28 三日目 昼の投票
残り時間三十分の報せを受けて六人が会議の席に再び顔を揃えたのだが、そこで一番に口を開いたのは逆転で窮地に立たされている少年だった。
「この中で一人だけ何もせずに生き残ってるヤツがいる」
どうやら自己弁護を諦めて、転嫁する方針に切り替えたようだ。
「そこのコドモ、コイツだけが告白してないんだよ。『人狼』は最大でも二人なので全員が庇ってるわけじゃないと思うけど、罪の告白もしないで生き残るってのは不公平だろ」
お姉さんが口を利こうとしないので、それを察したリーダーが会話を受ける。
「そうは言っても喋ろうとしないからな」
「それが不公平だって言ってんだ」
「それはそうだが、俺も喋る予定はなかったし」
「でも罪の告白ぐらいはさせないとダメだろ」
「だったら自分で聞き出せばいいだろう」
そこで少年が問い掛けるが、聞こえていないかのように無視するのだった。
「コイツだけ録画映像じゃないだろうな?」
フェミニンだけ笑いそうになったが、すぐに口元を引き締め直すのだった。
「あの――」
地味子が手を上げた。
「本人が告白しなくても、もう、判ってますよ?」
「ああ、そっか」
頭の回転が早いリーダーがすぐに発言の意図を理解した。地味子がオドオドしているので、リーダーがカメラに向かって手を差し出して発言を促す。
「はい。キモオヤジさんが高校生監禁殺人で、少女さんが自殺教唆なので、残りは幼児強姦致死と毒殺しかないんです。それで確定していないのはマジメさんとコドモさんだけなので、男のマジメさんが幼児強姦で、コドモさんは毒殺ということになります」
お姉さんが嫌悪する。
「やっぱアイツは死んで当然だったんだ。気持ちが悪い。生きてたら罵倒してやったのに。それだけが残念だね。でも少年Aくんにとっては命を分けたわけだ。不真面目くんが生きてたら延命できただろうから。それでも寿命が一日延びた程度だろうけど」
お姉さんは説得できないと諦めているのか、彼女の言葉は聞き流して、話の切り口を変えるのだった。
「毒殺って、殺害したのは一人かな?」
コドモは反応しなかった。
「黙秘するなら勝手に憶測で喋らせてもらうけど、複数を殺したっていうなら、ここにいる誰よりも罪が重いんじゃないのか? フェミニンは罪の重さで決めるって言ったよな? だったらちゃんと重さを比較すべきだ」
企画の提案者に責任を感じさせて投票先を変えさせようとしているのだろう。
「それは言質を取ってからにすべきだったな」
リーダーの指摘だ。
「いま尋ねても、死んだのは一人で、しかも故意じゃないって言うに決まってるだろう」
「頭が悪いと大変ね」
お姉さんの嫌味に反応できないほど、少年は茫然としていた。
「私は少年Aに入れるけど、みんなも大丈夫だよね?」
お姉さんが念のため確認を求めた。
「所詮は運ゲーだからな」
リーダーは一貫してゲーム性がないことを強調した。
「フェミニンちゃんは?」
「僕も大人としての責任を果たしたいと思います」
「偉い」
支持を得られたので、お姉さんが嬉しそうだ。
「地味子ちゃんは?」
「役職がなさそうなので、いいと思います」
過半数を獲得したことで、お姉さんは満足するのだった。それに対して、少年が最後の悪あがきをする。
「なぁ、みんな、もう一回だけ考え直してくれよ。自分の子供を殺すって酷くないか? 毒親ってヤツだよな? みんなも毒親に苦しめられた経験があるだろう? 大人の責任って言うなら、親の責任も追及しなきゃダメだろ」
意外なほど反応がなかったので矛先を変える。
「あっ、フェミニンだけど、お前だけ強盗と殺人の二つの罪を犯してるよな? いや、地味子も詐欺と殺人か、どっちにしても俺よりも罪は重いはずだぞ? その二人に絞って議論すべきじゃないのか?」
