0.ネットワーク
(憑人・星はじめ)
抽象概念、というモノがあります。
よく聞く言葉ですが、それがどんなモノなのかはっきりと分かっていないって人の方が多いのじゃないでしょうか?
僕は、今までにそれを分かり易く説明してくれた文を読んだ事がないもので、どうも、そんな風に考えてしまうのです。
でも、この抽象概念というモノは、実はとっても重要なのです。何しろ、どんな理論にしろその基盤には絶対に抽象概念が必要だからです。いえ、理論だけじゃない。社会を成り立たせる為に必要な制度、文化、人々のコミュニケーション、それらを形成する場合にも、この抽象概念は欠かせません。その背後にある抽象概念がなければ、人々は、一つの社会として機能する事ができないからです。
では、それは、具体的には、どんなモノなのでしょうか?
この今、あなたが読んでいる文章、つまり言葉そのものも、抽象概念だと言えるのですが、もっと分かり易く例を挙げるのなら、理論の世界…… 取り分け、自然科学理論での基盤であり代表的な抽象概念でもある数学、或いは、数そのもので説明するのが手っ取り早いかもしれません。
例えば、ここに2という数字があるとしましょう。具体的な何モノも与えられていない、単なる2です。この2は、何モノでもないからこそ、同時に様々なモノを表しています。例えば、リンゴが2個としてもいいでしょうし、距離が2キロとしてもいい訳です。抽象概念であるこの2は、同時にそれらを表現しています。
様々なモノを同時に表せる、という事は、様々なモノの考え方の基盤として、それを用いる事が可能だって事でもあります。
例えば、
y=2ⅹ
として、xを時間、2を速度とするのなら、yは進んだ距離になります。
また、
y=2xの線を図形として捉えるのなら、傾き2の直角三角形の、直角を挟んだ辺の長さをx、yと置く事ができます。
つまり、図形だろうが距離だろうが、y=2xという法則性を持っているのなら、それらを同時に表現しているのですね。『数学こそが最も重要な学問である』ってな、主張があるのは、こんな理由もあるんです。それが、抽象概念、思考方法としてとても優れていて、数学の発展がそのまま他の学問の発展にも成り得るから。つまり、数学の発展によって、様々な理論の仮定モデルがより高度に創り上げられるのです。
しかし、です。
果たして、数学とは万能なのでしょうか? 数学を頼りにすれば、本当にどんな事象も理解できるのでしょうか? 数学では、扱い難い事象というモノは存在しないのでしょうか?
実は、あります。
というか“実は”どころの騒ぎではないんです。数学だけでは扱い難い事象に、この世界は溢れかえっているのです。
それは“複雑な”事象。
(因みに、ここでの“複雑な”という言葉には特別な意味があります)
社会、生態系、大気の流動、生物体、人間の心理、集団心理……エトセトラ、エトセトラ… 本当に、数え上げればキリがないくらいに、その“複雑な”事象は存在します。
長い間、この“複雑な”事象に対して、人々は対抗手段を持ってはきませんでした。しかし、コンピューターが登場し、多則演算が可能になるとそこに一つの光明が見出され始めたのです。
コンピューターの中に、シュミレーション・ワールドを創造し、その世界を展開する事で、実験を行い、観察し、論を組み上げていく…… 主に、そんなアプローチによって“複雑な”事象に挑む試みが実現できるようになったのです。ただ、それは、必ずしもコンピューターのみを頼りにしている、といった訳でもないのですが。
この分野は、これまでの科学とはアプローチの仕方が根本的に異なるといった意味合いからか、『複雑系科学』などと呼ばれています。この複雑系科学で創られる仮定モデルも、もちろん、抽象概念です。だから、様々な分野に応用が可能なのです。そして、初期に、この分野に真正面から向かい合ったのが、物理学者だったからでしょう。生態系、生物体、人間社会、そういった専門分野ではない分野で、複雑系科学を応用し、物理学者達が様々な功績を残しました。それから、徐々にそれぞれの専門分野の専門家達からも応用されていく事になるのですが、専門分野外の人間が功績を残せる、といった一点を観ても、抽象概念というものがどれほど重要なのかが分かると思います。
それは、物事を捉える基盤なのだから、当然と言ってしまえば、当然なのですが。
その『複雑系科学』の一分野である、『ネットワーク科学』を、僕は大学で学ぶ機会を得ました。僕の専攻は『犯罪心理学』で、『ネットワーク科学』とどんな関わりがあるのか一見は分からないと思いますが、これが実は大有りなのです。
『犯罪心理学』とは、一般の人が想像するような、人間の深層心理を扱う特定の分野ではありません。いえ、もちろん、そういうモノもある事はあるのですが、それは極一部でしかなく、『犯罪心理学』は人間科学でも、どちらかといえば、社会科学の分野に近い、統合学問なのです。
