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13.森の中へ

 (中学生・松野モコ)

 

 朝、起きた時に、病気が治った後のような爽快感を感じた。わたしは別に病気になんかなっていない。だから、ちょっと前の自分だったなら、その爽快感のワケを訝しがったかもしれないけど、もうこのパターンには慣れている。

 そう。

 夢の中で、子猫のわたしは、風邪を引いてしまったんだ。

 ただ、そう直ぐに思い出しはしたけど、細かな部分までは思い出せなかった。子猫でいる時の記憶はただでさえ曖昧なのに、風邪を引いて朦朧していたのだからそれも無理のない話だろう。確か樹君はわたしを病院へ連れて行ったと思う。そこで、わたしは注射をされたような気がする。

 ……子猫のわたしの病気は、ちゃんと治ったのだろうか?

 少し不安になったわたしは、学校へ行ったら樹君に訊いてみようとそう思った。のだけど、それは無理だった。何故なら、樹君は学校を休んでいたからだ。

 「風邪らしいよ」

 そう言われた。

 風邪ねぇ

 風邪は風邪でも自分の風邪じゃない、飼っている猫の風邪なのだろう。という事は、子猫モコの風邪は治っていないのだろうか? いや、もしかしたら、やや過保護気味な樹君の事だから、良くなったのに心配のあまり学校を休んでしまったのかもしれない。

 「樹君のこと、気にしてるの?」

 樹君のクラスを訪ねたことが、なんでか可奈ちゃんにばれてしまっていて、考え事をしているとそんな風に尋ねられた。

 「意外ねぇ モコちゃんは、南海センパイ一筋だと思ってたのに」

 「そんなんじゃないわよ」

 わたしは少し怒ってそう返す。だけど、その後で思い直した。そうも否定し切れないか、と。昨日の休み時間、校舎裏の空き地へ猫の様子を見に行ったわたしは、なんでか白昼夢を見ているような感覚に不意に襲われて、しばらくの間呆然となっていた。それがどれくらい続いたのかは分からないけど、わたしはその中で、懐かしい人に会っていた。

 温かい光。

 「――お母さん」

 我に返ると、傍には樹君がいて、わたしはそれに驚いてしまった。

 感覚が、少しだけ重なる。

 お母さん。大きな人。樹君。

 樹君は、それから自分の飼っている子猫の話をわたしにした。出会いと、そのきっかけを。わたしはそれを聞いて嬉しくなり、その後で思わず、お母さんの話をしてしまったのだった。森でお母さんが行方不明になってしまった話を。昔からの友達以外には、誰にも話した事なんてないのに。南海先輩にだって。もちろんそれは、子猫になった時のわたしの樹君に対するイメージがあるからなのだろうけど、でも、完全にそれだけだったのかどうかは分からない。もしかしたら、樹君の事をわたしは好きになりかけているのかもしれない。