反応がないので、敵を作るだけの結果となった。
「お前で決まりだよ」
リーダーが引導を渡した。
「だけど、お前が役職持ちなら助かっていたかもしれないな。俺は最初から役職はリスクでしかないって言ってたけど、全ての人が俺と同じ考えってわけじゃないんだ。俺の考えが全て正しいわけじゃないんだから、お前は役職を絡めて議論を進めればよかった。俺の意見に影響を受けることないんだよ」
少年が残り時間を確認して慌てる。
「実は、俺が『占い師』だ。黙ってて、ごめん。初日にリーダーを占って『市民』だったって言ったけど、あれは撤回する。リーダーは『人狼』だった」
フェミニンが腹を抱えて笑う。
「二日目はババアを占った。結果は『人狼』だった。だから今日はリーダーに投票しよう」
お姉さんが呆れている。
「君、どんどん頭が悪くなってるね」
リーダーも参っている様子だ。
「言わなくても解ると思うけど、本物の『占い師』は『人狼』を『市民』とは言わないからな。それは『裏切り者』の仕事だ」
ここにきて地味子が積極的に発言する。
「『騎士』の可能性もなさそうなんですよね。今回の『騎士』は初日の襲撃に成功しているから一人だけ味方を得ているんです。その情報を上手く扱えていないということは、『騎士』の立場で物事を考えられない人なんじゃないかと。つまり普通の『市民』か『人狼』ということになります」
地味子だけが人狼ゲームのルールに従って忠実に戦っている感じだ。
「俺は『霊媒師』だ」
少年が斜め上を行くカミングアウトをした。
「だから今回だけは生かしてくれ。生かしてくれたら、明日の会議で結果を公表する」
そこでリーダーがゲームマスターを呼び出した。
「なんだよ?」
「今回のゲームに『霊媒師』はいますか?」
「いねぇよ」
「ありがとうございます」
そこで万事休すとなった。
* * *
「さぁ、投票の時間だ」
結果は少年が五票、リーダーが一票だった。
「三日目の追放者は少年で決まりだ」
その瞬間、少年がトイレに駆け込むが、それが無駄な抵抗であるのは、ゲームマスターの余裕を持った態度を見れば一目瞭然であった。
「これで決着がついたかどうかは、明日の会議で発表しよう」
* * *
催眠ガスで眠らされた少年が目を覚ました時、彼は屋上にセットされたギロチンに固定されて、仰向けの状態で寝かされていた。
昨夜とは打って変わって雲間のない星空が広がっていたが、当然ながら鑑賞する余裕などはなかった。
星の輝きよりも、頭上に見えている断頭台の刃に目が行くばかりで、なんとか逃れようとジタバタしているのだった。
「これが俺たちからのプレゼントだ」
「なかなか経験できることじゃないぞ?」
これまでと同じように白と黒の狼男が傍らで見下ろしているのだが、準備に時間が掛かったのでお疲れの様子だった。
「あんん、ああん、ああっ」
猿轡を噛まされているので何を言ってるか分からなかった。
「お前、ラッキーだったぞ」
「ったく、ほんとだよな」
黒狼男は不満げだ。
「ガッシャンコで、スパッと逝けるんだ」
「痛みなんか感じる暇もないだろうな」
「おんん、おおんん、おおおん!」
そこで白狼男が距離を取る。
「俺たちも忙しいからよ」
「悪いが、さっさと終わらせてもらうぜ」
黒狼男が処刑を実行する。
「ぐあああああああああああ!」
なぜか悲鳴を上げたのだった。
「わりぃわりぃ、安全装置を外し忘れた」
だから寸止めとなったようである。おかげで少年は助かったが、涙と鼻水とヨダレが垂れ流しの状態となってしまった。
「次はちゃんと殺してやるから許してくれや」
次の瞬間、少年の頭がスイカのように床に転がるのだった。
「本望だろうよ」
黒狼男も同意する。
「死ぬと解ってて来たんだもんな」
こうして少年は文字通りクビとなって追放されたのであった。