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12.モコと一緒

 (中学生・樹拓也)

 

 『樹君』

 

 モコが喋るようになった。

 自分の名前を言ったあの日から、少しずつ喋る事が多くなって、今では、けっこう頻繁に言葉を発している。

 もっとも、言葉を喋ると言っても、簡単な単語くらいのものだけど。

 『ごはん』とか、『トイレ』とか、『遊んで』とか、『樹君』とか……

 でも、それで充分、ぼくには嬉しかった。言葉が少しでも通じるとコミュニケーションの幅が広がる。なんだかんだ言っても、人間は言葉に頼ってコミュニケーションをする生き物なんだ。言葉が分からないと伝わって来ない事も多い。何しろ、異文化間交流どころじゃなくて、異生物間交流な訳だから。

 言葉が話せるようになって、モコが一番気にしていると分かったのはトイレだった。トイレは縄張りとか色々で、動物にとって重要な場所だからそれに神経を使うのは当然、なのだけど、モコの場合はそういうのともまた違っていた。なんというか、恥ずかしがるのだ。初めは、モコ用のトイレは外に出していたのだけど、それだと恥ずかしがるから、人間用の個室トイレの中に入れてやった。自由に出入りできるように、猫用の扉を、トイレのドアにつけてやって。それからは、モコはその中で用を足すようになったのだけど、どうも猫のトイレの方が使われた形跡がない。おかしいな、と思ったのだけど、ぼくは直ぐにモコは人間用のトイレで用を足しているのじゃないか、と予想をした。水を流す音が聞えてくるし、そうじゃなきゃ、トイレが使われた形跡がない理由を説明できない。

 猫に人間用のトイレで用を足すようしつけするのは可能らしい。テレビの動物番組でそういうのを観た時がある。でも、自分から人間用のトイレで用を足すようになるってのはちょっと珍しいのじゃないだろうか? もしかしたら、それは、モコが話せる事と何か関係があるのかもしれない。

 ぼくがモコに関して不思議に思う事はまだあった。モコには、何故だか喋れる時と喋れない時とがあるんだ。喋れない時に、幾ら話しかけても無駄で、モコは何も分からないみたいだった。どういうタイミングで入れ替わるのか、ぼくには全く分からない。ただ、喋れるようになるのは、夜になってからの方が多いみたいなのだけど。

 「にゃー」

 ベッドで寝転がっていると、モコが甘えた声を出して、布団の中にもぐり込んで来た。今は言葉を喋れないみたいだ。喋れたり喋れなかったりするのはどうしてなのだろう? あのカラス達と一体、どこが違うのだろう? なんて思っていると、窓の外にカラスの気配を感じた。

 バサッ

 舞い降りる気配。

 カラスだ。直ぐにそれが分かった。カラスの気配は独特で、少し意識を集中すれば簡単に分かるんだ。ちょっと久しぶりな気もする。闇の向こうにある気配に向かってぼくは話しかけた。モコが脅えるといけないので、心の中で呟くやり方で。

 『ちゃんと約束は守っているよ』

 カラスと結んだ、庭の外のナノマシンを繁殖し続けさせる、という約束をぼくは守り続けていた。ちゃんと、生ゴミに土を混ぜて、ナノマシンを増やし続けている。

 『分かっている』

 カラスは即答した。

 『今日は、少し忠告があってきたのだ』

 忠告?

 『モコを手放せっていう忠告なら聞かないよ』

 それを聞くと、カラスは少し黙ってから言葉を発した。

 『それも分かっている』

 どうも、言い難そうな様子だ。

 『その猫は言葉を発しているな?』

 『うん』

 『しかし、簡単な単語しか発せない。しかも、話せる時間と話せない時間とがある』

 『それも、その通りだよ』

 ぼくはそれを不思議に思ってたんだ。それからまたしばらくカラスは黙った。そして、その後で

 『それは、な。その猫の中のナノマシンと、ナノマシン・ネットワークとの接続が不安定だからだ。私のように安定していない。猫のナノネットは私のモノよりも遠い位置にある』

