22 二日目の昼 追放会議
翌日の昼、追放されたオッサン以外の八人がライブ映像で顔を合わせた瞬間、プレイヤーから驚きと共に喜びの声が上がった。
地味子やコドモなどリアクションの薄いメンバーもいたのだが、キャラクター通りの反応なので、特に疑問を感じさせるものではなかった。
この中に少なくとも『人狼』が一人は生き残っているのだが、市民チームとして違和感なく振る舞ったということになる。
服装に関しては、余分な手荷物を持ち込んではいけないということで、全員が前日と同じ勝負服で二日目に挑むのであった。
「ご覧の通り」
なぜかゲームマスターの狼男がガッカリしている。
「よくやったと言うべきか、残念だったと言うべきか、昨夜の襲撃は『騎士』によって阻止された」
お姉さんがパチパチと手を叩いた。他の者も笑顔で頷くなど、市民チームとして卒のない反応を続けるのだった。
「しかし当然ながら、ゲームは引き続き行われるので、賞金を目指して今日も話し合ってもらいたい。俺としても、うっかり口をすべらしてゲームを台無しにするわけにもいかないので、後は諸君らにお任せしよう」
この日も昨日と同じように投票まで六時間以上もある。いつもならリーダーが率先して発言するのだが、この日は違った。
他の者もリーダーが一番に口を開くと思っているのか、待ちの姿勢を貫いているので、しばらく無言の状態が続くのだった。
それが五分近くも続いたものだから、流石にしびれを切らしたようで、仕方なくといった感じでリーダーが話し始めるのであった。
「言っとくけど、今日は積極的に会議を進めるつもりはないぞ? 二日連続で話の方向性を決めてしまったら、自分でも怪しいと思うからな。俺はオッサンを吊ることが出来ただけでも満足だし、今日は守りに徹したいと思う。もちろん、疑われたら反論するけどさ」
マジメが会話を受ける。
「目立ちたくないというのは、みんな同じ気持ちだろう。それでも誰かに投票しなければならない。そして、昼の追放は夜と違って確実に命を落とすことになる。そう考えると、話し合いから逃げた者が怪しいってなるけど、それでいいのか?」
明らかな挑発だが、リーダーは乗らなかった。マジメも始めから期待していなかったのか、すぐに切り替えるのだった。
「とてもリーダーと呼べる態度ではないが、まぁ、いいだろう。まずはここで一旦、情報を整理しよう」
他の者たちは様子見の状態で、下手に口を挟さんでターゲットにされないように注意を払っている感じであった。
「整理するといっても、現時点で判っていることは少ないんだ。『人狼』に関していえば、二人かもしれないし、一人かもしれない。これに関しては『占い師』も同じだ。生き残っているかもしれないし、死んでいるかもしれない」
命が懸かっているのに、淡々とした口ぶりだった。
「しかしハッキリしていることが一つだけある。それは『騎士』が確実に生きているということだ。つまり『騎士』だけが、昨日の夜に守ったプレイヤーが『市民』だって判っているということなんだ」
さらに丁寧に説明する。
「同時に『人狼』は、昨日の夜に襲撃したプレイヤーが『騎士』ではないことを知ったわけだ。襲撃に失敗したけど、得られた情報は存在する。それを俺たちはちゃんと理解しておかなければならない」
話し好きのお姉さんが会話を受ける。
「でも『騎士』のカミングアウトはないもんね」
「遊びでも有り得ない」
「じゃあ、やっぱり『占い師』に名乗り出てもらわないと」
「だからそれは――」
マジメが首を振る。
「どうも話がループするな」
会話が途切れたところで、フェミニンが疑問を口にする。
「このゲームって、市民チームが勝つシナリオってあるの?」
誰も答えないので、少年が口を開く。
「一回シミュレーションしたらいいんじゃない?」
「やってみてよ」
促したのはお姉さんだ。
「じゃあ、俺が『占い師』だったとする。それでお姉さんを占って『人狼』だった場合、信じるかって話だよな。最悪なのは占いの結果が『市民』だった時で、じゃあ、誰に投票するんだって話になるし、どっちにしろ、詰んでないか?」
お姉さんが感想を口にする。
「でも、占いの結果が合ってたら信じるでしょう?」
マジメが手を上げて二人の会話に割って入る。
