50 キッチンにて
広げていた包みを手分けして持ち、四人でキッチンへ移動した。いわゆるダイニング・キッチンで、がっしりとした鋳物ストーブの前に大きなテーブルが備えられている。
「待っていたのよ。グレン、あなた、酒の肴を買ってきているでしょう? カミーユちゃんの夕食に提供してちょうだい。ケーキでいいなんて、ダメよ」
それを聞いてカミーユは誰かを思い出し、首をすくめた。
「お? ああ、いろいろあるぞ」
グレンは抱えていた袋からいくつも包みを取り出した。
その様子が先刻のギャブに似ている。やっぱり兄弟だ。
「すみません。買い物に出ようと思って、すっかり忘れていて」
「あら、これは温めたほうがいいかしら。カミーユちゃん、ストーブを借りるわね」
フィンがチロリとカミーユを睨んだ。
「その様子だと、また食事を抜いただろう。君の脳内ママンは休みなのか? スープはどうした。スープは」
「またって、もともと昼はあんまり食べないですよ。あ、ちゃんと噛みつき豆は齧りました。スープは煮たいんですけど、ほら、ここのは旧式の薪ストーブだから付いてないとならないし。工房のは最新式ですけど、あそこでスープを煮たら調香どころじゃないし」
「薪ストーブでもスープならなんとかなると思うんだが。置いておけばできるんだから、他よりもずっと簡単だろう?」
「『料理の時は火の側に付いて集中なさい』って言われてるんです。食料が無駄になるから」
焦がしたり、逆に生煮えだったり、クローヴァーに厳命されている。
フィンはすぐに思いあたったようだ。
「ああ。調香に集中しすぎて、完全に忘れたんだな?」
カミーユとフィンは言い合いながらも、グレンとギャブを手伝って皿を出したり、ストーブに火をつけたりと手も動かしている。
「いえ、火の魔力がちょーっと安定してなかっただけです。あ、グレンさん、それはこれに。……ええと、いつもはちゃんとしてるんですよ? 今日もパン爺の屋台を見に行こうかと思ってましたから」
フィンが首を振った。
「いや、ドヴィルジイ殿は休んでいる。流行病でね」
「えっ? ……流行ってることすら知りませんでした。パン爺の容態は?」
パン爺は矍鑠としているが、流行病で亡くなる高齢者も多い。
「ああ。一時は熱が高かったが、今は落ち着いた」
「さあ、とりあえず全部だしたぞ。……感染者は港の辺りだけだろ?」
包みから皿に並べ変えたグレンが尋ねると、フィンはうなずいた。
「ああ。船乗りがほとんどだ。チェルナム商会と取引のある船で、ドヴィルジイ殿は幼馴染を訪ねて感染したらしい」
それでここのところパン爺の顔もフィンの顔も見なかったのか、とカミーユは気づいた。
「もう大丈夫なんですね?」
「ああ。遠くなく復帰できるはずだ」
ガタガタと四人で大きなテーブルを囲んだ。
ギャブが肉料理を温めなおしているらしく、ストーブからお腹の空く香りがしている。
テーブルにはとりあえず摘まめるようなハムやチーズが数種類と、ミックスナッツに田舎パンが載っている。
「フィンとグレンはワインでいいかしら? 赤のおいしそうなのがあったのよ。カミーユちゃんは飲まないでしょ?」
「私は水で」
ギャブは立ち上がって、カップボードからグラスを出している。
「では乾杯しましょ。今日もお仕事お疲れさまでしたっ!」
「「「かんぱーい」」」
ワインと水のグラスを掲げると、カミーユはさっそくパンを一切れ手にとった。
「あ、これ、干しぶどうが入ってる」
「ええ。港近くのパン屋で見つけたの。こっちはチーズ入り。その干しぶどうのは、そのままでも、このチーズを付けてもおいしいわよ」
ギャブがチーズの皿をカミーユの側に引き寄せてくれる。
「わー、あっちのパン屋まで行かないからなあ」
おすすめ通りにチーズをたっぷりと塗って、カミーユは噛みついた。
パリッとした皮がいい音を立て、小麦の香りが口に広がった。
なめらかな白いチーズはすこし酸味があって、田舎パンの風味と干しブドウの甘さに良くあっている。 噛めば噛むほど出てくる甘味をゴクリと飲み込んで、カミーユは声を上げた。
「おいしい! チーズとよく合います」
「でしょ? チーズもね、港のパン屋の並びにあるのよ」
「今度行ってみようかな。いつも、橋のところのだから」
「橋のパン屋もおいしいけど、あそこはパンより肉がメインというか、探索者向けのボリュームたっぷりを目指してるでしょ。港のほうは種類がたくさんあるの」
「確かに! 肉屋かなって思ったことがありますもん」
「ね」
ギャブと二人で顔を見合わせてふふっと笑い、カミーユは再度パンを手に取った。
カミーユは次から次へと手をだしているが、他の三人はワインがメインだからか、ナッツやらチーズやらを少し摘まむ程度だ。
