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23 二日目の昼 投票

 この日も途中休憩を三時間以上も取ってから、八人は追放会議を再開させたのだった。投票先がほぼ決まった状況にあるので、緊張した雰囲気は感じられなかった。


 しかし劣勢に立たされている少女だけは違っていた。投票時間まで残り三十分を切っているが、休憩中に思いついた秘策を用いて逆転を狙うようである。


「どうしても納得できないことがあります」


 言葉遣いまで変えてきたようだ。


「それは私が犯したとされている罪のことです。昨日のキモオヤジと比べて、私がやった犯罪は小さすぎるんです。罪ですらないかもしれません。だから自分でも、どうして私がこんなゲームに参加させられてるんだろうと思って、ほんと納得できないんです」


 誰も会話を受けようとしないのだった。


「ゲームマスターが言ってた自殺なんとかっていうのが私の罪だと思うんだけど、本当に心当たりがなくて、だって、その子はずっと『死にたい』って言ってたし、言ってた割になかなか死なないし、それでどうして私の罪になるのかなって」


 表情からは罪の意識が一切感じられないのであった。


「この中には私より酷いことをした人がいっぱいいるよね? 子供を殺したり、レイプしたり、それなのになんで私が殺されないといけないの? だって、殺してないんだもん。だったらせめて、私よりも酷いことをした人を先に処刑すべきでしょ。じゃないと生き残っちゃうかもしれないんだよ?」


 周りの反応は皆無であった。


「なんでリーダーは黙ってるの? リーダーが言い出したことなんだよ?」


 いつの間にか言葉遣いが元に戻っていた。


「オッサンの場合は有名な事件だったから、世代が違う俺も偶々知ることができたんだよ。残りは特定するのが不可能だ。いや、出来なくはないだろうけど、時間がないから無理だろうな」


 少女が反論する。


「でも子供をレイプしたり、強盗殺人だったり、そういう凶悪な事件は男に決まってるよね?」


 これに対して反論したのはマジメだった。


「そうとも限らないだろう。捕まっていないということは、警察にとって犯人が意外な人物だったからなのかもしれないし、プロの捜査官が捕まえられなかったんだから、ここで特定なんかできるものか」


 命が懸かっているので、当然ながら少女が食い下がる。


「でも、レイプは絶対に男だもん」


 そこでカメラに向かって呼び掛ける。


「男以外の人に聞いてほしい。これでいいの? 酷い目に遭ってるのはいつも女なんだよ? このゲームだって始まった時から男の方が一人多かった。フェミニンは女の子の格好をしてるけど、自分で男の子だって言ってたもんね」


 アピールするターゲットを絞ったようだ。


「私に投票したら女が三人だけになっちゃうよ? それでもいいの? そうなったらレイプしたように吊るされるんだよ? 『人狼』がいるか分からないけど、まずは女だけで生き残ろう。必ず女を理由に裁き始めるから、お願いだから、協力して」


 リーダーが手を上げる。


「ちょっと待て」


 目つきが険しくなった。


「自殺した子って、女なんじゃないのか? その子って言ってたもんな。だとしたらとんでもない欺瞞ぎまんだぞ? 自分が女を殺しといて、都合が悪くなったら被害者面するんだもんな。それって女を利用してることにならないか? しかも最低の利用方法だぞ」


 そこで想定していたプランが崩れたのか、分かりやすく目が泳ぐのだった。


「だから私は殺してないって、さっきから何度も言ってんだろ!」


 逆ギレは、犯罪者集団の中では脅しにもならないようである。


「話し合う気がないなら黙ってやるけど、それでいいのか?」


 リーダーもスイッチが入ったようだ。


「ちょっと気になるセリフがあったんだけど、さっき、なかなか死なないしって言ってたよな? それって自殺するまで長期間に渡って苦しめていたってことじゃないのか? 自殺するまで追い込んだってことは、拷問して殺したようなもんなんだよ」


 こう言われても責任を感じた素振りを見せないということは、少女には本当に罪悪感がないのかもしれない。


「本人が死にたいって言ってたんだよ? それで死んだだけなのに、なんで人殺し呼ばわりされないといけないの? その子の願望だったんだよ。小学生もいたから、ウチらは簡単に死にたいとか言うなって注意してた方だし」


 リーダーが尋ねる。


「注意って、どんな風に注意したんだ?」


 罪悪感がないせいか、なぜか自信満々に答える。


「本気で死にたいって思ってるなら、今ここで川に飛び込んでみろって。そしたら飛び込んだよ? それで、ああ、やっぱり本人の願望だったんだって思った。それって願望を叶えてあげたってことにならない?」


 リーダーが引きくらい、認知の歪みを感じているようであった。


「ウチらって言ってたけど、お前の他にも大勢でイジメてたわけか。いや、イジメじゃなく、犯罪だな。お前、その子に何をしたんだよ? 全員の審判を受けたいなら、この場で正直に話した方がいい」


