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 調香紙(ムエット)を顔から遠ざけ、カミーユは首をひねった。

 

「うーん……」


 メモ用紙に思ったことをさらさらと書きながら、反対の手にある調香紙をパタパタと振る。

 できあがったばかりのサンプルなのだが、どこかしっくり来ない。


「悪くはない。けど、やっぱりアーチーの腕かなあ」


 アーチーが聞いたら、裸足で、いや、もともと靴は履いてなかったから、飛んで逃げるようなことをボソリとこぼす。


「今日はおしまいにしよ」


 鼻の休息は大事だ。

 たとえ魔力がいっぱいで、体力的に問題がなくても、鼻の奥が重いように感じたら休みをいれることにしている。

 カミーユは手にもった調香紙をオブジェのようなムエットスタンドのクリップに挟むと、裏庭に続く扉を開けた。

 煌めく海を見ながら、外の空気を胸いっぱいに吸い込んでぐいっと伸びをする。


 木のサンプルを取りに行ってから、カミーユは忙しい。

 虫除けと魔獣寄せを交互に作ったし、サウゼンドからの依頼もあった。

 もともと花の季節はカミーユにとって一年で一番忙しい、心が躍る時だ。

 裏庭では先代の植えた花が次々と開き、カミーユの心だけじゃなく体も楽しく踊らせる。

 気温や湿度、時間、そして花の種類によって香りの生成量や発散量が違うのだが、一番強く香る時を逃さないように、時間があれば庭を周っている。

 それはもうウキウキと飛び跳ねながら。


 大きく息を吸えば、お腹がぐうっと音を立てた。

 魔力を使うとお腹が減る。

 どうしてもという時は噛みつき豆を摘むが、お腹が空いているほうが感覚が研ぎ澄まされる気がして、お腹を満たすのは作業が終わってからにしている。

 クローヴァーに言わせると、調香に夢中で食べるのを忘れただけでしょっ、となるのだが。




「……」


 冷蔵庫を開けたが、見事に何もない。

 噛みつき豆と、かた芋だけだ。


「……パン爺の屋台、やってるかな」


 ここのところずっとパン爺は屋台を休んでいる。

 どうしたのかと思っていたら、クリストフの姿を見て納得した。いろいろとやらねばならないことがあるのだろう。

 

 面倒だが外出するかと思ったところで、ドアベルが鳴った。


「あれ、ギャブさん!」

「突然ごめんなさいね」


 おととい会ったばかりのガブリエルが、カミーユを見てにこりと笑った。

 ギャブと呼んでしまったことからわかるように、本日も麗しい女装姿だ。


「いえ。あの、どうぞ」


 ほとんど使ったことのない応接室に案内すると、ギャブは籠から皿やら箱やらを取り出し始めた。


「クリストフ様のお使いよ。料理人がマーキス・サウゼンドを使っていろいろ試したらしいの。それでぜひ試食をって」

「えっ! もう⁉」


 見れば、次から次へといくつも包みが出てくる。

 どれだけ気合いを入れて作ったのだろうか。


「すごい……!」

「ふふっ。茶葉を刻んで入れた焼き菓子二つに、紅茶の風味がふわりと香るチーズケーキ。彼はチーズケーキが得意なの。食べたでしょ? それからマルマレーダを煮たものと、あと、なんだったかしら?」


 ギャブは手に持ったメモと包みを見比べた。


「ここ数日、毎日仕事が終わって戻ると試食会だったわ。最初からおいしいと思ったのだけれど、料理人が納得しなくて」

「楽しみです! それにちょうど良かった。晩御飯がなくて」


 ギャブがあら、と言うように片眉を上げた。


「まあ! これは食事にはならなくてよ?」

「大丈夫です。焼き菓子やチーズケーキは、きっとしっかりお腹にたまるはず……」

「あら、待って」


 ゴソゴソと包みを開けて覗き込むカミーユを、ギャブが止めた。


「何か摘まめるようなものをグレンが持ってくるはずだから」

「グレンさんが?」

「ええ、遅くはならないと思うわ」


 

 そのグレンは程なくフィンと一緒に道をやってくるのが見えた。


「グレンさん、ようこそ。フィンさんも、ええと、久しぶりな気がします」 

 

 隣人だが、ここのところフィンの顔を見ていなかった。


「……ああ、すれ違ってたな」


 そう言うと、フィンはカミーユの横で一緒に迎えたギャブの顔をチラリと見た。


「カミーユ、反対だ。そっちがグレン、こっちがガブリエル」

「えっ⁈」


 カミーユは慌てて二人の顔を見比べるが、見分けはさっぱりつかない。


「…………すみません。わかりませんでした。二人ともが女装をたしなんでいるなんて、思ってもみな――― いや、思うわけないよね、普通」


 最後はブツブツと自分に語りかけるカミーユに、グレン、いやギャブがくすりと笑った。

 

「あら、それで正解よ。安全のためにわざと見分けがつかないようにしているんだから。フィンは長い付き合いだからわかっちゃうらしいんだけど」

「そうなんだよな。だけど基本は『女』の方をガブリエラ、ギャブってことにしてるんだ」

「昔からのお知り合いでしたか」

「ええ。私たちの一つ下にフィンがいたのよ」

「えええっ? ええっ! 上級生⁈」


 こんどはグレンとフィンを見比べた。


「うっそお……」


 グレンたちはカミーユとそんなに変わらない歳だと思っていたのに。まさかフィンよりも年上だったとは。

 グレンとギャブはびっくり箱のようだ。次から次へと驚きが飛び出てくる。

 目を見開き驚きを表すカミーユの様子に、フィンはため息をついた。


「まあ、その反応はよくわかる。学院の頃から全く変わっていない気がするんだが?」

「ふふっ。童顔で軽く見られたこともあるけれど、この年になるとミステリアスで便利よ? それにお肌のお手入れは欠かしていないの。ハリとツヤ、大事よお? カミーユちゃんも今から気を付けたほうがいいわ」


 女装をしている『ギャブ』が嬉しそうに言い、カミーユはもう何も言えず、コクコクと頷いた。


長くなったので切りました。

後半も週末にアップしますね。

いつもありがとうございます。

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