「問題はそこじゃなくて、『占い師』のカミングアウトを受けて、人狼チームがどういう戦略を立てるかだ。『騎士』は『占い師』を守るだろう。それは『人狼』も予想できることだ。そうなると『騎士』狙いに切り替えてくる可能性がある。つまり『人狼』の襲撃を確実なものにさせてしまうんだよ。『騎士』だって裏の裏をかくなんて簡単にできることじゃないからな」
少女が尋ねる。
「『占い師』がカミングアウトした場合、『人狼』がニセ『占い師』の振りをすることってあるの?」
マジメが即否定する。
「フェイク・カミングアウトはない。死んだら終わりのゲームでは、犠牲になるリスクを冒せないからだ。ニセモノが出た時点で投票が絞られるって予想できるから、名乗り出ることは絶対にない」
お姉さんが不満げな顔を見せる。
「もうさ、『占い師』に名乗り出てもらおうよ。そうしないと勝てないよ?」
「僕もそう思う」
フェミニンも同意見のようだ。
「話が進まないからな」
気が短い性分のせいか、少年もカミングアウトを促すのだった。
「いや――」
待ったを掛けたのはマジメだ。
「『占い師』を知りたいのは『人狼』も同じだ。それをわざわざ自分たちから教えてやることもないだろう」
少年が突っかかる。
「自分が助かりたいだけじゃないの?」
「そういうゲームだからな」
「どっちの立場で言ってんの?」
「俺に疑われる要素はあるか?」
「そもそも疑うゲームだろ」
どちらも負けていなかった。
「地味子ちゃん、なんか喋って」
険悪な雰囲気を変えるべく、お姉さんが発言を促した。
「えっと、その、市民チームとしては、『占い師』の結果を知りたくて、でも『人狼』に誰が『占い師』か知られたくなくて、『占い師』も名乗り出るのが怖くて、でも、もしも私が投票されたら、きっと、その時に『占い師』だって嘘をついちゃうと思うんです。そういうのが、全員に起こり得るんじゃないかと思って、それで、だったら、いっそのこと、全員が『占い師』の振りをすればいいんじゃないかなって」
少年が二カッと笑う。
「おもしろそうじゃん!」
「いや――」
またしても待ったを掛けたのはマジメだった。
「それだと『騎士』が混乱する」
「もう、いいだろう」
「よくないぞ?」
「反対ばっかりうるせぇな」
「慎重になれって言ってんだ」
「リーダー、どうする?」
対話を拒否するように、他の人に話を振るのだった。
「やってみるか」
「そうだよな!」
嬉しそうな少年とは対照的に、マジメは不服そうだ。
「市民チームに対立が生まれるかもしれないぞ?」
「孤立の間違いでは?」
リーダーの返しが早い。
「二人して俺に投票が集まるようにしてないか?」
「それこそ俺たち二人を人狼チームに仕立て上げているように見えるが?」
リーダーの即レスにニヤニヤする少年であった。
「それじゃあ、決を採る」
多数決の結果、全員が『占い師』の振りをすることが決まった。ただしマジメの意見を尊重して、慎重を期すために一時間ほど休憩を挟むこととなった。
* * *
再開後、八人はすぐに本題に取り掛かった。互いが牽制し合う中、最初に『占い師』の振りをしたのはリーダーだった。
「提案者じゃない俺が一番というのもおかしいけど、俺の一声で決まったみたいな流れだから仕方がない。誰かさんのせいで予定にない休憩を取ったから、早く進めないといけないしな」
発表はフリップを使って行われる。占った相手と結果を示し、占った理由も明記するのが決まりだ。それをカメラに向けて見せ合うわけである。
「マジメを占ったが、結果は『人狼』だった」
「だと思ったよ」
該当者が呆れた様子で吐き捨てる。
「聞け」
リーダーが命令口調で相手の口を封じる。
「理由は投票先を誘導しているように感じたからだ。俺も一日目の投票では強引に誘導したけど、それはカードが配られる前だったからな。二日目から大人しくしていたのは見ての通りだ」
そこで画面に向かって指をさす。
「だが、コイツは違う。一日目も投票先を変えようと試みていたし、二日目も別に頼まれてもいないのに回し役を買って出たからな。俺はそういう動きを見たくて、あえて黙ることにしたんだ。で、案の定、尻尾を出したわけだろう? 俺と少年を人狼コンビにしようっていう狙いがあるわけだ」
マジメが反論する。
