグリーンの身体にはふわふわの羽毛がなかった。四つ足で、トカゲのようなシッポが右に左にぷりぷりと振られている。
「ドラゴン便よ。聞いたことないかしら?」
「これがドラゴン便! じゃあっ!」
カミーユがドラゴン便を教えてくれたフィンの顔を見ると、フィンは頷いた。
「ああ。これがドラグーニ」
「うわあ、本当に手のりサイズなんですねえ」
「だが、少し他より小さめか?」
羽が畳まれた今はトカゲサイズだ。
チビドラゴンと言えなくもないが、この小さい身体になんとも大きな名前を付けたものだ。
「この子はまだ羽化したばかりだから特に小さくて」
『ピィィィユッ! ピピピ、ピャィ!』
ドラグーニが抗議するように、高く絞った声で鳴いた。
「はいはい。小さいのは仕方ないでしょう? 本当はまだ仕事をするには早いのよ?」
『ピィィィユッ! ピィィィユッ! ピピピ!』
「そう? それならちゃんと食べて、訓練しないと。そしたら羽も強くなってうまく飛べるわ」
ギャブがドラグーニに語り掛けると、ドラグーニはわかったと言うように、羽をパタパタと動かしてみせた。
「あ……! こういう羽だったんですね」
パタパタと言うより、ひらひらと言ったほうがいいかもしれない。
ドラグーニの羽は蝶のそれのような形をしている。
「ふふふ。詳しくは言えないんだけど、この羽が生えてくるとドラグーニに変態したことになるの」
『ピュウウ。ピュウピ。ピピピピュウ』
「へえ、じゃあそれまではトカゲみたいなのかな?」
『ピィィィユッ! ピピピ、ピャィ!』
チビドラグーニが、カミーユに向かって威嚇の声を上げた。
トカゲと一緒にされたのが嫌だったらしい。
「あ、ごめんね。……すごい。表現力豊かだねえ。私でもなんとなく言ってることがわかるよ」
『ピュウウ! ピピピッ!』
今度は得意げに首を伸ばし、そり返った。
その場で足をバタバタと交互に上げ下げして、ダンスまで踊り始めた。
「ふふっ。かわいい」
『ピィィィユッ! ピピピ、ピャィ!』
またドラグーニに抗議された。テーブルの上を尻尾を振り振りカミーユの方へ向かってくる。
「えっ!」
『ピィィィユッ! ピィィィユッ!』
「ごめんごめん、何がダメだった? おかしかったわけじゃないよ?」
「ふふっ。かわいいより、かっこいいと言われたいのよ。さあ、かっこいいドラグーニ、お仕事に戻って」
『ピュウウ』
ギャブはドラグーニを呼び戻すと、彼女はその首元からドラグーニの身体の半分ぐらいあるような鞄を取り外した。
「想像より大きい鞄を付けてる」
「中型の薬瓶ぐらいまでなら問題なく運べるな。風を操るのがうまくて、重さも苦にならないらしい」
そこでフィンが声をひそめて、顔を近づけた。
「あの子は浮かびあがるのに必死だったが。そのうちうまくなるだろう」
カミーユはそっとドラグーニを見たが、聞こえなかったのかご機嫌でしゃべりまくっている。
『ピュウピュウ。ピピピ。ピギャピギャピュウ』
なにかを一生懸命訴えながら、ギャブの手に小さな頭を擦りつけて甘えている。
「懐いてますねえ」
「この子は俺とギャブで面倒みてるんだ。覚えもいいし、ちゃんと俺らのことを見分けて、姿を変えても惑わされない。かしこい子だよ」
『ピュウウ! ピュ、ピュ、ピュ、ピュ、ピュ』
グレンが得意げに言うと、ドラグーニは嬉しそうにテーブルを歩き回り、今度は彼の手に甘え始めた。
頭としっぽが左右に揺れてとにかくかわいいが、かわいいと口にしてはいけない。なかなかの苦行だ。
カミーユは口を両手で押さえ、息を詰めるようにしてドラグーニを見つめた。
グレンとフィンが交互に噛みつき豆やかた芋をドラグーニに食べさせている。
「カミーユちゃん宛だったわ。クリストフ様から」
ギャブが小さい包みを差し出した。
「私?」
「今年最初の緑茶が届いたみたい。もしよかったらどうぞって」
「えっ。……茶葉が届くのが早くないですか?」
ちょうどジャスミナの花が咲く頃に届くと聞いたことがある。
「ええ。毎年、茶摘みが始まったという知らせが少量の一番茶と共にドラゴン便で届くの。それでこちらもだいたいどのぐらいで船荷が到着するかわかるのよ。それにジャスミナを合わせるから」
「じゃあ、これ、一番茶ですか? そんな貴重なもの、いただけないですよ」
カミーユが慌てて断ると、ギャブがいたずらっぽく笑った。
「いいのよ。実はね、私たち皆、緑茶は苦手なの」
「えっ?」
「ジャスミナ茶に慣れすぎちゃったのかしら。ちょっと草っぽいというか、青臭いでしょ? だからカミーユちゃんが嫌いじゃなかったら、飲んでちょうだい。おいしく飲んでもらったほうがいいもの。でも、これ、内緒よ?」
ギャブがいたずらっぽく口の前に人差し指を立てた。
「そういうことなら。いただきます」
カミーユが包みを受け取ると、ドラグーニがひょこひょこと近づいてきた。包みをくわえて、ひっぱろうとする。
「あ、これはダメ。ほら、こっちの芋にしようよ。あ、えーと、ドラグーニにあげてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。何でも食べるわ。この子は特に甘いフルーツが好きね。ストロウベッリーとか、ああ、そのパンの干しブドウなんかも」
それを聞いてカミーユはパンの干しブドウの部分を千切ると、包みに噛みついているドラグーニの目の前で揺らした。
『ピーィッ、ピュピュウ』
喜びの声を上げて、ドラグーニの目がパンを追う。
かわいい。口に出せないが、かわいい。
ドラグーニは甘え上手で、テーブルを歩き回って皆の手から食べ物をせしめている。
望むままにパンやら鶏肉やらを与えていると、玄関でベルが鳴った。




