サラリーマン、前夜を過ごす。
鉱石祭開催前日の夜、俺は既に祭りの様相を見せて賑わっている街を観光していた。
会場となる広場はイナリア商会が必要なスペースを確保しており、その周りにはお祭りの来訪者をターゲットにしたのであろう屋台や露店がずらりと並ぶ。
露店巡りをしながら、人形や鍋、可愛らしい飾りボタンなど金属製品を中心に家族や隣人へのお土産を購入した。
だが、1つの店で土産物を複数点購入すると、値段の計算間違いが酷い。
「4つで400クロンだね。」
ちなみにクロンはランポートの通貨単位だ。
「えっ?125クロンが2つと、70クロンが2つですよね?390クロンでは?」
250+140だよな?間違っていないはずだ。
俺が指摘すると露店商は何やらぶつぶつと呟きながら、指折りしながら計算を始めたと思うと俺を見た。
「あ、あー…そうだな。10クロンまけとくよ。」
絶対計算し直してないだろ。
別に値切ってないよ、表示通りの価格だよ。
冗談みたいな話だが、こういう事が良くあるのだ。
やはり義務教育は偉大だったということだろう。
大きな店、歳をとった店員になればなるほど減る傾向にあるが、家があるアスツールでも同様だ。
近所の日用品店のおばちゃんに至っては、値引きしてくれてると思っていたが、最近じゃ1番下の桁を切り捨てて計算している節があると気付いた。
べナはもう中学2年の歳だが、俺が算数を教えるまで九九がかなり怪しかった。イルは言わずもがなだ。
こういう点を考えると、レジがそこそこ売れて鉱石祭の選定品になったのも最近では割と順当だったりするんじゃないかと思い始めている。ただの自惚れかどうかは明日からの鉱石祭で分かるだろう。
広場周りの露店をざっと周り終わると、広場からハンナさんが出てくる所だった。
「あれ?ハンナさんも買い物ですか?」
「うーん、下見かな…。いざここに来たら何か色々考えちゃってさ。人が増えてきた今日の内に、ちょっとでも慣れておこうかなって。」
ハンナさんは頬をぽりぽりとかきながら笑った。
「意外ですね。あんまり緊張とかしない人かと思ってました。」
「基本的にはそうなんだけどねー。セイゼル広場には思い入れもあってさ。」
そう言いながらハンナさんは手を上に組んで伸びをすると、石に腰掛けて今しがた出てきた広場を見つめた。
「ウチの工房ってさ、鉱石素材が多いじゃない?」
「そう…なんですかね。他の工房に入った事が無いので分かりませんが…。」
「あぁ、そうだね。ごめんごめん。まあ、割と多い方なんだよ。師匠、というかゲイルのお父さんなんだけど、その人の影響なんだよね。勉強だって言って、ここに連れて来てくれて、一緒にいろんな魔道具を見て回ったんだ。」
手のひらに顎を乗せ、呟くように語っていたハンナさんは立ち上がると俺を見た。
「3年前に亡くなっちゃったんだけど、最後まで工房の事を心配してくれてたから、鉱石祭に来て貰いたかったなって思ってさ。絶対、成功させようね。」
「ええ。微力ながら頑張りますよ。そういえば、レジーナさんは呼ばなくて良かったんですか?」
「お母さんはもう歳だから船に乗りたくないってさ。お祝いだけ言われたよ。最初にヤマダくんを連れて来たのもお母さんだし、こんな歳になっても義父に母親にと、親には頭が上がんないよね。」
そう言って照れくさそうに笑ったハンナさんは、どこか寂しそうにも嬉しそうにも見えた。