 けど。

 わたしは多分、南海先輩の事も好きだ。

 「そんな事言って、南海センパイとは、ちゃんと会ってる訳?」

 可奈ちゃんが、ニタニタと笑いながら、そう質問してくる。わたしは条件反射的に答えてしまっていた。

 「ちゃんと会ってるわよ!」

 そう答えてしまった後で、自分が可奈ちゃんの策略に見事に嵌ってしまったことに気が付いた。

 「ほほぅ… それで、今度はいつに会うのかな?」

 にやけながら、そう訊いて来る彼女に、わたしは観念してこう返した。なんで、こーこういう話が好きなのかな、この娘は。

 「今日、会うわよ」

 渋々、わたしがそう答えると、「へぇ、羨ましいわねぇ」と、彼女は言った。更に突っ込まれるかと思ったけどそれはなかった。場所とかも尋ねられるかと思ったのだけど。

 喫茶店。

 南海先輩と会う場所は喫茶店だ。

 放課後。

 目の前で、南海先輩が笑っていた。

 場所は、約束通りの喫茶店。陽光が眩しく辺りを照らす、窓際の席。そこで、わたし達二人は待ち合わせをして、そして、そのままお茶を飲んでいる。

 最近になって、南海先輩はなんだか変わったような気がする。けど、あまりそれは気にならない。前よりも優しくなったように感じるし、それに、なんだか、南海先輩と会っている時、わたしは不思議な感覚を覚えるようになっていた。安心感からだろうか? この感覚は、なんだろう…… そうだ。昨日、校舎裏の空き地で白昼夢を見ていた時の感覚に似ている。

 「どうしたの?」

 笑顔のまま、南海先輩はそう話しかけてきた。

 「いえ、ちょっと」

 少しの間、考え事に集中をしてしまっていたわたしは、慌ててそう言った。すると、それから南海先輩はこう問い掛けてきたのだ。

 「……お母さんのことでも、思い出していたのかな?」

 ――え?

 南海先輩の、そのいきなりの問い掛けに、わたしは少なからず動揺した。

 「なんで知っているんですか?」

 わたしは驚いて、思わずそう返す。南海先輩がお母さんの事件を知っているなんて、考えた事もなかったからだ。

 「あの森の中、だよ」

 ――森?

 「あの森の中で、僕は女性に出会ったんだ。否、正確に言えば、女性の幻を見たんだ。ナノマシン・ネットワーク。ナノネットって知ってる?」

 「はい」

 ナノマシンのネットワークの中に、人格が保持されるとか、そんな話を聞いた事がある。どれくらいまで本当の話なのかは分からないけど、その話を聞いた時、わたしは森の中にお母さんのナノネットが存在しているかも、と夢想をしたんだ。だから、その南海先輩の話に、わたしは緊張感を覚えてしまっていた。

 「その幻を見た時、僕は直ぐにそれを思い出した。そして、こう考えたんだ。もしかしたら、誰かのナノネットが森の中に在るのかもしれないって。それで、調べてみたのさ。昔の、古い資料をね。そうしたら、君の苗字と同じ名前の女性が行方不明になった記録が出てきたんだ。しかも、自分の娘をさらいかけた、とある。――で、あの時の君の態度を思い出した訳さ」

 あの時。

 多分、それは南海先輩から森へ誘われた時、わたしがそれを断った時のことを言っているんだ。南海先輩は優しく微笑みながら、続けた。

 「お母さんの思い出から、離れられないのかい? 恐らく、とても怖い体験か何かを、君はあそこの森でしたのじゃないか? そして、その記憶を克服できないでいる」

 南海先輩のその言葉に、わたしは凝固した。

 その通りなのかもしれない。と、そう思ってしまったからだ。わたしはあの時の記憶から離れられないでいる。せめてもう一度、もう一度だけでもお母さんに会ってみたい。そのタイミングで、南海先輩はこう囁いてきた。

 「――お母さんに会いに行かないか?」

 わたしは更に動揺する。

 「でも、どうやっ……」

 そう言いかけて気が付く。

 ナノネット。

 「その通り。ナノネットだよ。君のお母さんは、恐らく、ナノネットになってあの森の中に存在しているんだ。君が、森の中にいけば、多分、会える」

 会える。

 お母さんに?

 ――会いたい。

 「あそこでなら、誰にも邪魔されず、お母さんに会えるはずだよ。大丈夫、僕も一緒に行ってあげるから。

 何も、心配はいらないよ」

 南海先輩は笑っていた。優しそうに。わたしはその声に逆らえなかった。ナノネットとして存在する、お母さんに会う。それが、あの時の、とても怖いお母さんに会う事になるのかもしれないという恐怖は、その時沸いて来なかった。理由は分からないけども、何故か。

 わたしの頭は、少しぼんやりとしていた。

 南海先輩は笑っていた。優しそうに。

 光が眩しかったのを、覚えている。

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