「俺は『市民』だからリーダーの言葉が全部デタラメだってことを知っている。尤もらしく語っているけど、二日目からの沈黙は、息を潜める隠れ『人狼』のやり口そのものだ。話し合いに参加しないことで安全圏に逃げ込んだわけだろう? 今のところ全部リーダーの狙い通りになっているんだよ」
リーダーが尋ねる。
「で、『占い師』さんは誰を占ったの?」
マジメがフリップをオープンする。
「リーダーを占ったら『人狼』だった」
「ふざけんなよ」
該当者が反発するが、マジメは意に返さない。
「占った理由は、単純に正体を知りたかったからだ。味方なら心強いし、この後の展開も市民チームにとっては楽になる。だけど『人狼』だったよ。驚きはなかった。ああ、やっぱりかって思っただけだ。俺との話し合いの最中に少年がリーダーに助けを求めたのもおかしいし、その二人で決まりだろう」
少年が突っかかる。
「なんで俺なんだよ?」
そこでフリップをオープンにする。
「俺が占ったのはリーダーで、結果は『市民』だった。お前の占いが間違ってんだよ、バーカ」
マジメがニヤっとする。
「典型的なニセ『占い師』だな。これはパターンが二つあって、一つは『市民』の可能性が高い人物に『市民』と言って、相手に自分が『占い師』であることを信じさせるやり口があるんだ。もう一つは仲間である『人狼』に『市民』と言って、市民チームを騙すやり口がある。お前の場合は後者の手口だ」
少年は表情に余裕があった。
「それで? 他のみんなはどっちを信じるだろうね? 俺とリーダーか、それともお前か、どっちでしょうねぇ~」
マジメは煽りを無視して場を回す。
「だったら他のプレイヤーにも聞いてみよう。お姉さんは誰を占いましたか?」
そこで申し訳なさそうな顔をしながらフリップを出す。
「ごめん、占ったのは少女ちゃん。結果は『人狼』だった」
「私?」
該当者が反応するも、否定も肯定もしないのだった。
「本当に申し訳ないんだけど、これにはちゃんとした理由があって、昨日の会議でキモオヤジが最後に少女ちゃんが怪しいって言ったでしょう? それがずっと引っ掛かってるんだよね。苦し紛れだったかもしれないけど、それにしては理由がちゃんとしてたなって思って」
そこでフェミニンがフリップを出す。
「僕もお姉さんと全く一緒だ。少女を占って『人狼』って出た。理由も大体おんなじかな」
地味子が話し終わる前にフリップを出す。
「私も一緒です。ただ、結果は『市民』でしたけど」
「ちょっと待って!」
少女がキレ気味に反論する。
「なんでみんなキモオヤジの言葉を信じるの? あんな奴の言う事、全部デタラメに決まってるでしょ。アイツが一つでも正しいことを言ってると思う? 有り得ないんだけど。私は『人狼』じゃない。それでもキモオヤジを信じるの?」
疑惑の目が向けられる中、マジメが仕切り直す。
「それについては後で議論するとして、君は誰を占ったか教えてくれるか?」
少女がフリップを出す。
「占ったのは少年で、結果は『市民』でした」
「なんで俺なんだよ」
該当者が納得していない感じだ。
「だから『市民』だって言ってるでしょ」
「じゃなくて、なんで俺を占ったんだ?」
「仲間かどうか知りたかったの」
「俺はどう見ても『市民』だろっ!」
相手が怒鳴るので、少女が無視するのだった。
「とりあえず残り一人なのでコドモにも占い結果を出してもらおうか」
マジメに促される形でオープンするのだった。
「ここでも喋らないつもりか」
マジメが呆れ気味に非難したが、フリップには文字が書いてあったので、それを代読するのだった。
「占ったのは地味子で、結果は『市民』と。理由は成りすまし企画の提案者だったから」
続けて所感を述べる。
「これじゃあ、『占い師』に成りきったとは言えないな。企画の提案は二日目で、成りすますなら一日目の夜まで遡って、そこで占う相手を決めなければならないからだ。それでも、まぁ、グダグダになるのは予想できたし、凡ミスか意図的かを判断するのは難しいところだ」
続けて手元のメモを見ながらまとめに入る。
「占われたのは、リーダーが二票、少年が二票、少女が三票、そして俺が一票。その中で『人狼』の結果が出たのは、リーダーと俺が一票、そして少女が二票と、どちらも少女に多くの票が投じられたことになる。ただし多くはニセモノで、本物の『占い師』が一人もいない可能性もあるわけだから、そのまま少女に投じていいのかっていう問題がある。俺はそこに二日目の行動も加味すべきだと思うのだが」
