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5.子猫と会った

 (中学生・樹拓也)

 

 朝起きる。

 目覚まし時計のベルが響く前に目が覚めた。ママと暮らしていた頃は考えられなかったけど、一人で暮らすようになって、少しずつそんな事ができるようになっていった。頼れる存在がいない。多分、それは、ぼくが深くそう認識しているからじゃないかと思う。

 一人の朝。誰もいない部屋。誰もいない家。孤独なんか、別に辛くないと思っていたのに……。ぼくはゆっくりとベッドから這い出た。

 スズメが窓から見えた。チュン、チュンと鳴いている。こいつらは、喋らないな。それを見てぼくはそう思った。つまりは、それは、喋る動物がいるという事だ。あのカラス以外にも。もちろんそれは、人間の事じゃない。人間以外の動物が、ぼくに喋りかけてくるんだ。いや、喋るというのも違うか。喋るのじゃなくて、頭の中に、直接言葉を投げかけてくる感じ。

 ぼくが会話のできる動物達は、どうやら、身体の中にナノマシンを取り入れた連中だけみたいだった。もちろん、主にあのカラスの仲間達なんだろうと思う。

 登校の途中、不意に横を通った猫が、『この道は夕方になると、かつ上げが出たりするから気を付けろ』とそう告げてくる。

 『前も聞いたよ、その話』

 と、それにぼくはそう返してやる。もう、その頃にはどんな思い方をすれば、相手にそれが通じるのかその骨をぼくはつかんでいた。だから、口には出さない。思うだけ。他の人から、動物に話しかける不気味な人間とは思われたくない。

 『そうか。お前は我々の協力者だからな。生活できないような状況になられては困るのだ』

 猫はそう言うと、直ぐに生垣の中へと去っていってしまった。困ったものだ。ぼくはそれを見てそう思う。カラスと契約を交わしてからというもの、こんな調子でぼくはしょっちゅう、動物達から話しかけられるんだ。

 『雨が降りそうだから、カサを忘れちゃ駄目だよ』

 そう、スズメ達から告げられた時には驚いてしまった。まさか、スズメが話しかけてくるなんて思いもしていなかったから。なんでも、雨に濡れて身体を壊さないように、という事らしい。

 それだけじゃない。

 ぼくは彼らから、頼られもした。

 カラスと約束をしたのは、ぼくの家の庭の事だけだったはずだ。あの庭の土のナノマシンを繁殖させる為に、生ゴミと土とを混ぜて、また戻してやる。それだけをしてやれば良かったはず。なのに、話しかけてくる動物達は、それ以外の事でも、時々ぼくを頼ってきた。しかも、ただ単純に、餌が欲しい、とかそんな事だったりする。正直、ぼくは少し鬱陶しいと思ってる。ただ、お陰で、色々と学習させてもらったけど。動物達の餌についての、基本的なことを、少し。塩分の強いものは、与えてはいけない、とか。人間の食べ物で、何が犬や猫にとって毒になるか、とか。餌をあげようとすると、煩くそんな要求をしてくるから必然的に。またそれがムカつくのだけど。

 なんでぼくに、そんな動物と会話のできる能力が身に付いてしまったのか、しばらくは不思議がっていた。でも、ある晩にカラスがやって来て、その原因を教えてくれた。カラスは、時々、ぼくの様子を見にやって来るんだ。多分、ぼくが約束を守っているかどうかを確認しに来るのだと思う。

 『原因は幾つかあるが、その一つはお前の体質だな』

 「体質?」

 カラスの説明に対して、ぼくはそう聞き返した。一人でいる時は、声に出して動物達と会話するんだ。その方が伝わり易いから。

 『そう、お前の体質はナノマシンと感応し易いのだ。だから、こうして私とも話せる。もちろん、それは、お前の身体の中に、私のナノマシンが混入しているという前提があって、だが』

 ぼくはそれを聞いて、初めにこのカラスと出会った時の事を思い出した。カラスは確か、あの時、自分の声が聞けて都合が良い、とか言っていた。それは、こんな意味だったのか。

 『もう一つは、お前が、私に協力すると約束をしたからだ。それで、皆は警戒を解き、お前と言葉を繋げるようになった。もちろん、話しているのは実際には、何処かで核を形成しているナノネットだがな。お前に話しかけているのは、本質的には動物達ではなく、ナノネットなのだ。このカラスと同じ様に、お前に話しかける動物達も端末に過ぎない』

