15.病院にて
(子猫・モコ)
樹君に抱えられて、病院に行った。
病院はあまり好きじゃない。嫌な思い出があるから。お母さんに悪いことをしてしまった嫌な思い出が。
お母さん。
――お母さん。
いい子にしてないと、お母さんにまた嫌われてしまう。そうしたらまたきっとお母さんはわたしのことを殺そうとするんだ。
――そんなのは、嫌だ。
樹君。
そう思ったわたしは、病院の待合室で、樹君に迷惑をかけないように大人しくしていた。病気で苦しいけど、我慢していなくちゃいけない。うるさくしたら、きっと樹君はわたしを嫌がる。やがて、わたし達の番が来た。お医者さんに診てもらって、薬をもらったら家に帰れる。後、もう少しの辛抱だ。
お医者さんは優しそうな人だった。
良かった。これなら、大丈夫そうだ。酷いことはされないと思う。
わたしはそれに安心をした。
樹君が、わたしを診察台の上に置いた。わたしはそれにビクリと反応する。
「にゃー」
『置いていかないで』
すると、樹君は落ち着いた口調でこう言ってくれた。
「大丈夫だよ。ここにいるから」
わたしはそれを聞くと、ホッと息を吐いて覚悟を決めた。お医者さんは、そんなわたし達の様子をやや訝しげに見つめながら、手を伸ばしてきた。それにも、わたしは反応をしてしまう。怖い。知らない人に触れられるのは。すると、樹君はわたしの背中に手を置いた。
「大丈夫」
そう言う。
わたしはそれでまた落ち着きを取り戻す。
「どんな感じなんですか?」
そんなわたし達の様子を見つめながら、お医者さんがそう尋ねてきた。どちらに尋ねるとも分からない感じで。もちろん、それには樹君が答えた。
「クシャミをしたんです。それから、とても寒がっていました。モコ、今でも寒い?」
『うん』
わたしはそれに頷いて返した。お医者さんにも分かるように答えなければいけないと思ったから。お医者さんはやや驚いたような感じでそれを受けると、あれこれとわたしの身体を調べてから、こう言って来た。
「うん。まぁ、風邪の引きはじめですね。猫は自分が弱っている事を、周囲に隠す習性を持っているので、初期にそれに気付くのは偉いですよ。この程度なら心配はないでしょうが、一応、注射を打っておきましょうか」
注射!
わたしはその言葉に小さく震えた。けど、今度も樹君がわたしの事をなだめてくれた。
「大丈夫だよ、モコ。ちょっとだけ、チクリとするだけだから」
――迷惑をかけたくない。
そう思ったわたしは、注射をなんとか我慢した。そんなわたし達のやりとりを、やっぱりお医者さんは興味深そうに見つめていた。それから、お薬をもらうと、わたし達は自分の家に帰った。注射が良かったのか、わたしの病気はみるみる治っていった。