 と、そう教えてくれたのだった。ぼくはそれにビックリする。

 『どうして、教えてくれたの?』

 カラスはモコの事を嫌がっていたはずだ。

 『お前との協力関係を考えただけだ。他意はない。それを踏まえた上で忠告がある』

 今日のカラスはどうも様子がおかしい。妙に態度が慎重な気がする。なんのだろう、この妙な間の取り方は? 忠告だって? カラスはさっきもそう言っていたけれど。

 『その猫は寝ている間に、大まかな記憶内容をナノネットに向けて送信している。だが、そこに落とし穴がある。そこから情報を盗まれている危険性がある。そのモコとやらが心配ならば、充分に気をつける事だろう』

 え?

 『気をつけろって 何を?』

 意味が分からなかった。

 『別に、お前にだけ忠告した訳でもないさ。もちろん、ヤツが情報を得るのは、そこからのみとは限らないがな』

 『何の事? ヤツって?』

 しかし、カラスはそのぼくの質問には答えてくれなかった。それだけを言ってしまうと、カラスはまた闇の中へ飛び去ってしまったのだ。

 ぼくにだけ忠告した訳でもない?どういう意味だろう?

 ふと、モコを見てみた。モコは布団の中で寝始めていた。モコは寝ている間に、情報を送信している。ぼくにだけ忠告をしたのじゃない。つまり、その送信している先…… モコと繋がっているナノネットに、カラスは忠告をした?

 ぼくは妙な心持ちになった。

 いったい、何が起こっているのだろう? モコはどんなナノネットと繋がっているんだ? 相変わらず、何が何だかワケが分からない。だけど、ぼくにはそれを確かめる術はない。

 いや。

 そこで、ぼくは思い出した。

 そういえば、手がかりはあったか。

 松野モコさん。

 モコと同じ名前を持った彼女には、或いは何かがあるのかもしれない。

 ――でも。

 

 ぼくの飼っている猫が、自分を“モコ”と名乗ったんだ。松野さん、何か知らない?

 松野さんのクラスの前で、ぼくは立ち往生していた。こんな質問が、できるはずもないから。大体、猫が喋るなんて事を告げただけで変な目で見られそうだ。だけど、他になんて尋ねれば良いのだろう? そんな感じで迷って教室の中を覗き込んだりしていると、不意に声が聞えた。

 「あら? あなたは…」

 ぼくの知らない女生徒だった。そう言うと、その女生徒は気持ちの悪い笑みを作った。

 「モコならいないわよー 猫の様子を見に、校舎裏の空き地に行ったと思うわ」

 「校舎裏の?」

 どうしてその女生徒に、ぼくが松野さんに用事があると分かったのかは不思議だったけど、とにかくぼくは、お礼を言ってから空き地に向かった。あの空き地でなら、まだ話し易い。猫の話題にも結び付け易そうだし。

 空き地に行くと、松野さんは一人ぼんやりと猫達を眺めていた。シロネ達じゃない、見た事もない他の猫だ。ぼくは松野さんに「こんにちは」とそう話しかけた。すると、松野さんはピクリと反応をした。その瞬間に、猫達は何処かに走り去ってしまった。まるで、逃げるような感じで。その後で、呆けたままの松野さんが「お母さん」と微かにそう呟くのが聞えた。

 ――お母さん?

 一瞬の間があったけど、松野さんはぼくを見ると、直ぐに我に返ったような顔をした。

 「……樹君。どうしたの?」

 ぼくは少しウソをつく。

 「いや、猫を見に来たんだけど」

 「猫? ……いないわ」

 松野さんは、まだ少しぼんやりとしているように思えた。

 「うん。いないね。シロネ達はきっと、何処か他の場所で遊んでいるのだと思う。もっとも、見た事のない猫達ならいたけど」

 「見た事のない?」

 「うん。もう何処かへ行っちゃったけど」

 「そう…」

 妙な間ができた。その間で、ぼくは自分がどうしてここに来たのかを思い出した。モコの事だ。ぼくは彼女にそれを尋ねに来たのだった。

 「ぼくも猫を飼ってるんだ。まだ、子猫だけど」

 ぼくがそう言うと、突然に松野さんは目を大きく見開いた。顔を赤くしている。明らかにぼくの言葉に反応をしている。

 「へ、へぇ」

 その自分の反応を誤魔化すように松野さんはそう言う。顔を少し伏せた。

 なんだろう?