 ぼくはそれを聞くと、少し悩んだけど、多分、インターネットで、外のサイトにアクセスしているようなものなのかな、とそんな理解をする事にした。ただ、またそこで別の疑問が浮かんでしまったので、更に口を開いたけど。

 「でも、言葉を使うのって難しいのでしょう? 動物の脳でそれができるの?」

 すると、カラスはこう答えてくる。

 『動物の脳には、言語中枢はないさ。もっとも、その原型になるようなものはあるがな。だから、中継をしてやるくらいの事しかできない。実際に、言語を処理しているのはな、実は、お前自身の脳なのだ』

 「どういう事?」

 『私達は、言葉として処理される前の情報を、お前の脳に直接送っているのだ。ナノマシンを通して。そして、お前の頭の中の言語中枢で、それを言語に変換してもらっている。だから、お前の頭の中に私の言葉が、直接響くような感覚を覚えるだろう? それはその為だ。

 因みに、カラスくらいの頭の良い動物になれば、一体でも充分だが、スズメなどでは、数体を連係させなければ、お前の脳へのアクセスは無理だ』

 ぼくはその説明を受けると、また少し考えた。それから、また疑問を言った。

 「でも、ぼくの知らない言葉を、あなたは使う事があるのじゃない?」

 すると、カラスは少し笑って返した。

 『それはもちろん、私の本体が補っているのだ。つまり、あの庭で繁殖をしているナノネットの事だがな。私の本体が、データベースとなり、言語情報を検索し、そして、同時にその情報をお前に伝えている』

 ぼくはそれを聞いて、困惑した。そして、ちょっとだけ怖くなりもした。カラスは、やっぱりぼくの心が読めているのか、そのぼくの動揺を受けてこんな事を言った。

 『その通りだ。このカラスがいなくても、私という自我を持つモノは、この家のあの場所に常にいる。結果的に、お前の傍にいつもいる事になり、常にお前の心をある程度は覗いている。それを不気味にも不安にも思うのは分かる。しかし、それは逆を言えば、お前を常に護っている、という事でもあるのだ。

 心配するな。

 私は、敵ではない

 お前の味方だ』

 “お前の味方だ”

 その言葉は、多分、本当だと思う。疑っている訳じゃない。でも、そう思っても、やはりそれほど気持ちの良いものじゃない。なにしろ、相手は人間じゃないのだし。

 もちろん、これは心配しても仕方のない事だった。言うなれば、守護霊が憑いたようなものなのかもしれない。そう思って、ぼくはその日常に慣れようとした。異常な日常だ、とももちろん思ってはいたけど。

 そして、そんな生活が日常としてようやく、定着をしてきたある日だった。ぼくは、子猫の悲鳴を聞いたのだ。

 『ごめんさい、ごめんなさい』

 子猫の「ニャー」という叫び声と共に、頭の中にそんな声が響いた。

 学校の帰り道の事で、もう辺りは暗くなりかけていた時分だった。ぼくが悲鳴の聞えた方向に急いで駆けていくと、木の上に逃れた子猫を、大人の猫が襲っている最中だった。

 聞いた事がある。

 猫には、子殺しの習性があるって。他の雄猫の場合もあるし、その子の母猫の場合もあるらしい。今がどちらのケースなのかは分からなかったけど、取り敢えず助けなくちゃとぼくは思った。子猫は泣いている。ごめんなさい、ごめんなさい、と。

 雨上がりだったので、ぼくはカサを持っていた。そのカサの柄の部分で、襲っている猫の身体を引っ掛けると、簡単に猫は下に落ちた。落ちた猫はとても興奮していて、ぼくに対して身構えたけれど、ぼくがカバンを大きく振り上げると、直ぐに逃げ去ってしまった。

 ぼくはため息をついて、木の上を見る。

 子猫が震えていた。寒そうにして。もう季節は、寒くなり始めている時期だ。無理もない。このまま一匹にしておいたら、きっと凍えて死んでしまうだろう。

 木に登って抱きかかえると、子猫は抵抗なくぼくの腕におさまった。戸惑ったような仕草をしばらくした後で、ぼくの腕の中で丸くなる。

 ぼくは、その子猫を抱きかかえたまま、家に帰った。

 どうして、自分がそんな行動を執ってしまったのか、今思えば少し疑問も残る。面倒くさいと、なんで考えなかったのだろう? でも、その時はそうは思わなかった。そう行動するのが、自然で当たり前の事であるように、何も思わず何も考えず、ぼくはその子猫を家に連れて帰ってしまったんだ。

