5 移動
その日、市民Cは落ち着いていた。北海道の千歳空港行きの飛行機に乗り合わせた乗客も、まさか隣の人が殺人ゲームに参加するとは想像すら出来なかったはずだ。
自宅アパートでゲームへの招待メールを受け取った時も、特に驚いた様子は見せなかった。どちらかといえばゲームマスターの方が戸惑ったくらいである。
それは昔から変わらぬ性格であった。上級生に呼び出されたら従ってしまう。手を貸してほしいと言われたら断れない。街で声を掛けられたら足を止めてしまう。
過去にどれだけ酷い目に遭わされても、見つけてくれる人がいたら、必ず立ち止まって、どうしても素通りできず、話を聞いてしまうのだった。
(自分が悪い)
犯罪の被害に遭ったにも拘らず、これまでずっと己を罰してきた。世間と同じように、騙される方が悪いと自分を責めるのだった。
本来向けられるべき犯罪者への憎悪も持ち合せているはずなのに、被害者に向けられる非難の言葉によって有耶無耶になってしまうのである。
(自分は悪くない)
一方で、市民Cの心の中には相反する別の感情も存在していた。それは現実として、自分から進んで悪いことをしたことは一度もないからだ。
暴力団の仕事を手伝ったことはあるが、それは雇用主の素性を知らなかっただけなので、やはり騙されたと考えるのである。
人を死なせてしまったことがあるけれど、それも事故のようなものなので、防げるような類の犯罪ではなかった。
(犯罪者たちによる殺し合い)
だから、なぜ自分が? という思いもあったけど、自分を必要とするならばと、参加を決めたのだった。
しかも殺し合うのは人狼ゲーム。暗記が必要な勉強は得意ではなかったけれど、ゲームは苦手ではなかった。
腕力勝負の試合ならば逃げていたけれど、生き残るだけで勝つことができる人狼ゲームならば、騙されない自信があった。
ただし、それも全ては運次第だと諦観している部分もある。特に一日目の犠牲者は根拠が乏しい状態のまま葬り去られるからだ。
(すべては配役次第)
天に運を任せることができるのは、命を懸けたくらいでは百億など手に入れることなどできないと知っているからでもあった。
(お前が悪いんだ)
ずっと恨んできたけれど、自分の命を粗末に扱うことができたので、その言葉に初めて感謝することができたのだった。