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22.母性の世界

 (怪談収集家・山中理恵)

 

 事件が解決したそうです。

 色々な事があった末、なんとか猫のナノネットを、除去できたとか。

 その連絡を受けた時、私はまだ、怪談の調査をしていました。紺野さんに言われていた通り、必死に猫の怪談を探していたのです。それで、不謹慎ながら、その話を聞いて少し落ち込んでしまいました。私も、是非とも参加したかったし、自分の作業が無駄骨になってしまった事も悔しかったからです。取り敢えず、研究所の方に集まるというので、私も行くことにしました。話だけでも聴いておきたかったから。

 「ほぼ確信していたのなら、連絡をくれれば良かったじゃないですか」

 ――研究所内。

 ある程度まで、話を聞き終えたところで、わたしはそう文句を言いました。連絡さえくれれば、私も直ぐに駆けつけたのに、と。

 いつも座っているソファに、三人とも腰をかけています。

 「いやいや。もしもの場合もあるでしょう? もし、間違っていたら、を考えるとやはり、他で調査してもらっていた方が効率が良かったのですよ」

 紺野さんは、それほど申し訳なさそうにするでもなくそう応えます。

 「できれば、代わってあげたかったです」

 続けて星君が、そんな事を言いました。星君の方は少し申し訳なさそうしている。それを見て、私は軽くため息を吐くと、「ま、仕方ないですよね」と諦めました。多分、次のチャンスもあるでしょうから。

 「で、最後、それからはどうなったんですか?」

 「最後、といいますと?」

 「子猫モコを通じて、松野さんを説得した後ですよ」

 紺野さん達は、一体どうやって森のナノネットに、松野さんを解放させたのでしょうか?

 「なに、それなら、どうって事はありませんよ。ただ単に、松野さんが起き上がって、こちらにやって来ただけです」

 紺野さんは澄ました顔でそう返します。

 「どういう事です? 森のナノネットは、松野さんの事を取り入れようとはしなかったのですか?」

 「取り入れましたよ」

 「え?」

 「だから、森のナノネットは、松野さんの事を取り入れました」

 私はそれを聞くと、少し考えて、それでも分からなかったので尋ねました。

 「どういう事です?」

 「森のナノネットが欲していたのは、松野モコさんの身体ではなく、飽くまでその人格のみだったって事ですよ。そして、体内のナノネットにコピーされていた松野さんの人格を、自らの内へと取り入れたのです」

 「え…… でも、そんな事ができるのなら」

 その前にも、できていたはずです。なにも、紺野さん達が説得しなくても。

 「それでは意味がないのですよ。松野さんは、森のナノネットに対して怯えていましたから。森のナノネットを、つまり母親を拒絶している松野モコさんを、森のナノネットは求めていたのじゃないのです。だから、松野さんの母親に対する拒絶を取り除く必要があった。それで、松野さんが母親を受け容れた瞬間、森のナノネットは松野さんの事を解放したのですよ」

 「はぁ…」

 なんだか、猫のナノネットだけじゃなく、これはこれで、奇妙な事件だったようです。

 「森のナノネット… つまり、松野さんの母親は、それでようやく救われたって事ですかね…」

 星君がそれを聞いた後で、そう言いました。すると、紺野さんはこう返します。

 「ナノネットに感情なんかありませんよ。それは感情に見えるだけのものです。救われるも、救われないもないのです。ま、そう考えた方が、なんだか嬉しいようにも思えますが」

 「でも、感情がないのなら、どうして、森のナノネットはあそこまで松野さんに執着をしたのですか?」

 「感情はありません。しかし、それはプログラミングとしては残っています。元になった人格の執着があまりに強ければ、その影響をナノネットは受けますから。そして、それが生き残りに有利なのであれば、その性質は保持されます」

 生き残りに有利?

 それを受けて、星君はまだ何かを言おうとしていましたが、私がその前に話に割り込みました。

 「あの…… 子供に対する執着が、生き残りに有利になるのですか?」

 普通なら、支配欲求とかを考えると思います。

 「まぁ、場合によりけりでしょうがね。詳しく森のナノネットを調査した訳ではないので、なんとも言えません。ですが、人間社会を考えても、長く継続する場合は、必ずしも支配型の社会が生存競争に有利という訳でもないので、そういった可能性も十分に考えられるでしょう。母性型の社会のメリットもたくさんありますしね」

 支配型に… 母性型?

 私はそれを聞いて、少し疑問に思いました。なんでしょうか、その二つの社会は。

 「あ、因みに、この呼び名は単なるここでの便宜上のものですよ。支配被支配の関係で社会を捉えて、できるだけ優越の立場になろうとする価値観を持った社会を支配型と呼び、母性に象徴されるように、優越よりも調和を中心に捉える社会を母性型と呼んでみただけです」

 「調和?」

 そこで、星君が声を上げました。

 「それは、つまり平等社会って意味ですか?」

 「ちょっと違いますね。母性の世界には、優越自体が存在しないのです。だから、平等も存在しません。結果的に平等社会になるって事ならあるかもしれませんが」

 それから少し考えると、紺野さんは言いました。

 「母親と子供の関係を考えてみましょうか。母親が子供の世話をする。これを、支配被支配の関係で捉える事はできません。子供を中心に考えるのなら、世話をさせているのだから、子供が母親を支配しているようにも見える。しかし、この理解は正しくはないでしょう。むしろ、依存しているのですから。反対に、母親が子供を支配しているというのもおかしい。食べ物を分け与えたり、危険から護ったり。支配している相手に利益を与えている。つまり、母親は子供を従属させてはいません。もちろん、そういう要素が完全にない訳ではないのですがね。

 こういった支配被支配では捉えきれない関係性は人間関係全般にあります。母子関係だけじゃなく。それを無視してしまえば、色々な問題が起こるでしょう。男女平等論も、偏った視点になってしまう」

 私と星君は、それを聞いて黙りました。ちょっと、真摯な雰囲気になったからかもしれません。その空気を破るようにして、紺野さんが口を開きます。

 「猫は、社会性のない動物と言われています。しかし、その猫が、人間の家族の中でペットとして飼われている。これは、主に母子関係の延長線上に家族と猫の関係があるからだ、と言われていますね。前にも少し述べましたが。ならば或いは、その空間は、母性型の社会と言えるのかもしれないです。そういう意味では、今回の事件は非常に“猫的”な事件だったのかもしれませんねぇ」

 それから、少し考えると付け足しました。

 「――もちろん、こんなのは、単なるこじ付けに過ぎないですがね」

 少しだけ、笑いながら。

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