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6.集中型ナノネット

 (憑人・星はじめ)

 

 「まだ、このままでいなくちゃいけないのでしょうか?」

 僕は紺野さんの車に乗っていました。車は、もう随分と長い間、街を徘徊しています。車を運転しているのは紺野さんで、僕は何をやっているのかというと、紺野さんの指示で、身体に妙なコードを付けて後部座席に座っているだけだったりします。座っているだけ、と言っても、それほど楽な訳ではなく、正直、早く解放されたいです。外からは見えないと思いますが、この姿は恥ずかしいしそれに、何もしないでいるのってけっこう忍耐力がいるので。

 紺野さんの車には、カーナビを改造した妙な装置が付いていました。画面には、街の地図が映し出され、そこには線が様々に張り巡らされています。

 「実はこれ、新兵器でしてね」

 紺野さんは、それを見せる時、嬉しそうにそう言っていました。

 どういう装置なのか、紺野さんの説明を簡単に書いてしまうと、どうも、僕の体内のナノマシンへの反応を元に、ナノマシン・ネットワークのマッピングを自動的に行うといったものであるらしいです。つまり、この装置を作動させて、僕がこの変なコードを付けたまま街を徘徊すれば、街のナノネットの概観が分かるのです。で、今日はその作業をずっとやっているのです。流石に、いい加減疲れてきましたが。

 紺野さんから、ここ、知久井市に行くと聴いた時、僕は初め、不思議がりました。紺野さんが、獣医さんから貰ってきたという、ナノマシンを散布した場所を記した資料には含まれていなかったからです。僕がそれを尋ねると、紺野さんはこう返してきました。

 「そんな小規模な散布よりも、もっと猫が狙っている可能性の高い街があるんですよ。その資料をもらったのは、別の理由です」

 「別の理由ですか?」

 「そうです。ま、言うなれば、敵を知りたかったのですね、私は。

 あの、例の、男性が殺された猫餌事件の現場から、私はナノマシンを採取したのです。で、現場の状況、その他も合わせて、私達の探しているナノネットは、その獣医さん達が散布したものが元じゃないかと予想した。ですが、それだけの情報だけでは、ナノマシン・ネットワークの特性は判断できません。充分にあるのは、ナノマシン単体のデータのみでしたから。人間という生物の特性を調べても、人間社会の特性は理解できないのと一緒ですね。だから、その為のデータを獣医さんから貰ったのですよ。色々と調べてくれていたので、助かりました。そして、貰ったデータと私の予測はほぼ一致しました。予想通りと見て、間違いはないでしょう。ナノネットの特性も分かったので、これなら色々と準備ができます。相手は、恐らく、典型的な集中型ナノネットです」

 集中型ナノネット?

 それは、ネットワーク科学で言われている集中型のネットワークを、そのまま当て嵌めてしまってもいいものなのでしょうか?

 僕は、紺野さんの次の説明を待ちました。

 「前にも説明しましたが、私達の探している猫に憑いているナノマシンは、P―NGFF型です。突然変異を起こし易い、問題のあるナノマシンですね。そして、獣医の方々は猫の伝染病対策にこのナノマシンを用いていました。しかも、ただ単に病原菌駆除をさせるのではなく、P―NGFF型の機能を活かして、母性本能を刺激する事で、病気に対する耐性を強めるという試みを行っていたのです」

 「母性本能を、ですか?」

 「はい。母性本能には、ストレスに対する耐性を強める他、とても有益な効果がたくさんあるのですよ。その効果に期待したのでしょうね。後は、もしかしたら、ナノマシンを効率良く散布したかったなんて意図もあったのかもしれません。社会性の低い、単体で生きる事を基本とする猫という動物間に、効率良くナノマシンを投入させたいと思ったならば、親子関係に着目するのが一番でしょうから」

 僕はその紺野さんの説明を聞いて、なんとなく察しました。

 「親子関係……?

 もしかしたら、紺野さんは、今回のナノネットの原型はそれだと考えているのですか?」

 僕がそう尋ねると、紺野さんはニッコリと笑います。

 「その通りですね。

 猫餌事件を思い出して下さい。男性の死体を餌として、他の猫に与えているでしょう? この行動パターンは、親子関係のそれですよ。親猫が子猫に餌をやっているのです。猫という社会性の低い動物の場合、そう考えるしかないように思います。恐らく、今回のナノネットは親子関係が進化したものなのです。母性本能を強化させる過程で、ナノマシンに何らかの異変が起きてしまった。そして、猫を棲家とした集中型のナノネットが出現したのでしょう」

 紺野さんのその説明を受けると、僕はまた質問をしました。

 「あの、親子関係が発展すると、その集中型のナノネットというのが現れるのですか? 僕にはそれが、いまいち分からないのですが」

 すると、紺野さんは頭をポリポリと掻いてから言いました。

 「……子が親を頼る、というのは簡単に分かると思います。しかし、その逆に、実は、親も子を頼っている、というのを知っていますか?」

 親が子を?

