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8.あなたの名前はなんですか?

 (子猫・モコ)

 

 誰だったっけ?

 わたしは。

 奇妙な感覚を覚えて目が覚める。

 その奇妙な感覚を、わたしは今までに数度味わっているような気がする。全体の記憶はおぼろげなのだけど、その奇妙な感覚を覚えたという記憶だけはわたしの中に残っているのだ。その時わたしは、決まってそれまでの自分とは別の何かに今自分はなっている、と思う。何でだか分からないのだけど、とにかくそう思うんだ。そして、その感覚を覚えてからしばらくが経つと、ああ、帰って来たんだな、とそう思ってしまう。まるで、違う自分に馴染んでいくような感じで。

 わたしは声を出す。「にゃー」と。誰かを求めて。

 とても大きな誰か。

 その誰かは、わたしが呼ぶと大体は応えてくれる。抱き上げてくれたり、頭や喉を撫でてくれたり、或いは餌をくれたりするんだ。わたしは、それに安心をする。

 「外に出たいかなぁ? やっぱり」

 その誰かはそんな声を上げた。わたしを抱きかかえながら。それを聞いて、わたしは別に出たくないとそう思う。外は怖いもの。

 「にゃー」

 鳴いた。

 すると、その誰かは少しだけ笑った。やさしい笑顔。

 「そうか。でも、それなら、運動不足は解消しないといけないね」

 それから、そう言った。

 なんだか、わたしの伝えたい事が伝わってるみたいだ。とても大きな人は、そう言った後で、カバンをガサゴソとかき混ぜ始めた。わたしは、それに反応をして思わずじっと見てしまう。

 おもちゃは既にいっぱいもらってる。フワフワのボールとか、爪とぎ用の板だとか。この人がいない時、わたしはそれで一人で遊んでいるんだ。でも、それでも、やっぱりわたしは期待してしまう。遊んでもらえる方が嬉しいから。もっとも、構われ過ぎるのも少し嫌なのだけど、でも、その点この人はあまり心配ない。適当に接して、適当に放っておいてくれる。やがてカバンの中から、大きな人は猫じゃらしによく似たおもちゃを取り出した。

 「じゃーん」

 早速、大きな人はそれを、わたしの前で揺らして遊び始めた。パタパタと揺れるフワフワを、わたしは必死で捕まえようとするけど、中々捕まえる事はできない。やがて大きな人は、手加減をしてくれる。それでわたしは、猫じゃらしをなんとか捕まえる事ができるのだけど、手加減をしてもらえたのが分かっているから、なんだか少し悔しい。だから、また振ってくれ、とお願いをする。

 「にゃおーん」

 いい加減、わたしが遊び疲れると、大きな人も遊ばせるのに飽きてくる。いつも二人は大体同じタイミングで遊びをやめる。その後で、大きな人は夕食の準備に取りかかるんだ。

 わたしには、かつお節と猫用ミルクと缶詰のお肉。それを皿に乗せてしてしまうと、大きな人は自分の分の食事を作り始める。大きな人が、料理を作っている間、わたしは一人で夕食を食べる。いつもはそれで満足して、わたしは眠ったりまた遊んだりするのだけど、今晩は事情が違った。

 匂い。

 電子レンジから大きな人が取り出した途端、その匂いは充満した。覚えのある美味しそうなお肉の匂い。それは、間違いなくハンバーグだった。わたしはハンバーグが大好きなんだ。

 「にゃおーん」

 わたしは大きく声を上げた。それを聴くと、大きな人はビクッと反応をした。わたしを振り返る。そして、一言。

 「これは、駄目」

 なんでよー。

 「にゃおーん」と、その言葉に抗議をするようにわたしは鳴いた。一口くらい、いいじゃない。

 「駄目だったら」

 大きな人はとても困った顔をしてもう一度そう言った。でも、わたしはそれを聞かない。足にまとわりついてやる。

 「にゃおーん」

 その声も行動も無視して、大きな人はテーブルの上にハンバーグを持っていって、一人で食べ始めてしまった。

 「にゃおーん」

 わたしは、それが駄目ならと、わざと大きな人の見える位置にいって、じっと見ながらハンバーグをねだってみた。でも、それでも、大きな人はハンバーグをくれない。そのうち、とうとう全部を食べきってしまった。

 ケチッ!

 わたしは大きな人が食べ終わってしまうと、怒ってそのままソファに向かった。少しくらい、くれたっていいじゃない。ソファでそのまま寝転がっていると、大きな人が迎えに来た。

 「そろそろ、上に行くよ」

 大きな人の部屋は二階にあって、そこでわたしもこの人も眠るんだ。

 でも、わたしはさっきの事をまだ怒っているので、それを無視する。顔をそむけて、そのまま眠ったふりをしてやる。

 大きな人は少しだけため息をつくと、そのまま電灯を消して、二階へと昇っていってしまった。わたしは、急に暗くなった部屋の中で、遠くなっていく大きな人の足音を聞きながら、不安になっていく。

 怒らせちゃったかな?

 わたしは一人では、部屋に入る事ができないんだ。見捨てられるのは嫌。暗い。それに、少しずつ寒くなってきてる。きっと、大きな人は暖房も切ってしまったんだ。

 わたしは不安にかられて、ソファを降りると階段を目指した。

 「にゃー」

 階段の下で鳴く。

 部屋に入れて。

 しばらく、何の反応もない。階段は真っ暗で冷たくて誰もいない。わたしは、自力で階段を昇ろうとする。

 カリカリ…

 階段に爪を立てて、なんとか這い登る。一段昇ったところで、わたしはまた鳴いた。

 「にゃー」

 お願い出てきて。

 「にゃー」

 もう、わがままは言わないから。

 「にゃー」

 階段の三段目まで昇った時だった。ドアが開く。中から明かりが見えた。大きな人は首を傾げてこちらを見ている。やさしそうに。それから、大きな人は黙って降りてきて、わたしを抱き上げるとそのまま自分の部屋へ連れて行ってくれた。

 明るい。そして、あったかい。

 大きな人は、わたしをわたしのベッドへ降ろすと、そのまま電灯を消した。

 「もう眠るよ」

 そう言う。

 「にゃー」

 と、それにわたしは返す。大きな人は「お休み……」と言いかけて、それからこう言った。「そういえば、君の名前を決めてなかったな」

 わたしはそう言われて、思わずこう返す。

 『モコ』

 わたしの名前はモコ。

 え?

 大きな人は、それに驚いた顔をする。

 「喋った……」

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