つまり、様々な学問により、社会科学上の概念である犯罪といったモノを多視点から考察し、それを体系化していく事で成り立っている分野なのです。それで、犯罪を起こしてしまう文化、社会背景とはどのようなモノであるのか、といった視点もとても重要になってくるのですね。だから、人々の結び付き方、つまり“ネットワークの形成”も重要な位置を占めるのです。
もう少し、『ネットワーク科学』の話をしましょうか。
ネットワークは、言うまでもなくリンクによって要素と要素が結び付いて出来上がる、網、な訳ですが、その結び付き方によって、機能は大きく異なります。
結び付き方によっては、酷く不効率で、全体が分断されているようなモノも出来上がってしまうのですが、驚くべき事に、自動的に形成されていくネットワークは、自然と効率の良いモノになっていく傾向があるそうです。それが、どんな原因によってそうなるのかはまだよくは分かっていませんが(ただし、ある程度の推測はできます)、とても興味深い事実ではあります。
さて、このネットワークの効率の良い結び付き方には、(今までのところ)大きく分けて二つある事が分かっています。
一つは、平等なネットワーク。
近くにある要素同士で強く結び付き、コアなネットワークが形成される。(ここまでは、誰でも簡単に想像できると思います)。このコアなネットワークの中から時折、遠方に弱い結び付きのあるリンクが伸びる。この弱い結び付きが重要な役割を果たし、ネットワーク全体が効率良く結び付いている。といった、モノ。
これを便宜上、平等型ネットワークと呼ぶ事にしましょう(ほとんどの要素のリンクの手が、大体同じ数で形成されるから、です)。
もう一つは、集中するネットワーク。
極少数の要素が、広い範囲に、多数のリンクの手を持ち形成をされる。これは、少数の要素を介して、全体が効率良く結び付いている、といったパターンです。つまり全体を結び付ける、コネクターの存在がある訳ですね。
これを便宜上、集中型ネットワークと呼ぶ事にしましょう(言うまでもなく、一部の要素にリンクが集中しているからです)。
もちろん、この二つの中間のネットワークといったモノも存在するでしょう(或いは、組み合わせで構成されているモノも)。
犯罪心理学に、このネットワーク科学を応用すると、犯罪捜査や防犯の際、平等型のネットワークならば、広範囲に均一に警戒をして、取り締まっていく事が効果的になるのですが、集中型ネットワークの場合は、一部で犯罪の中心軸となっているコネクターの存在をつきとめる事が、より効果的であるといった結論が得られます。
つまり、ネットワークの質を分析する事で、効果的な対処方法が変わってくるのですね。これは、他の様々な事象にも言えます。例えば、病原菌の伝染ネットワーク。平等型ネットワークで病気が感染していくのであれば、均一に予防を行っていくのが効果的ですが、集中型ネットワークの場合は、コネクターとなっている何らかのモノの存在をつきとめる事が、重要になってくるのです。これとは別に、そのネットワークを護る場合にも、この分析は役に立ちます。生態系を護りたいとしましょう。生態系が、平等型ネットワークで繋がっているのであれば、全体を護るような取り組みが重要ですが、集中型ネットワークで繋がっている場合は、コネクターの存在、その生態系で重要な役割を果たしている生物の存在(海の生態系ならば“オキアミ”など)を特に注意して護る、といった取り組みが効果を発揮するのです。
――僕は、この『ネットワーク科学』を学んだ時に、真っ先に紺野秀明さんという、『ナノマシン・ネットワーク』というモノを研究している人物の事を思い出しました。もちろん、ナノマシン・ネットワーク自体にも関連がありますが理由はそれだけではなく、この紺野さんという人が、集中型ネットワークのコネクターの役割を果たしているのではないか、とそう思ったからです。
いえ、役割を果たす、というよりは、自分を中心にした人の集中型ネットワークを、意図的に形成し、それを自分の研究に役立てている、のでしょうか? この人の場合は。
この紺野さんという人は、恐ろしく広い範囲の人間と関係があるのです。『犯罪心理学』を専攻している僕と関わりができたのも、うちの教授と知り合いだったからなのですが、そういったネットワークを利用して情報を効率的に集め、研究を進めている人なんです。それは、半ば必要に迫られた仕方のない事だったのかもしれません。なにしろ、ナノマシン・ネットワークというのは心理学、生態系、生物学、社会学、電磁気学、ナノテクノロジー、果ては探偵や警察、といった本当に広範囲の分野が絡んでいて、とても一個人の力のみで研究できるような代物ではないからです。だから、自ずから、様々な人を頼る必要が出てくる。
もっとも、僕に関しては、別に『犯罪心理学』を専攻している学生だからってな理由で頼りにされた訳ではありません。僕の場合は、なんというか、僕の特異体質というか、生体能力というか、そういうものに紺野さんが注目したからです。それには、ちょっとナノマシン・ネットワークについて説明しないといけないかもしれません。