「そのパンはもし良かったら温めましょうか? このナッツは蜂蜜漬けよ。一緒に温めてもいいと思うわ」
「おおー、サクッ、カリッ、じゅわあ、ですね」
ギャブがハイと手を差しだす。
カミーユは首を横に振ると、立ち上がった。
「自分でしますよ。お客様にさせてばかりは、さすがに……」
「カミーユ、気にしなくていいぞ。ギャブはおせっかいだから」
「グレンのギャブはそうだな」
「なによ。世話好きって言ってちょうだい。あなたたち二人が雑なのよ」
「フィンさんが雑⁉ いつも細やかにお気遣いいただいてますけど」
「まあ、カミーユちゃんはフィンより上なのね。もしかして」
「私はガブリエルと違うと思うが」
「俺だって、やる時はやるさ」
カミーユは旧友三人のやり取りを聞き流しながら、天板を取り出した。
大きな干しブドウ入りパンを二枚、六つに切って並べると、そこにハニーナッツをたっぷりと載せた。少し考えて、さっき食べたのとは別のチーズも上にトッピングだ。
肉を温めているのとは反対側の扉を開け、ストーブに天板を滑り込ませた。
「助かりました。噛みつき豆とかた芋しかなくて」
「噛みつき豆?」
グレンが首を傾げ、フィンが補足する。
「リチェスビーナのことだ」
「噛みつき……。くくっ。確かに」
グレンが肩を震わせた。
「かた芋って、私、食べたことないかもしれないわ」
「えっ? かた芋ってどこでも売ってるかと」
「売ってるけど……。硬いのよね?」
「ああ、確かに他の芋より硬いですけど、火を通せば他の芋とかわらないかと」
かた芋は他の芋よりごつごつ、でこぼことしている。皮は食べられるが厚くて、アクがある。おいしく食べるには剥いたほうがいいのだが、硬いから剥きにくいし、でこぼこがめんどくさいし、皮を剥けば他の芋より小さくなるしで、人気がない。
人気がないから安くて、庶民の、というより貧民の味方だ。ローザハウス用だと言うと、王都では小さくて売り物にならないかた芋を余分にくれたりもした。
そんな芋だから食堂ではあまり使われないし、他の芋だって決して高いものではないのだから、ギャブたちは食べたことがないのかもしれない。
「食べてみますか? 簡単なのならすぐできます」
「いいかしら? 少しでいいから味を見てみたいわ」
グレンのギャブは、世話好きで、好奇心いっぱいで、おいしいものに目がないのかもしれない。
カミーユは頷いた。
「簡単で、つまみにいいようなものにしますね」
縁が高いフライパンに多めの油を入れてストーブの上に置いた。
温まるのを待つ間にストーブを開け、パンの様子を見る。蕩けたチーズがぷくぷくとして、少し焦げ目がついている。
「おお、おいしそう」
一つを自分用に手に取ると、木皿にならべてテーブルに置いた。
「さあ、どうぞ」
トーストにかじりつけば、チーズと蜂蜜がしょっぱ甘い。
サクッ、カリッ、とろり、じゅわあ、だ。
「まあ、これ、おいしい。チーズと蜂蜜がいい仕事してるわあ」
ギャブが口に手を当てた。
「ワインにあうな」
評価は良く、すぐになくなってしまいそうだ。
慌てて肉料理の入っている扉を開けたが、こちらはもう少しのようだ。
油の様子を見て、カミーユはまず噛みつき豆を取り出した。
芋も豆も素揚げにするつもりだが、豆はすでに塩ゆでしてある。
豆を一粒油に落とすと、すぐにしゅわっと泡を立てた。
次にかた芋だ。
ごしごしと洗って水気を取り、皮ごと一口ぐらいの大きさに切る。小さなかた芋だから皮を剥いたら、食べるところがなくなってしまう。
豆はさっと揚げるだけでいい。
すぐにすくい揚げ、油を切り、塩をパラリと振って皿に積む。
「まず噛みつき豆から。素揚げです」
「素揚げ?」
「なにもせず、油で揚げただけ。塩味はついてますけど、もし必要なら、その棚に胡椒や香辛料が。熱いので気を付けて」
「あっつ」
「あちっ」
「ふはっ」
言った側から、背後で声が上がる。
ニヤニヤとしながら、かた芋を鍋に滑らせた。
こちらはじっくりと、芋が黄金色に色づくように揚げる。
こうするとシャキシャキとして硬かった芋が、ホクホクになる。味にクセもなく、なんにでも合う。皮剥きが面倒なら、皮ごとおいしくしてしまえばいい。
そしてなにより安いので、お腹いっぱい食べられる。
芋が揚がり、同じように皿に盛って振り返ると、三人揃ってカミーユの方に顔を向けた。
行儀よく、でもじれじれと食事を待つ猟犬のようだ。目が皿を追っている。
「かた芋の素揚げです。……これも熱いので気を付けて」
カミーユも座り、芋に手を伸ばしたところで、背後の窓からキューッ、コツンという音がした。