 罪悪感がないせいか、特に隠すでもなく、思い出そうとするのだった。


「学校でオナニーさせた。男子が見たいっていうから、私は見たくなかったけど、それでやらせたら、本当にやった。でも、実際にやったっていうことは、やりたかったんだよ。嫌ならやめればいいのに、それでもやったんだから、見てほしかったんでしょ」


 そこで、なぜかリーダーに議論で勝ったかのように微笑んだ。


「ほら、だから男子が悪かったんだよ。画像を拡散するぞって脅してたのも男子だし、だから私は関係ない。それでも自殺した奴が一番悪いけどね。それでも死にたい奴が勝手に死んだだけだから、別にって感じだけど」


 パソコン画面を見ていたリーダーが視線を動かして、カメラを見つめる。


「昨日の薄汚いオッサンと何も変わらねぇな」


 静かな怒りだ。


「どうしてこうも集団犯罪が軽視されるんだろうな? 悪い奴は『俺の後ろにはヤクザがついてる』とか、集団が個人に恐怖を与えるって認識できてるのに、裁く側は罪を分散して罰を細切れにしちまうんだよ。犯罪者自身が最大の恐怖を味わわせることができるって知ってるのにだぞ?」


 この日も司法制度の在り方に疑義を唱えるのだった。


「その子がどれだけの恐怖を感じたと思ってるんだよ。死にたいってことは、この世に逃げ場所が一つもなかったってことだぞ? お前は集団でその子の生き残る道を塞いだんだ。自分じゃなく、他のみんなが悪いって言ってな」


 怒りが収まらない様子だ。


「自殺教唆? 殺人以外の何だって言うんだよ? 散々関わっておいて、勝手に自殺したから関係ないってのは、ねぇぞ? ちゃんと大人でも裁かれる犯罪を、その子にしちまったんだからな」


 罪悪感がないせいか、少女にはまるで他人事のようであった。


「でも捕まってないし、それって悪いことは一つもなかったってことでしょう?」


 どこかで聞いたことのあるようなセリフであった。


「そうか、今の言葉でハッキリと目を覚ますことができた」


 リーダーの顔が苦悶の表情へと変わった。


「君は悪くない」


 他のメンバーが拍子抜けしたような顔になる。


「でしょう?」


 少女が得意げだ。


「これは俺たち大人の責任なんだな」


 大人というワードに少女が警戒するも、真意は計りかねている様子だ。一方で、リーダーはなぜか自分を責めている感じだった。


「ここにいる大人のプレイヤーにお願いしたいことがある」


 該当するメンバーが怪訝な表情を浮かべる。


「この少女が自己の行動を省みずに、自身の犯罪行為に罪悪感を持てなかったのは、彼女の周りにいる大人たちの責任だ。大人なら当然裁かれるべき犯罪で罰を受けなければ、子供は悪いことではなかったと認識するのが当たり前だからな。それが俺たち犯罪者の頭ってヤツだ」


 犯罪者は犯罪者を知る。さらに言うと、犯罪者にしか解らないことがあるのだろう。


「イメージだけで語られることが多い少年法だが、これはそれ以前の問題だ。学校や警察や司法、教員、議員、警察官、そして保護者、そいつらが全員、大人なら裁かれるはずの犯罪行為を無かったことにしたんだよ。無しにしたら、どうやって反省させるっていうんだ?」


 訴えは続く。


「少年であっても生死に関わった罪を犯したならば、刑務所に入れてあげなければならないんだ。少年院なんて呼ぶ必要はない。なぜなら刑務所の存在とは、そもそもネガティブに語られるようなもんじゃないんだからな。刑務所は犯罪者を助ける場所なんだから、入れてやらなきゃダメなんだよ」


 それでも少女は他人事のように聞いているのであった。


「少女を罰しなかったことで、彼女は反省する機会が奪われたわけだ。それを奪ったのは周りにいた大人たちだぞ? 罪を無かったことにして、どうやって償わせるっていうんだ? 反省文を適当に模写させて、それを遺族に見せて何になる。犯罪者を罰することは何も悪いことじゃないんだ」


 リーダーが苦悩する。


「出しゃばるつもりはなかったが、少女の周りの大人が罪を償う機会を奪ってしまったので、俺たちで彼女を罰してあげよう。ちゃんと逮捕してあげれば、ここに来ることもなかっただろうが、こうして出会ったからには、俺たち大人のメンバーで裁いてやるのが責任っていうもんじゃないか?」