ナノマシン・ネットワーク(略してナノネット)とは、まぁナノマシンのネットワークなのですが、とても変わった性質を持っています。
因みに、ナノマシンとは、細菌のように小さなナノサイズの領域で行動が可能なロボットの事です。この細菌のようなロボットは、本当に細菌のような事ができて、だからこそ、物質の分子レベルでの加工、病原菌の駆除、超微細域での情報の収集などなどに利用ができます。そして、これを主に医療分野、精神科で利用しようとしたのが、このナノマシン・ネットワークの始まりでした。
ナノマシンにネットワークを形成させ、人間の精神に影響を与える。
そんな試みが実践されたのです。主に催眠を利用した効果が期待されたようなのですが、それが後にナノネットに人格をコピーする、といった技術にまで拡張されていったのでした。
神経網の中を飛び交う、電子反応である精神の働きを、ナノネットにコピーさせる。それによって、何らかの精神的な病理を抱えた人格の分析を行い、適切に対処をする。そんな事が行われるようになったのです。これは、例えば母性本能の欠如によって起こる人格障害などには特に効果を発揮しました。
しかし、です。
ナノマシンのこの利用方法には、数多くの問題も付き纏いました。人道的な問題が議論される事ももちろんありましたし、個人へ悪影響を及ぼす場合、そして、集団へ悪影響を及ぼす場合、とその欠点は多様で複雑、つまりは無視できないモノだったのです。
結果的に、21世紀も後半に向かう頃になると、ナノマシン・ネットワークの完全な制御は不可能である、といった認識が一般的になり、世界的な動きでナノネットの活用を一部の医療分野のみに限定をする決定が為されました。ところが、時期はもう既に遅かったのです。何故なら、ネットワークを形成する性質を持ったナノマシンは、自然界へと流出をし、繁殖をし、しかも、人間の精神に影響を与える存在にまでなってしまっていたからです。例えて言うのであれば、ナノネットは「細菌がそのまま、神経細胞になったようなもの」であるらしいです。それが、自然界で繁殖をしているのだから、問題にならないはずはありません。ナノマシンは、電磁波による情報伝達が可能で、それによって、ナノマシンを体内に取り込んでしまった人間に影響を与えるのです(ナノマシンを体内に取り込まなければ、影響はないそうですが)。
ただ……、この話は、世間では半ば信じられてはいません。なんというか、UMAや、UFOや、超能力といった、いわゆる、オカルト系の一種に近い感じに認識されてます。もちろん、言下に否定されるといった程ではありません。ナノマシンが自然界に繁殖している事までは信じられています。しかし、それが人間の精神に影響を与え、それどころか、人格までコピーして利用しているとなると、やはり眉唾だと思われているのです。実は、なんて事を語っている僕自身も、実際に体験してみるまでは信じてはいませんでした。で、です。その僕自身が体験する理由になった事が、そのまま、紺野さんが僕に注目する理由でもあるのでした。
僕は(望んでもいないのに)、ナノマシン・ネットワークに対する感応性が著しいといった、妙な体質を持っているのです。大学にナノマシン・ネットワークの講義に来ていた紺野さんが、実験体として偶々僕を指名し、その体質が判明しました。そうして僕は、紺野さんに目をつけられるようになってしまったのです。
(山中さんという、紺野さんの所で知り合った怪談好きの女の人に言わせれば、僕は“憑人”なんだそうですが)
結果的に僕は、ナノネットが絡む奇妙な事件に巻き込まれる事になってしまい、そこで、思い出したくもない怖い体験をたくさんしたのでした(しかも、危うく大怪我までするところだったのです)。そんな訳で、僕は紺野さんを決して嫌っている訳じゃないのですが、いえ、むしろ人間としては好印象を持っていて、学者としては尊敬すらしているのですが、それでも、その恐怖体験のお陰で、できうる限りなら関わりたくない、とそう思っているのです。
ですが、
「やぁ、お久しぶりですね。星君」
それは、どうも、できない相談なようなのでした。
ある日、教授に招かれ部屋を訪ねると、そこに特徴的な細目の、見ようによっては狐を思わせる、紺野さんの顔があったのです。
「また、君の能力を頼りたいのですがね」
教授は、呆気に取られている僕の表情を見て笑っています。どうやら、この呼び出しは、僕を罠に嵌める為のものだったようです。嫌がる事を知っている教授が、無理矢理に紺野さんと僕を会わせる為に呼び出したのでしょう。僕はその教授の表情を見ると抵抗する事を諦めました。そもそも、最初の時だって、教授に半ば強引に紺野さんの協力をさせられたのです。
「今回は、どんな話なんです?」
仕方なく僕がそう尋ねると、紺野さんは笑ってこう返して来ました。
「なに、ちょっとした猫捜しですよ」