 「それは、親孝行とか、そういう話ではなく?」

 「もちろんです。そんな話ではありません。親は子を世話する事で、子に頼っているのですよ。“共依存”という言葉を聞いた事はありませんか? 何か保護欲求の働く対象を保護すると人間は快感を得られるのです。そして、その快感に人は頼ってしまう。先の、母性本能の効果にそれは含まれています。そして、母性本能が強くなれば、当然、その快感も強くなります。子も親を頼り、親も子を必要とする。子は複数で、親は単体ですから、その型が発展をすれば、親を中心とした集中型のネットワークが形成されそうじゃありませんか?」

 僕はしばらく考えると言いました。

 「そうですね。どうも、そんなイメージがします」

 「もちろん、雰囲気だけで決め付けてしまうのもどうかと思うのですが、執ったと思われる行動を見ると、そう考えた方が良さそうなので、ここは帰納的思考を優先させて、取り敢えず私は、そうだと考えたのです。

 猫達。つまり、探しているナノネットですが、現場から集団で逃げています。そんな統制の取れた行動は、個体で生きる性質を持った猫という種では、何か中心となる存在が必要でしょう。ならば集中型ナノネットと判断した方が良さそうなのですよ。分散型ナノネットの場合ですと、速度の速い長い距離の移動はあまり見られませんから、その点からも、そう判断できます」

 僕はそこまでを聞くと、ようやく納得をして頷きました。今度のナノネットは、母子関係が発展してできたもので、集中型のネットワークを形成している可能性が高い。そして、移動し、次の獲物を狙っている、と。どうやら、そんな状況にあるみたいです。

 「で、肝心の、調査方法はどうするのですか? その知久井市での」

 それから、僕がそう質問すると、紺野さんは例の車を指し示したのです。そして、「今日は、ちょっと長くなりますよ」と、そう言ったのでした。

 ――で、今に至る訳です。僕は、調査というか、ナノマシン・ネットワークのマッピングの為に、一日中、車の中に座りっぱなしです。

 ある程度のマッピングが終わったところで、紺野さんが口を開きました。

 「この街、凄いですね。かなり、広範囲にナノネットが張り巡らされています。ほぼ、街の全域をカバーしていますよ」

 やや、興奮しているように思います。研究者の血が騒いだのでしょうか?

 それから紺野さんは更に言います。

 どうも、興奮している所為で、弁が止まらなくなってしまったようでした。いえ、座りっぱなしで退屈をしていたので、どちらかといえばそれは僕にとって有難い事態なのですが。

 「星君。君は確か、ネットワーク科学を学んでいたはずですよね? それを踏まえた上で質問をするのですが、ネットワーク科学は抽象概念ですから、それを具象化して用いる際には、そのまま適応させるのではなく、ある程度のタイプ分けをしなくてはならない、とは思いませんか?」

 僕は「アハハ」、と乾いた笑いでそれに返します。

 「いえ、あの、すいません。勉強した事は勉強したのですが、完全に理解している訳ではないので、いきなり言われると、少し混乱しちゃいます」

 「そうですか、」と紺野さんは答えつつも、その語りは止まりませんでした。

 「例えば、私の作っている、集中型の人間関係ネットワークの場合、そのネットワークの中心にいるのは、私一人です」

 そして、それから、そう続けたのです。どうも、やっぱり、紺野さんは意図的にネットワークを作り出しているようでした。紺野さんは、様々な専門分野の方と知り合いで、その関係を自分の仕事に活用しているのです。

 「しかし、例えば、海の生態系での、オキアミを中心としたネットワークでは、当然ですが、オキアミは一匹ではありません。様々な動物の餌となるオキアミは大量に存在します。この二つは、抽象概念としては、同じ集中型のネットワークですが、明らかに別種のものです。人間関係のネットワークの場合、その中心は私は一人で、そして一つです。ところが、海の生態系ネットワークの場合、中心となっているオキアミ自体は多数いるのですが、その生物種を全体で一つと見なし、それを集中型のネットワークとしているのです。

 さて。ここで更に、注意すべき点があります。私が作り上げている集中型のネットワークは純粋に情報伝達を目的とします。情報伝達を効率良く行う為の経路としてあるネットワークですね。しかし、海の生態系ネットワークは、形成の為のネットワークなのです。オキアミは、海の生態系を形成する上での核となる存在ですが、情報伝達経路になっている訳ではありません。情報の意味を、もっと広義に捉えるのであれば、その事情も違ってきますが、それでも、この二つは別のモノです」

 「はぁ」

 僕は紺野さんが、何故、突然に、そんな説明を始めたのかが分からなくて、少しだけ困惑していました。

 「それでは、この二つの点を踏まえた上で、今回の私達の探している猫に憑いたナノネットの特性を推察してはみませんか?

 まず、前者です。

 集中型ネットワークの核となっている猫は一匹だけか、それとも、複数匹いるのか?」

 なるほど。

 何がきっかけかは分かりませんが、どうやら紺野さんは、今度のナノネットを探し出す為の推察を始めたようです。

 「一匹だけなのではないでしょうか?