たまらずリーダーが口を挟む。
「まーた、コイツは誘導してるよ」
「俺は人狼ゲームをしているだけだ」
「今の流れは少女への疑惑を追及することじゃないのか?」
「そっちに話をもっていきたいわけか」
「どっちがだよ?」
「もういい、埒が明かない」
そこでリーダーが少女に問い掛ける。
「このままだと少女、君が追放される可能性が高い。否定するにしても、違うと言い続けるだけでは状況を変えることはできないだろう。誰かが助けてくれるのを待つのではなく、君が新しい話の切り口を提示すべきだ」
少女が泣き顔になる。
「どうしてそうなるの?」
しかし涙は流れていない。
「私は『市民』なんだから、それ以外に言いようがないよ。いいの? キモオヤジの次に私が死んだら市民チームは六人になるんだよ? 今日は絶対に『人狼』を追放しなきゃダメでしょ? じゃないと勝てないんだもん。それでもいいの? 私より怪しい人がいっぱいいるよね?」
感情に訴えるが、中身がないので響いていない様子であった。それを察したのか、切り替えて別の方法で説得を試みる。
「じゃあ、もう、正直に言うね。キモオヤジが言ってたことは本当。役職を引きました。私が本物の『占い師』なの。これで分かったでしょ?」
開き直ったようである。
「それだと、おかしいんだよな」
疑問を口にしたのはマジメだ。
「何が? 何がどうおかしいの? 本物が本物だって言ってるんだから、おかしいって思う方がおかしいでしょ?」
マジメが再び手元のメモを見る。
「おかしいのは占った相手だよ。君はなぜか一人だけ少年を占ってる。これは、無いんだ。あるとすれば、下手なニセ『占い師』が仲間の『人狼』を『市民』だと思い込ませる時だけ。ここには人狼ゲームの達人なんて一人もいないんだから、まさに凡ミスをしたってことだろう」
少女が抗弁する。
「だから『占い師』のやり方が分からないから失敗したの。誰を占えばいいかなんて、私に解るはずないでしょ?」
リーダーが対話に割って入る。
「でも、ついさっき、私より怪しい人はいっぱいいるって言ってなかったか? 自分で言うのもなんだけど、俺が『占い師』だったら回し役を占うよ。回すってことは、誘導しようとしてるってことだからな。現に俺はマジメを占ったし」
不本意ながらもマジメが同調する。
「俺も回し役のリーダーを占った。初日の行動は異常だったからな。君に投じた三人は女の勘を信じたみたいだけど、セオリーだと、やっぱり回し役を占うのが定石だ」
フェミニンがボソッと。
「僕、男の子なんだけど」
それを無視して少女が反論する。
「だから、せおりーとかジョウセキとか知らないって」
他の人にも訴え掛ける。
「『市民』のみんなは自分が『占い師』じゃないって分かってるんだから、私が本物の『占い師』だって知ってるよね?」
お姉さんが同情する。
「それはそうだけど、ゲームが始まる前から『占い師』は名乗るメリットがないって話してたよね? あと、疑われたら苦し紛れにカミングアウトするって。あのキモオヤジもそうしたし、全部事前に予想していた行動なんだよね」
そこで少女が閃きを得る。
「わかった。『市民』が私を追放しようとしてるのは、このままだと夜の襲撃で守られるのは私だけになるもんね。自分が守られるとは限らないけど、私を追放して可能性を生み出そうとしてるんだ」
お姉さんが怖い顔をする。
「バッカじゃないの」
「勝たなきゃ意味がないのに」
フェミニンも呆れた様子だ。
地味子も続く。
「今日は『人狼』の可能性がある人を追放しなければいけませんからね」
今さらながら少女は、投票システムでやってはいけない過ちに気がついたようである。
「ごめん、今までのは全部ウソ。忘れて。本当は『騎士』なの。だから私が追放されると夜の襲撃で守れなくなるよ? だって『人狼』でないことは確かなんだもん」
マジメが即レスする。
「それも嘘だ。今さら市民チームを勝たせるために犠牲になるだと? 誰がそんなことを信じるんだよ。リーダーを占わなかった時点で詰んでるんだよ。そういう意味では俺と少年は『市民』だといえるわけだが」
対立していた少年が納得顔で頷く。
「ほんと頭が悪いんだな」
その一言で、少女の心は完全に折れたのだった。