サラリーマン、やり遂げる。
出向117日目、今日も今日とて無心で原石を砕く。
手のマメが潰れたって気になりやしない。
取り出した共鳴石をハンナさんに渡す。
魔素を流して簡易チェックをすると、「7」の条件に適合する可能性があるとのこと。
変に期待はしない。何度も上げては落とされてきた。
俺は淡々とカレアの牙を準備すると、18本をハンナさんに手渡す。
ハンナさんが牙を通して魔素を流す。
1~6マナ、反応無し。
7マナ、共鳴石が光る。
8~16マナ、反応無し。
17マナ、共鳴石が光る。
まだだ…18マナでも光ったら意味がない。
18マナ、共鳴石を持つハンナさんの手が震えている。俺が記録用のペンを持つ手もだ。
反応は…無し。
「7」の共鳴石は、存在した。
ハンナさんは共鳴石を握りしめたまま俺を見て固まっている。
ペンを持つ俺の右手に水滴が落ちる。自然と目から涙がこぼれていた。
「あった!あっだよおおぉー!」
ハンナさんが泣きながら抱き着いてくる。
普段の俺なら「こらこら、人妻がそんなことしちゃ駄目ですよ。」なんて笑いながら言っただろう。
でも、今はそれができなかった。
俺は、ただただ上を見上げ、唇を噛み締めるだけだった。
それからハンナさんはゲイルさんを呼んできて大はしゃぎだった。
ゲイルさんも何か叫んでいた。叫びたくなる気持ちは分かる。だが俺は今、声すら出ない。
そうか…、あったか…。
深く濃い霧が霧散するかの様に気分が晴れていく。
ようやく、今までの努力が報われた気がする。
まだ、最終目標である電卓作りの入り口も入り口だ。
1桁の足し算しか出来ない電卓を作る素材が揃っただけだ。
まだまだ苦労する事もあるだろう。
終わりなんか見えちゃいない。
それでも。
それでも、今日ぐらいは頑張ってきた自分を褒めてあげてもいいだろう。
甘やかしてやってもいいだろう。
ふと無性に、パーっと遊びたくなった。
お金なんて結局、服と散髪、たまの飲み代ぐらいしか使っちゃいない。
就職時に40万コルでスタートした俺の所持金は、貯金を重ねて100万を超えている。
怪我や病気、この世界に不安は尽きず、コツコツと貯めた。
でも、今日は贅沢盛り沢山で、やりたい放題やろう。
今日はそれでいい。今日だけは、それでいいだろう。
「ハンナさん、やりたいことができました。明日は休みを貰っていいですか?あと、今日はこれで上がりにしたいんですが。」
「え、うん、いいよ。ひと段落だしね。明後日からまたよろしくね。」
まだ16時ぐらいだろうけど、早上がりをさせて貰う。
俺は工房を出るとその足で素材屋に入る。目的の人は…居た。
「レイナさん、今晩お店に行っていいですか?」
「あら、本当に来てくれるんですね。声を掛けてから大分と経ったので、来てくれないのかと思ってました。最近は元気が無いって聞いてましたが、今日はちょっと元気そうですね。安心しました。」
「ええ。今日はちょっといい事があったので、自分にご褒美をあげたい気分なんです。それでは後程、お店に行きます。」
お次はスミナ商会本部だ。
「エルク!仕事中すまないけど、ちょっと連絡がある。今日は夕飯要らないってカインに伝えてくれ。あと、帰りが遅くなるかもしれないけど心配しないで。」
「分かったよ。堂々と朝帰り宣言かぁ?レジーナさんが居なくて良かったな。あと、何か元気そうで安心したわ。」
「工房の仕事が上手くいってね。心配かけてごめんね。」
「ホントだよ。どっちが年上なんだか。」
まったくその通りだ。返す言葉もねぇや。
商会本部を出ると、早足で大通りを歩く。
まだ夕方でちょっと早いから心配だったけど、カンバー亭は既に空いていた。
元気が出てから空腹でしょうがなかった。
ここで自腹で食うのは初めてだが、今日は金に糸目は付けないって決めてる。
酒も頼もう。ここで飲んだ事は無いから、どの瓶が何の酒なのか分かりゃしない。それでもいい。
その緑の瓶を1本くれ。酔いたい気分なだけだ、不味くても構いやしない。
満腹・ほろ酔いでカンバー亭を後にして、向かうは大衆浴場だ。
浴場と言っても風呂桶は無い。あるのは棺桶みたいなものだ。
水で身体を洗ったら、お金を払って狭い棺桶に魔法で作った湯を入れてもらう。
湯は高いので、以前来たときは寝そべって身体が浸るギリギリぐらいの量を入れて貰った。今日はたっぷりだ。
湯がぬるくなるまで、棺桶のふちに腕をかけ、頭を乗せて湯につかっていると空が暗くなっていた。
さて、それじゃあ本日のメインディッシュといこう。
自分でも気持ち悪いぐらいハイになってるのは分かる。
でも、いいんだ。今日は良い事があったから。