 母子関係というのなら、そう想定する方が自然な気がします」

 「ふむ。ま、そうでしょうね。ただ、そうとばかりは一概には言えません。複数匹が、一つの核となっている可能性だってあります。が、だとしたって、それほど多くはないでしょう。スペアの存在を考えても、中核を成している存在の猫の数は少ないはず。ここでは、便宜上、一匹だけと考えておきましょう。

 では、後者の問題はどうでしょう?

 この猫のネットワークは、情報伝達経路か、それとも、形成の為のものか」

 僕はちょっと考えて言いました。

 「形成…… いや、どうなんでしょう?」

 紺野さんはその返答を聞くと、少しだけ微笑みます。

 「いえ、すいません。少し意地悪な質問でした。これに関しては、ナノマシン・ネットワーク全般に言える事なのですが、実はどちらでもあるのです。情報伝達経路でもあるし、形成の為のモノでもある。

 では、この分析を踏まえた上で考えてみましょうか? この集中型ナノネットが生存の為に活動するには、一体何が必要なのかを」

 そこまで語った時でした。突然、紺野さんは車を停車させました。

 窓を開けて外を見ます。

 セメントで補強された丘、その少し高台となった場所の先に、フェンスがあり、更にその先には黒々とした森がありました。

 「森。ナノネットの生息域としては、典型的な場所ですが、ところが、何故かこの森にだけは、街の全域に張り巡らされている、一番勢力のあると考えられる、ナノネットの網がかかってはいません。そして、地形的な要因なのか、それとも、何かしらの存在が意図的にそんな事を行っているのか、それは分かりませんが、ナノネットにとってこの森の内部はとても観察し難くなっています。この車の機能では観る事ができない」

 観察し難くなっている?

 「この森の内部だけは、マッピングする事ができなかったのですよ。もっとも、この車のマッピング機能では、細部の分析はできないのですが。ですが、それでも、全くできないというのは不可解です。特別な要因があると考えた方が良さそうです」

 紺野さんが、そう告げた時でした。

 ギャア、ギャア

 と、カラスの鳴き声が聞えたのです。目を向けると、何処からか一匹のカラスが飛んできていて、電信柱にとまりました。僕らの事を観ている。

 僕は、どういう訳か、そのカラスが妙に気にかかりました。紺野さんは、カラスの事を少しも気にかける様子もなく無視して語り続けています。

 「私達の探しているナノネットが、先程の分析通りなのだとすれば、中核となる親猫は数少ないと見るべきです。そして、獲物を探すため、効率良く情報を集めるには、広域に子猫達を分散させる方がいい。しかし、数が少ないのだから、それぞれの子猫が得た情報を集める為には、親猫が街中を巡るか、或いは、集会場のようなモノを作り、子猫達を一箇所に集め、その場で子猫達から情報を集めるしかない。そして、手間を考えるのなら、集会場を作った方がいいと考えられます」

 「つまり?」

 紺野さんは僕がそう言うと頷きました。

 「この街全体に拡がっているナノネットの網を逃れ、安全に情報を集めるには、この森の中が好都合なのですよ。この森がクサイです。もしかしたら、ここが、その、猫達の集会場になっているのかもしれません」

 紺野さんがそこまでを語った時でした。

 『お前達は何者だ?』

 そう、誰か謎の声が僕の頭の中に響いてきたのです。

 え?

 僕は驚いて、辺りを見回しました。そして、思い当たります。さっきのカラスに。僕は、恐る恐る、首を上へと向けました。

 紺野さんは、僕の異変に気付きます。

 「どうしました? 星君」

 僕の視線の先を見やる。そして、紺野さんもカラスの存在に気が付きました。事情を察したのか、こう言います。

 「ははーん。さては、ご挨拶ですかね? この街一番のナノネットからの」

 紺野さんがそう言うと同時に、カラスはまた言いました。

 『我々は、人と敵対するつもりはない。むしろ、共存していくつもりでいる。だが、害意のある者に関しては、その限りにあらず、だ。

 我々を甘く見るな。お前らを殺すくらいの事ならば、簡単にできるのだぞ?』

 警告とも脅しとも取れる言葉です。僕は紺野さんに何とカラスが言ったのかを説明しました。すると、紺野さんは笑って返します。

 「あははは。どうも、調査の為とはいえ、土足で他人の家に踏み込むような真似をしてしまったみたいですね。失礼をしました。なに、心配しないでください。私達はあなた方を消去しようなんて考えていませんよ。この街に迷い込んできた可能性のある、人に対して殺意を抱いているナノネットを探しているのです。もしかしたら、そのナノネットは、あなた方にとっても邪魔になるかもしれません。ですから、できれば、協力してもらいたいのですが」

 カラスはそれを受けると、一呼吸の間の後でこう言いました。

 『ああ、アレの事か…』

 しかし、それ以降は何も言わず、黙って森の方向へ飛び去ってしまいました。森へ入ったのか、それとも、森を飛び越えるつもりなのかは分かりませんが。

 紺野さんは、カラスが飛び去った後でこう言いました。

 「……どうも、何かしらのナノネットがこの街にやって来ている事だけは確かなようですね。これは、早々と正解を引いたかもしれません。この街の何処かに、我々の探している猫の殺人ナノネットがいる可能性が大きい」

 僕らの目の前には、黒々とした森が広がっていました。

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