新しい同居人
来客を知らせるチャイムが鳴る。
椅子から立ち上がり入り口へ向かったわたしは、部屋を横切り扉の隣にあるスイッチを押した。
壁と同じ素材で出来た無機質な白い扉が機械音をたてながら開いていく。
わたしは扉の前で呼び鈴を押したであろう者へ視線を向けた…つもりだったが、相手の背が想定していたよりも高くて目を瞬かせる。
改めて相手の顔を見上げると、そこにはいつぞや歴史書で見た"バイク"なる乗り物へ乗る時に被る"ヘルメット"という物に酷似した頭部がそこにあった。
人間を模しているものの、人間よりも遥かに体格のよい機械仕掛けの身体がわたしの視界に映る。
滑らかな白い外装に覆われた巨体は、さながら怪物のようだった。
人間を模したロボット…ヒューマノイドは、わたしに対して一礼する。
「コンにちハ、マスター。ワタシは本日よりアナタの元へ配属されたヒューマノイドです。型番は796番。どうぞヨロしくおねがイします。マスターのお名前をお伺いしてもよろシいでしょうか?」
男性のような機械音声がそう告げる。
わたしはそのヒューマノイドの顔らしき部分を見つめた。
「あんたが、わたしの担当になったヒューマノイドか。…わたしの名前はセーラ。まぁ、立ち話も何だし入れよ」
わたしが部屋の中にそいつを招き入れると、そのヒューマノイドは身体を屈めながら部屋に入ってきた。
大きな身体を縮める姿が妙に可笑しい。
狭苦しい部屋でわたしとそいつは向かい合う。
わたしが椅子に座り机に置かれた水を飲むと、そいつは再び男性の物らしき電子音声を響かせた。
「マスター・セーラ。ワタシの名前を決めてくだサい。マスターから名付けられた名前を、自身の名称としテ登録します」
「名前ね…。なぁ、あんたの型番って796番だったよな?」
「そウです」
「じゃあ、ナクロ。あんたの名前はナクロだ」
わたしがそう言えば、そのヒューマノイドは側頭部に埋め込まれた青い明かりを点滅させた。
「………承知いたしマした。『ナクロ』で登録しまス」
その妙な沈黙がどことなく不満を訴えているように感じてわたしは口を開く。
「どうした?違う名前の方が良かったか?」
そう問い掛けると、そのヒューマノイドは首を傾げるように頭部を少し動かした。
「いエ。『ナクロ』という名前に不満はありません。ただ、名称をつける行為はもっと時間がかかるものと政府のデータには記録がアりましたのデ、想定外だっただケです」
その言葉にわたしは肩をすくめた。
「そうか。まぁ、普通はもっと時間をかけて考えるものなのかもしれないな。仮にもバディになる訳だし、名前だって特別な物を考えようとする者は多いんだろう。でも、わたしにはその気持ちが分からないよ」
そう話して溜息をつく。
自分の吐いた息の音がいやに大きく聞こえた。
「あんたらは12歳になったクオーレ病患者たちに政府から配属される健康管理ロボットだが…クオーレ病患者は遅かれ早かれ15歳程度で死んでしまう。あと3年で死ぬっていう段階で、今更あんたらヒューマノイドと仲を深めた所でどうにもならないだろ。…わたしも例に漏れずきっと15歳までに死ぬ。だからさ、あんまり気負わずにいこうぜ。なぁ、『ナクロ』」
わたしがそう言いながらひらひらと手を振ると、たった今わたしによって『ナクロ』と名付けられたヒューマノイドは沈黙する。
彼の駆動音だけが鳴り続ける部屋で、わたしは何事もなかったかのようにコップを持ち上げて水を口に含んだ。