 子猫はとても柔らかかった。初め震えていた子猫が、少しずつぼくの手の中で温かそうにしていく様子は、ぼくを安心させてくれた。

 家に帰って、餌をやった。どんな食事がいいのか、話しかけてくる動物達のお陰で、ある程度は知っていたから、困らなかった。子猫と言っても、ある程度は育ってる。これなら、それほど気を遣わなくてもいいだろう。

 ぼくのあげた魚の肉だとか水だとかを、子猫は安心した様子で口に入れた。寝床を用意してやらなくちゃいけないな。そう思ったぼくは、大き目のカゴがあったのを思い出して、それに毛布を敷いた。そこに子猫を乗せて、布を被せる。けど、そうしても子猫は、直ぐにぼくの温もりを探すようにして這い出て来てしまった。仕方なしに、ぼくは子猫を抱いて寝た。

 かわいい。

 ぼくの上で安心して丸くなっている猫を見ながら、ぼくはそう思った。この子猫の体毛は、全体的に薄い灰色をしていた。そんなには汚れていない。抱いていても、平気そうだった。

 子猫を抱いていると、なんだか、とても安心した気分になる。

 温かい。

 やっぱり、とても温かい。

 子猫はぼくを信用仕切っているようだった。この短期間でどうしてなのか不思議に思ったけど、救いを求めていたあの悲鳴を思い出すと、それほど不思議でもない気がした。この子猫はきっと、ここを安心できる場所だと思いたがっているんだ。とても怖くて、寒くて、寂しかったから。この温かい場所を、安心できる場所だ、と。そう思うとぼくは、この子猫に安心感を与えたい、と強く思った。安心させてあげなくちゃ。子猫は、初めの悲鳴の時以来、言葉を話さなかった。あれは、ぼくの勘違いだったのか、それとも、何か別の理由があるのか。分からないけど少なくとも、この子猫の体内にあるのかもしれないナノマシンは、カラスの仲間ではなさそうだった。

 真夜中、子猫を抱いたまま寝ていると、窓の外にカラスのやって来た気配がした。例の木の枝で、羽を下ろしているだろう事が分かる。カラスは、ぼくに話しかけようとしたけど、結局は、そのまま何もせずに真夜中の空に飛び去ってしまった。街に住む鳥は、鳥目でも、街灯の明かりなんかのお陰で夜でも飛べるらしかった。

 翌朝、子猫はぼくのお腹の上で丸くなっていて、ぼくは寝相で落としてしまわなくて良かったと思った。可愛かったから、子猫が眠りに就いた後も離したくなくて、つい、そのまま抱いて眠ってしまったのだけど、今度からはやっぱり寝床を移してやらなくちゃいけないな、とぼくは思った。

 子猫の分の朝食も用意して、朝ごはんを食べていると、窓の外にカラスがやって来た。昨晩は、何も語らなかったあのカラスだ。そして、こんな事を告げてくる。

 『面倒に、巻き込まれたくないのなら、その子猫、早く手放した方がいいぞ』

 ぼくはそのカラスの言葉に驚いた。

 手放すだって?

 ぼくはその時、この子猫をどうするのか、全く考えていなかったけど、手放すという発想だけはイメージしていなかった。

 こんなに可愛くて可哀想な子猫を、また見捨てるなんて、そんな事だけは絶対にしたくない。

 カラスはぼくが怒ったのを敏感に感じ取ったのか、それから何も言わずに、また飛び去ってしまった。

 なんだというのだろう?

