23.子供達
(中学生・樹拓也)
校舎裏の空き地。
ぼくはいつも通りに、そこでシロネ達に餌をやっていた。しゃがんでそれを見てる。子猫達が戯れてる。シロネはそれを見守って微笑んでいる。
いつも通りの風景。
こういう当たり前の風景に、幸福を感じられるのが、やっぱり一番なのかもしれない。それを見て、ぼくはそんな事を思う。
親子関係って何なのだろう?
ちょっと前にあった松野さんの事件で、ぼくは少しそれを考えさせられた。
何かに甘えたいと思う時の気持ちと、何かを可愛いと思う時の気持ちは、なんだか似ている気がする。ママが家に帰って来なくなってからモコを飼い始めて、ぼくの寂しさは癒えた。子供が捨て猫や捨て犬を拾ってきてしまうエピソード。子供だからって、何かを可愛いと思う気持ち、保護したいという欲求がない訳じゃない。むしろ、強くあるような気がする。じゃ、それって何なのだろう?
……簡単に結論がでる事じゃないのは、分かってる。単純に考えてしまっていいような事じゃない。
でも、
と、ぼくは思う。
でも、これは飽くまで想像だけど、もしかしたら、母子関係のようなものに触れると、頭がそういうモードになるのかもしれない。人との関係に、そういうものを求めるようになるんだ。親子関係のような何かを。その関係の中には、優越は存在しなくて…… ただ純粋に相手を求める…
しかし、その思考は途中で中断した。不意に、隣に誰かがやって来たからだ。その誰かは、ぼくの傍までくるとしゃがんだ。ぼくと同じくらいの目線で微笑む。
それは、松野さんだった。
松野モコさん。
森で目覚めた彼女は、大きな後遺症もなく、次の日には学校に来ていた。「お父さんに心配かけちゃった」、なんて言っていたけど、妙にスッキリとした顔をしていた。彼女にとってあの出来事はどんな意味があったのだろう?
「今日も、餌をあげてるんだ」
それから松野さんは、微笑みながらそう言った。
「うん。せがまれちゃって。もう、ほとんど習慣になっちゃってるし」
「へぇ、てことは、まだ、猫達と話せるんだ。少し羨ましいな」
「でも、モ… いや、うちの猫とはもう話せなくなっちゃったよ」
……モコは、あの日以来、言葉を喋らなくなってしまった。普通の猫に戻ったみたいだ。やっぱり言葉が通じた方が嬉しいけど、でも、慣れてしまえばそれほどの不都合もない。モコは、モコで変わらないのだし。
ぼくがモコと言いかけて、慌てて言い直したのが面白かったのか、松野さんはにっこりと笑ってからこう言って来た。
「モコちゃん、元気にしてる?」
「アハハハ 名前変えようかな、やっぱ」
「別にいいよ。自分をモコだと思っちゃってるんでしょう?」
目の前では、相変わらずに子猫達が戯れていた。その姿が、モコに重なる。
「うん。今から変えるのは、ちょっと難しいかもしれない」
「でも、樹君の方が嫌なら、変えたっていいと思うけど」
「嫌? どうして?」
「好きな女の子の名前をつけてるのかと思われると嫌でしょう?」
そう言われて、ぼくは止まった。
ああ、そうか。そんな考え方もある訳だ。本当に頭になかった。
「別に嫌じゃないよ」
そして、だからなのか、自然にそんな台詞を言ってしまっていた。言った後で、少し赤くなる。それが何を意味するのか、気付いてしまったから。
少しだけ、目が泳いだ。
目の前で、シロネがそれを見てる。それからちょっと考えるような素振りをすると、子猫達に目で合図してから、『お邪魔したね』と、そんな事を言って去ってしまった。
猫が… 妙な事に気を遣うんじゃない。
心の中で、ツッコミを入れる。
その様子で、松野さんは何かを察したのか、こんな事を言った。
「今度さ、樹君の家に行っていい? モコちゃんを見てみたいの」
「うん。いいけど… いいの?」
子猫になった時の自分を見る、というのは少し怖いのじゃないかと思ったからそう言ってみた。
「ははは… 本当を言うと少し怖いけど、でも、大丈夫だと思う。あの日以来、もう子猫になる夢は見なくなったし。それに、いつまでも逃げてるのはそんなに好きじゃないのよ。人間の視点で樹君の家も見てみたいし、ね」
「狭いよ、人の視点で見ると」
それを聞くと、松野さんは笑った。
「最近ね、お弁当を、自分で作るようにしてみたんだ。ついでにお父さんの分も作って。父子家庭なのに、お父さんばかりに負担かけちゃ可哀想だもの。
……そう思えるようになったのは、もしかしたら、樹君のお陰なのかもしれない。ありがとう」
そう言ったところで、松野さんはぼくをじっと見た。視線が重なる。ぼくは、それに、少し緊張した。でも、その時に、
キーンコーンカーンコーン
休み時間の終わりを告げるチャイムが。
一瞬で緊張が解ける。二人とも思わず笑ってしまった。でも、ゆっくりしている暇はない。それから直ぐに立ち上がると、ぼくらは一緒になって校舎に向かって走り出した。ぼくは走りながら、まだまだやっぱりぼくらは子供だな、なんて思っていた。