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16.不思議なやり取り

 (獣医・田辺陽一)

 

 飼い主が、自分のペットにまるで言葉で会話をしているかのように話しかけるのはよくある事だ。しかし、本当に会話しているとしか思えないやり取りに出会ったのはこれが初めてだった。

 その飼い主は… まだ、少年だったが、自分の保護している対象に対して、まるで母親のように接して、そして、会話をしていたのだ。患者は一匹の子猫、子猫は飼い主である少年を明らかに頼りにしていて、事ある毎に少年に訴え、その都度なだめてもらっていた。

 初めから、その二者のコミュニケーションには驚いていたのだが、容態を尋ねた時のやり取りには内心で叫び出したいくらいだった。答えたのは、(もちろん)少年だったのだが、その時に少年は子猫に、「今でも寒い?」とそう尋ねたのだ。もし、これでただ単に「にゃー」と返すくらいだったなら驚かなかったかもしれない。しかし、子猫はそれからコクリと頷いたのだ。

 頷く。

 猫が頷いて、飼い主の質問に返すなんて、僕は初めてみた。芸とかそういうのだったなら、まだ分かる。しかし、その時のそのやり取りはどう考えてもそんなものには思えなかった。極めつけは、注射をした時だ。注射器に恐怖し、逃げ出そうとすらしているかに見えた子猫を、少年は言葉だけで説得したのだ。言葉が通じていなければ、為し得る事ではない。

 明らかに、言葉で会話をしている。

 信じられない現象だったが、しかし、そう考えるより他にないように思える。僕は一晩考え続けた上で、その結論に至った。その一番の訳は、少年には僕を騙す理由が一切ないという事だ。もしも、その診察の前に、少年が猫と会話してみせる、とでも述べていたなら、僕はそれを信じなかっただろう。それなら、トリックでなんとか誤魔化せる範囲内だからだ。だが、少年はむしろ会話ができるという事実を知らせたくない素振りをしていたように思うし、診察を終えると普通に立ち去った。それを考えると、本当に猫と会話していたと結論付けるしかないと思える。――そして、その結論に至ったタイミングだった。その印象が払拭し切れないままでいる僕の許へ、お偉いさんから電話がかかってきたのは。電話の相手は、獣医仲間の重鎮、柏木幸一さん。直接、話した事はなかったのだけど、名前だけなら知っている。聞いた話だと、厳つい態度や表情をしてはいるが、実は動物大好きなお人好しのオッサンだそうで、別に怖くはないらしい。その話を聞いていたお陰で、僕は普通に柏木さんと話す事ができた。

 「――不思議な患者ですか?」

 そして、その電話の内容が、当に昨日の、猫と会話していた患者の事のように思えたのだ。もちろん、本当にそうかは分からない。しかし、このタイミングで、そんな質問をされればどうしても連想をしてしまう。僕は驚いて、瞬間、言葉を失くした。

 「いえ、すみません…

 ……はい。実は、昨日、不思議なやり取りをする患者と飼い主を診たばかりだったので、少し驚いてしまって」

 僕がそう言うと、電話の向こうで柏木さんも驚いていたようだった。「ほぅ、いたのかね」なんて返してくる。それから、柏木さんは、僕に奇妙なお願い事をしてきたのだった。その患者の秘密を知っているかもしれない男がいる。その男に会い、できればその男の質問に答え、場合によっては協力してやって欲しい。どういう話の流れなのかは全く分からなかった。ただ、断る訳にもいかない。重鎮のお願いだし、それに何か理由がありそうだ。いや、実を言ってしまえば、その男に会えば、先の飼い主と猫とのやり取りの秘密が分かるかもしれない、という可能性に僕は惹かれていたのだった。今日の仕事を終えた後ならば、という条件で僕はその話を承諾した。病院の営業時間が終わると、直ぐにその男は病院へとやって来た。

 男の名前は、紺野秀明というらしかった。目の細い男で独特の雰囲気がある。もう一人、若い男を連れている。こちらは、星はじめというらしい。なんでも、この男の調査に協力をしている学生だそうだ。調査、というからには、何らかの研究をしているのだろうな、と思っていると、その紺野という男から差し出された名刺に、『紺野ナノマシンネットワーク研究所所長』と書かれてあった。

 「ナノマシン・ネットワーク?」

 僕が疑問の声を上げると、紺野という男はしっかりと頷いた。

 「はい。耳にした事はありませんか?」

 聞いた事くらいはあった。ナノマシンのネットワークにより、人や動物の精神に直接アクセスができる。そのネットワークが、自然界に繁殖をしている、という疑わしい話だ。

 「という事は、先の猫に?」

 猫の秘密を知っているこの紺野という男が、ナノネットの研究者であるというのなら、先の猫と少年にはナノネットが混入していて会話ができていた、とそう考えるのが妥当だろう。

 ――しかし、いや、まさか。

 僕はやや愕然となった。

 だが、それから、紺野秀明は、その予想通りの信じられない話を僕に語ったのだ。そして、もしも、それが事実であるのならば、時間はないはずだった。

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