 他人事だと思って余裕をかましていた少女が、途中から爪を噛み始めて、その手を震えさせるのだった。


「なんだよ」


 あからさまにガッカリした態度を見せたのは少年だった。


「せっかく信じて味方してやったのによ、結局は大人で馴れ合うのか。ほんと、どいつもこいつも信用できねぇな」


 リーダーが毅然とした態度で返答する。


「騙すつもりなら方法はいくらでもあった。しかし、それとこれとは話は別だ。このままだと『人狼』だって俺に裁かれるんじゃないかって思うだろうから、今日の夜にでも襲撃を受ける可能性は高いが、最後に少女の周りにいた大人たちが何もしなかった代わりに、大人がすべき仕事をしようと思ったんだ。だから、悔いはない」


 まるで別れの挨拶のようであった。


「カッコイイこと言っても、俺はリーダーに入れるからな」


 少年の捨て台詞だが、リーダーも含めて、これが全て芝居の可能性があるというのが、人狼ゲームの難しさであった。



   *   *   *



 話の流れは別として、結果的に大人グループと子供グループで対立が起きたが、懸念していたマジメは特に何も言わず、少年少女によるリーダーへの投票に応じることなく、会議終了まで無言を貫くのだった。


「さぁ、投票の時間だ」


 ゲームマスターがプレイヤーを労う。


「なかなか興味深い話し合いだったじゃないか」


 狼男は無表情だったが、声の感じは上機嫌であった。


「プレイヤーが八人ということは、もしも決選投票になっても同数で結論が出ない場合がある。その時は……、その時になってから考えるとしよう。いま決めてしまうと投票結果に影響が出るかもしれないからな」


 ということで、全員にフリップを用意させて投票作業を行わせるのだった。


「用意ができたようだな」


 開票は説明するまでもなく、前日と同じようにカメラに向かって一斉にフリップを出すことになっている。


「さて、二日目の追放者はどいつだ?」


 結果は少女が六票、リーダーが二票であった。


「二日目の追放者は少女で決まりだ」


 決まった瞬間、少女は半狂乱になったが、画面の中の少女の窓だけ回線が途絶えたので、その後どうなったかは、他のプレイヤーには分からずじまいとなった。


「なんでコドモは俺たちに味方しなかったんだよ!」


 少年がぶち切れるが、コドモは反応しないのであった。

 そこで一言、マジメが呟く。


「そいつは幼く見えるけど、子供ではないぞ」

「はぁ?」

「普通の社会人だ」

「オトナかよっ」

「しかも女ですらないかもな」

「紛らわしい恰好してんじゃねぇよ、気持ちわりぃな」


 イラつく少年をよそに、ゲームマスターが会議の終了を告げる。


「この中に『人狼』が残っているかどうかは、明日まで内緒だ。じゃあな」



   *   *   *



 催眠ガスで眠らされていた少女が目を覚ました時、彼女はラブホテルの屋上から投げ出されるような状態で逆さ吊りにされているのだった。錆び付いた鉄柵にロープが結ばれているのだが、音が鳴る度に身体をビクンとさせるのであった。


 少女が騒ぎ立てないのは、命綱と呼べるものが足首に結ばれたロープしかないと瞬時に理解したからだろう。ラブホテルが五階建てであることは知っているので、落ちたらどうなるかは想像できるというわけだ。


 無表情でも、涙は勝手に流れるようである。また、恐怖を感じてはいるだろうが、叫び声は上げないのであった。それは星のない夜で、辺りが真っ暗闇ということもあり、助けを呼んでも意味がないと分かっているからなのかもしれない。


「なんだ、目を覚ましたのか?」

「まだ寝てると思ったぜ」


 白毛と黒毛の狼男たちが鉄柵を掴みながら逆さ吊りの少女を見下ろすのだった。


「気分はどうだ?」

「意外と平気そうだな」


 それが黒狼男にとっては面白くなさそうであった。


「バカ、よく見ろ、チビってんじゃねぇか」

「ありゃ、ほんとだ」


 短いスカートがめくれて湿ったパンツが丸見えだった。


「誰も見てねぇから気にすることねぇぞ」

「それ、励ましてるつもりかよ」


 反応する余裕もない感じだった。


「やべっ、このままだと失神するかもな」

「じゃあ、早いとこ処刑すっか」


 そこで黒狼男がナイフを取り出すのだった。


「お前への刑は紐なしバンジーだ」

「最高だろう?」


 表情は変わらないが、嬉しそうだ。


「暗くて地上が見えないから、恐怖は感じないと思うぞ」

「でも、人間がイメージする地獄に落ちるって、こんな感じじゃないのか?」

「そうかもな」

「だとしたら、おあつらえ向きというわけだ」


 白狼男が呼び掛ける。


「最期に言い残すことはないか?」


 それすら答えられないのだった。


「意識を失くしたらつまんねぇから切っちまうぜ」


 落下する間も少女は悲鳴を上げることはなかったが、意識はあったので、永遠にも思える地獄を経験して絶命するのだった。


「俺たちは悪くないよな?」

「そういえば少女もそんなこと言ってたな」


 こうして少女はアスファルトの上で顔面がグチャグチャの状態で追放されたのであった。

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