 ぼくは説明を続けてみる。

 「初めは飼うつもりじゃなかったのだけど、一晩世話したら、可愛くなっちゃって、手放せなくなったんだ」

 「ふーん」

 まだ、松野さんは顔を赤くしていたけど、徐々に冷静になっていっているように思えた。

 「どうして、世話をしたの?」

 そして、それから、静かな口調でそう質問して来た。

 「大人の猫に襲われてたんだ。それで、助けたら震えててさ、それを観てたら、どうにも連れて帰っちゃったんだ」

 「大人の猫?」

 「うん。親猫かどうかは分からないけど。でも、猫には子殺しの習性もあるって言うから… もしかしたら」

 それを聞くと松野さんは、不意にポツリとこんな事を言った。

 「この街に、森があるでしょう? 大きなの」

 「うん」

 「あの中でね。どうも、わたしのお母さんは死んじゃったみたいなんだ。本当はどうだか分からないんだけど、行方不明になったから、多分、あそこで死んだのじゃないか?って」

 ぼくはそれで、少し黙った。

 「ごめん……」

 嫌な事を思い出させてしまったのかもしれない。

 「あっ 気にしないで、そんなつもりで言ったんじゃないの。でも、なんでか、その話を聞いてたら、樹君に話したくなっちゃって」

 今度はぼくが顔を真っ赤にする番だった。その瞬間に、学校のチャイムが鳴った。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 顔を赤くしたぼくは、チャイムで誤魔化せると正直、ホッとしたのだけど、それから直ぐにそんな場合じゃない事に気が付いた。

 「あ、しまった授業に遅刻する」

 猫の世話をよくしているぼくは、授業遅刻の常習犯なのだけど、それでもこんなに遅れる事はあまりない。

 「やばいね。走ろうか」

 松野さんがそう言うのを合図に、ぼくらは校舎に向かって全速力で走った。でも、授業には、――もちろん、遅れてしまったけれど。

 ……それから、松野さんに話を聞くチャンスはなかった。やっぱり、どう話を切り出したらいいのか分からなくて、あれこれ考えているうちに放課後になってしまったんだ。モコが心配だから、遅くになるのは避けたいし。

 

 家に帰ってドアを開けると、モコが廊下の暗がりから「にゃー」と鳴いて、歩いてこちらに向かって来るのがいつものパターンだ。だからその日、ドアを開けた時にぼくは違和感を感じてしまった。

 いつもの、その光景がなかったから。

 モコが来ない。鳴き声もない。

 ちょっと心配になったけど、直ぐに眠っているのかもしれない、とそう思い直した。少しだけ寂しかったけど。

 寝床に行ってみると、案の定、モコは眠っていた。スースーと寝息が聞こえて来る。ぼくはそれに安心して、布団に転がると漫画を読んだ。

 ――異変を感じたのは、夕暮れになって夕食を作り始めた時だった。その時分になって、モコはようやく目覚めたのだけど、なんだか様子がおかしいんだ。動作がとても鈍い。

 「モコ?」

 ぼくは心配になって、そう呼びかけてみた。

 『樹君』

 クシュン。

 くしゃみをした。

 『寒い』

 ぼくは慌ててモコを抱きかかえてみた。あったかい。気のせいかもしれないけど熱があるのかもしれない。多分、モコは風邪を引いてしまったんだ。ぼくは毛布にくるんでモコを抱きかかえると、そのまま動物病院を目指した。

 きっと、まだ病院は開いている。

 ぼくは軽いパニックになってしまって少し涙汲んでいた。大丈夫、大丈夫、こんな事で死ぬはずがない。と自分に言い聞かせながら、夕暮れの道を走った。

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