サラリーマン、第一子を抱く。
それはジテン作りの一環として、日課の様に共鳴石をゴリゴリとすりおろしていた日の事だ。
血相を変えたイルが工房に飛び込んで来た。
「ハヤト!姉ちゃんが!」
その一言で全てを察した。
「産婆さんに連絡は!?」
「もう連れて来て、家で姉ちゃんを見てる!」
「よくやった!ばっちりだな。」
ぐしぐしとイルの頭を撫でると、ハンナさんに早退を告げてべナと3人で家へと急いだ。
家に帰ると、湯を汲んだ助手さんがレイナさんの部屋へ入る所だったので声を掛けた。
「どうですか!?何かやる事はありますか!?」
「うーん、今のところは順調なので特には。手が空いているなら、奥さんの汗でも拭いてあげて下さい。」
「良かった…。仕事の途中で抜けて来たので、身体を洗ったらすぐ行きます。」
事前に聞いてはいたが、出産時は割と部屋の中まで入って立ち会う人も多いとの事だったので、俺もそうさせて貰う事にしていた。
だが、鉱石や木のくずが付いた服や身体で部屋に入る訳にもいくまい。俺、べナ、イルの順に水浴びと着替えをしてから部屋に入る事にした。
イルはそう汚れては無いだろうが、工房の中には入ったし念の為だ。
水浴びを済ませた俺がレイナさんの部屋へと入ると、ベッドで足を大きく開いたレイナさんが苦しそうに呼吸をしていた。
「あ、ハヤトさん…。」
「うん、大丈夫。喋らなくていいから、呼吸を楽にしていて。」
持って来た水桶に入れて濡らした布で、レイナさんの顔から吹き出す汗を拭いた。
「ふぅーっ、ふぅーっ」と大きく息をしているのはお腹に力を入れているからだろう。俺の左手を握る手は、呼吸の度に俺の手を潰さんばかりの力が込められていた。
そこから先は本当に長かった。
べナが用意してくれた砂糖と塩入りの果実水を水差しでレイナさんに飲ませたり、すりおろした果物を食べさせてあげたりはしたが、俺にできたのはそれぐらいだ。
レイナさんの奮闘が12時間を越えた頃、べナと交代して食事を取っていた俺の元に、闘いの終わりを告げる鳴き声が届いた。
口の中の野菜炒めを飲み込んだ俺はすぐさま部屋へ飛び込んだ。
「産まれましたか!?」
「見りゃ分かるだろう。慌てんじゃないよ、みっともない。」
産婆さんに怒られてしまった…。でも確かに見たら分かった。
レイナさんの腕には布に包まれた小さな小さな子供が抱かれていた。
「ハヤトさん、男の子でした。抱いてあげてください。」
「うん、ありがとう。レイナさん、本当にお疲れ様。」
恐る恐る静かに子どもを受け取ると、そこには確かな重みがあった。これが命の重さなのだ。所々にある血の跡がレイナさんとこの子の死闘を物語っている様だ。
俺の両親はまだ健在だろうが、この子を見せることはできない。その分も、レイナさんの両親が見てくれている事を願おう。




