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9.子猫の謎

 (中学生・樹拓也)

 

 「喋った……」

 ぼくは驚いて子猫を見た。ぼくの拾ってきた子猫が確かに喋ったからだ。ぼくが名前をどうしようかと言ったら、子猫は自分の名前を喋ったんだ。いや、喋ったというよりも、カラス達と同じ様に、ぼくの頭に直接言葉を投げかけてくる感じなのだけど、とにかく話をした。出会いの時の助けを求める悲鳴が気の所為じゃないとするのなら、これで二度目だ。二度目。多分、これは偶然じゃないと思う。話ができるんだ。この子猫は。

 「モコ。モコっていうのか君は」

 モコ。

 何処かで聞いた事のあるような名前である気もする。ぼくは期待に胸を膨らませて、続けてこう言ってみた。

 「ぼくの名前は、樹拓也っていうんだ」

 だけど、モコはそれからは何も言わなかった。ぼくがそう言っても不思議そうな顔になって、「にゃー」と鳴いただけ。ぼくは少しガッカリする。それから、モコは自分のベッドの上で丸くなると、そのまま眠ってしまったようだった。薄い光の中で、モコの身体が静かに上下しているのが分かる。ぼくはため息を漏らすと、それから布団を被った。

 話せるのだったら、やっぱり話してみたかったのに。そう思いながら眠りにつく。

 夢の中。誰かの声を聞いた気がした。

 『樹くん』

 声は、そう言っていた。

 朝。別に普段と変わる様子もなかった。モコはぼくが起きても、まだ眠っていて、ぼくが朝食を食べ終えて、モコの分の朝食も用意する頃になってようやく目覚めた。ぼくがでかけるタイミングで、朝食を食べ始めてる。ぼくが「行ってくるね」と声を上げると、「にゃー」とそれに応えた。やっぱり、言葉は話さない。

 学校へと向かう途中、カラスがやって来て話しかけてきた。いつもぼくの家にやってくるあのカラスだ。なんで、わざわざ登校の途中なのだろう?

 『お前の飼っている、あの子猫だがな』

 モコを早く手放せ、とカラスは以前に言っていた。だから、当然モコの身体の中のナノマシンは、カラス達とは同じじゃないんだ。ぼくは軽い警戒心を抱く。もしかしたら、カラスはモコを追い出そうとしているのかもしれない。

 『君達にとっては、どうか分からないけど、ぼくにとってはあの子猫は大切な存在なんだ。手放したりはしないよ』

 それを聞くと、カラスはしばし黙る。このカラスの本体は、今は近くにはない。それで、ぼくの心が読めなくて、慎重になっているのかもしれない。

 『別に、あの子猫は、我々の敵ではないさ。あれは我々にとっては無害だ。だから、敵視している訳ではない。ただ、我々にとって問題はなくとも、お前にとって問題になる可能性がある。あの子猫は、そのうちに面倒を持ち込むぞ。詳しい説明をしている時間はないが、あの子猫を利用して、お前を巻き込もうとしているナノネットがあるのだ』

 ぼくを巻き込む?

 『それはどういう意味? ぼくをナノマシン・ネットワークの一部にしようとしているって話?』

 『違う。お前を利用して、ある仕事をさせようとしているのだ』

 仕事ねぇ……。

 そう言われて、ぼくは考えた。しょっちゅう仕事を押し付けてくる、このカラス達が言えた台詞じゃないだろう。

 『なんで、ぼくなワケ?』

 そうぼくが尋ねると、カラスは黙った。

 『当ててみせようか? それは、ぼくが君らと繋がりを持っているから。そのナノネットは、ぼくを利用して、君らの力を借りようとしているのじゃない? つまり、仕事が負担になるのは、ぼくじゃなくて、君ら自身なんだ』

 続けてぼくがそう言うと、カラスはこう返してきた。心が読めない状況だと、このカラスもそれほど会話が巧みではなくなるみたいだ。

 『お前自身の身に、危機が及ぶかもしれないのだぞ?』

 ぼく自身の身に?

 その後を尋ねようとしたけど、カラスはそれだけを言うと、そのまま飛び去ってしまった。

 どういう事なのだろう?

 ぼくは飛び去るカラスの後姿を見守りつつ不思議な心持ちになっていた。どういう事情があるのかは分からないけど、それをカラスが言わないのは納得がいかない。何か、言いたくない理由でもあるのだろうか?

 

 学校。

 いつも通り、休み時間にぼくはシロネ達の世話をしていた。体育が終わった後の休み時間で、空き地に近いから寄ったんだ。今日は鰹節と水だけ。それを皿に入れてやる。子猫たちは嬉しそうに鰹節を食べて、水を舐めている。その光景を見ていると、不意に後から声が聞えた。

 「今日も餌をあげてるんだ」

 振り返ると、そこにいたのは松野さんだった。つい先日、この場所で知り合った女子生徒で、その時、彼女はぼくがニボシを土に埋めた理由を訊いて来たんだ。身体に悪いからだと説明すると、彼女は興味深そうに頷いていた。

 「うん。そう」

 ぼくは淡々とそれに答えた。子猫達の水を舐める姿を見て、家でモコがお腹を空かせていないかと心配になっていたからだった。もしかしたら、朝に用意した分だけじゃ足らなかったかもしれない。