 ぼくは、横で朝ごはんを食べている子猫を見やった。美味しそうに餌を食べている。

 こんな小さな子猫に、何があるっていうんだ? ただの子猫じゃないか。

 訳が分からなかった。

 

 登校の途中で、シロネが顔を出した。シロネは、校舎裏の空き地に棲み付いている白猫で、子持ちだったりする。ぼくに頼み事をしてくる動物はたくさんいるけど、このシロネの回数が一番多い。ぼくは、こいつの顔を見て、またか、とそう思った。ぼくがそう思うと、シロネは案の定、頼み事をしてきた。

 『君んとこの、生徒の誰かがニボシをくれたんだけどさ、人間用のニボシは塩分が多過ぎて、身体に悪いんだ。うちのチビどもは、それでも食おうとしちまうし、長い間放っておくと不衛生だろう? 頼むから、処分してくれないか? できれば、代わりの餌も欲しいし』

 毎度の事だし、それに、断るとしつこく付き纏ってくるので、ぼくは『今回はいいけど、ぼくにだって余裕がある時とない時があるんだ。毎回、できるとは思わないでくれよ』と念を押しつつ、分かったと応えておいた。

 実は、そう言いながらも、カバンの中には、シロネの子供達の分の餌が入ってる。どうせ、頼まれるだろうと思って、用意してきたんだ。

 ……よく野良猫に餌をやっている人がいる。猫の溜まり場に餌を置いたりして。その行為自体は別に構わないと思う。個人の自由だ。むしろ、好感だって感じる。でも、中にはそれと知らずに、猫の身体に害のなる物を与えてしまっている人もたくさんいるらしい。シロネはそれによく文句を言っている。

 『ありがたい事は、ありがたいのだけどさ』、とぼやきつつも。

 例えば、一般に市販されているキャットフードも、粗悪なものは本当に酷いみたいだ。何らかの施設で処理された動物の肉やなんかがその原料で、薬品が混入していたりするとかしないとか。どこまで本当かは分からないけど、そういう話を聞くと、キャットフードが嫌いな猫が多いのも納得いくように思える。

 『じゃ、今は時間がないから、休み時間になったら行くよ』

 と、ぼくがそう言うと、シロネは満足げに頷いて去っていった。どうも、うまく使われてしまっている気がしないでもない。

 ――休み時間を利用して、ぼくはシロネ達の餌場の掃除をした。こういう時は、本当に何をやっているのだろう?と我ながら思ってしまう。まるで、猫にこき使われているみたいじゃないか。穴を掘って、ニボシを埋める。その代わりに、家から持って来た無塩の魚の肉を皿に置き、水を皿に流し込んでやる。こんなもんかな?と思ったところで、猫達がやって来た。シロネとその子供達だ。

 『どうも、ねー』

 『ご苦労、ご苦労』

 子供達は、生意気にも、口々にそんな事を言っている。確か、カラスはこの動物達は端末で、言葉を発しているのは何処かで核となっているナノネットだと言っていたはずだ。少し、おかしくないかな?なんて思う。その話が本当なら、子猫らしい小生意気な口調なんて出ないと思う。

 「ムカつくな、お前ら」

 苦笑いしつつ、そう言ってやった。すると、シロネはこう言ってくる。

 『端末の環境も、伝える内容に影響するんだ。それに、それを受ける君の問題もある。チビたちの話がそんなふうに聞えるのは、君自身がそう解釈してるからってのもあるんだよ』

 ま、なんでも、いいけどね。

 と、それを聞いてぼくはそう思う。

 子猫達は、必死にぼくのやった餌を食べていた。シロネは自分も餌を食べつつ、その横で幸せそうに、そんな子猫達の様子を見つめている。

 こーいうのを“美しい光景”と、そう言ってしまってもいいのかもしれない。

 それを見ながら、ぼくはそんな事をぼんやりと思っていた。可愛いものって、いい。その可愛いものに、誰かが優しくしてるのもいい。一人暮らしを始めて、寂しさの中で生活をするようになった所為なのもしれないけど、ぼくはその光景を見てそう思った。そしてその時に、昨日、ぼくが家に連れて帰った子猫の事を思い出したんだ。それで何かが分かった気になって、そして決めた。あの子猫を、家で飼おう。って。

 ……もう、一人暮らしは嫌だ。

 

 「あなた、何やってるの?」

 

 そして、そのタイミングで、不意に声がした。後を振り返ると、そこには女生徒が一人屈み込むような体勢でぼくを見ていた。だれだっけ?名前は知らないけど、顔は知っている。同じ学年、他のクラスの女生徒で、確か松ナントカって言ったはずだ。

 彼女は、やや怪訝そうな、不思議そうな顔でぼくの事を見つめていた。

 「なんで、ニボシを土の中に埋めたりなんかするのよ?」

 どうも、ずっと見られていたみたいだ。

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