 「ハンバーグ」

 続けて松野さんは何でか一言そう言った。声の質に、微妙に緊張が含まれているように思える。

 「なに?」

 松野さんの様子は、少し変だった。やっぱり、微かに緊張している。

 「わたしのお弁当の中に、今日、ハンバーグが入ってるのだけど、この子達食べないかな?」

 ぼくは即答した。

 「それは駄目だね」

 「どうして?」

 「ハンバーグの中には、玉ねぎが入っているだろう? 玉ねぎって、猫にとってかなりの毒なんだ。赤血球を溶かしてしまうらしいよ」

 「へ、へぇ…」

 松野さんは、それを聞くと目を大きく開いた。どうも、明らかに動揺してる。そして、それから、どうしてなのか顔を真っ赤にして、その場から逃げるように去っていってしまった。

 どうしたのだろう?

 ちょっと考えて、ぼくは妙な事に気付く。

 ハンバーグ。昨晩、モコはハンバーグを食べたがっていたっけ。奇妙な一致だ。でも、ま、ただの偶然なんだろうけど。

 

 教室に戻ると、ぼくの机の上にタオルが置いてあった。一瞬、戸惑ったけど、そういえば体育の時にグランドに忘れてしまっていたと、思い出す。誰が届けてくれたのだろう?名前も書いてないのに。そう不思議に思っていると、横から声が聞えた。

 「やっぱり、それ、お前のだったのか?」

 クラスメートの一人だ。

 「え? あ、うん」

 こいつが届けてくれたのか? と、ぼくはそう思ったのだけど、続けてそいつはこんな事を言ってきた。

 「へぇ それ、他のクラスの女生徒。ほら、変な名前の松野とかいう、女。そいつが、お前のじゃないかって言ってたらしいぜ。

 なんでお前のだと分かったんだろうな? もしかしたら、気があるのかもよ」

 松野さんが?

 ぼくはそう言われてびっくりする。そして、さっきの松野さんの行動を思い出した。まさか。奇妙な予感を覚える。

 「どうしたんだ?」

 クラスメートは、ぼくの反応を不思議に思ってか、そう問い掛けてきた。ぼくはそれを無視して逆に尋ねる。

 「あのさ。松野さんの下の名前ってなんていったっけ?」

 変な名前、と言っていた。

 「ああ。確か、モコとかいったのじゃなかったっけかな? カタカナで。珍しいから、一度聞いたら忘れないよな」

 ぼくはそれに驚く。

 モコだって? ぼくの子猫と同じじゃないか!

 これは、流石に偶然が過ぎるだろう。先の松野さんの態度。ハンバーグ。モコという同じ名前。そして、ナノネット。カラスの言動。

 一体、ぼくの子猫“モコ”に何があるというのだろう? そして、松野さんとの関係は?

 訳が、分からなかった。

 本当に。

 

 不思議な事はそれだけじゃなかった。まだ、その日、不思議な事は起こったんだ。帰り道だった。ぼくはモコが家に来て以来、寄り道をしないで真っ直ぐに学校から帰るようになっていたから(友達からは、「付き合いが悪くなった」と言われているけど)、普通なら高校生が道にいるような時間帯じゃない。でも、その男子高校生は、その道にいた。しかも、明らかにぼくを待ち伏せしていたんだ。

 「君が、樹くん?」

 彼は目の前に現れると、そう尋ねてきた。ぼくは戸惑いつつ答える。

 「はい」

 すると、彼はニヤリと笑った。

 「ふーん。なるほど、君にもナノマシンがたくさん注入されているね」

 君にも?

 着ている制服から、彼が近くの高校の男子生徒だと分かった。なんで、高校生がこんな時間帯にこんな所にいるのだろう? その高校生は、ぼくを見ながら舌なめずりをした。目が、なんだか不気味だった。まるで、そう。まるで、猫が獲物を狙っている時のような感じだ。

 ぼくは後ずさりをする。なんか、よくない気がしたから。その時だった。

 「ギャア」

 そう、カラスの鳴き声が突然頭上から聞えた。ぼくは振り返らずにいたけど、その気配があのナノネットのカラス達だという事は、直感的に分かっていた。はじめ、一匹だけだったその気配は、急速に増えていく。幾羽もが、電信柱や、屋根の上にとまる気配がする。もの凄い数だ。きっと、カラス以外も含まれているのだろう。足元にも気配があった。

 「フーッ」

 猫。いや、猫だけじゃない。犬も集まって来ているし、中にはネズミも混じっている。

 頭上にはカラスや他の鳥達の群れ。足元には猫や他の獣達。言うまでもなく、この街全体のナノネットに属する動物達だ。その動物達が、目の前の男子高校生を一斉に威嚇しているんだ。

 その威嚇を受けると、男子高校生は鼻で笑った。

 「ハッ なるほど。君の方は、しっかり護られているって訳かい」

 少しも臆していない。これだけの数の動物達から威嚇されているのに。それから、悠然とその男子生徒は後姿を見せて、ぼくの前からゆっくりと歩いて去っていった。

 「まぁ 仕方ないか。他を当たるよ」

 なんて言いながら。

 他?

 一体、何の事だ?

 なにが起こっているのだろう? 本当に。

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