2 招待状
その日、人狼Aは疲れ切っていた。なぜなら苦手な打ち上げに誘われて、気を遣わなければいけなかったからだ。
とにかく自分の時間を奪われるのが苦痛であった。だから友人を作らず、親族とも距離を置いて一人で暮らしているのだった。
本来は人見知りという事もあり、仕事以外の時間は部屋に籠って、好きな曲を繰り返し聴きながらパソコンで編集作業をするのが生きがいであった。
本当は趣味に没頭できる部屋を実家の地下に作りたいと思っているが、両親が生きている間は我慢しているというのが現状だ。
スマホにメールが届いたのは、いつものように自室で趣味に没頭している時だった。
「え? そんなバカな」
賞金百億という詐欺メールとしてはお粗末な見出しを見て破棄しようとしたが、差出人が有り得ない名前だったので動揺したわけである。
(誰が?)
差出人は、かつて自分が死に至らしめたモノの名であった。しかしそれは不起訴どころか、別の人間が逮捕されて終わった事件だった。
冤罪以前に、そもそも人狼Aにとっては事件ですらなかった。人間ではないのだから、罪にはならないと、そのように考えていたのである。
大人をなめたクソガキや、社会の役に立たない障害者など、他にも人間とは認められないモノたちがいる。
そのモノたちに何をしようが、裁かれる謂れはないと、強い信念の元、生きてきたのであった。
(脅迫か?)
直リンクをタップするとサイトに飛んで、動画が自動再生されて、そこに被り物やメーキャップとは思えないほどリアルな狼男が映し出されるのだった。
「リアル人狼ゲームへ、ようこそ」
ヘッドホンを外してスマホを凝視するが、その顔はいまいち事態を飲み込めていない様子であった。
「おめでとう」
そこでスマホを操作するも、何も反応しないことに戸惑うのだった。
「百億の賞金を懸けたゲームに参加できるんだ、嬉しいだろう?」
動画を消そうとするが、それができないのである。
「選ばれたんだぞ? 何か感想を言ってくれよ」
「え?」
「え? じゃなくてよ」
そこでスマホを耳に当てるが、すぐに狼男が注意する。
「いや、そんなことしなくても通話できるから、画面に向かって話してくれ」
「誰?」
「俺か? そりゃ、リアル人狼ゲームの主催者、つまりゲームマスターってやつだな」
「目的は?」
ここで高圧的な態度で攻勢に出られるのが人狼Aの特徴だ。
「おいおい、俺は儲けさせようって言ってるんだぜ?」
「百億? そんなの嘘に決まってる」
「言っとくが、俺は別に信じてもらわなくても構わないんだ」
どこかの誰かが、よくできたアバターを使って喋り、うまく誘き出そうとしているのかと疑ったが、それはあまりにバカバカしいので、自分で否定するのだった。
「金が欲しいんだろ?」
それは事実だった。
「仕事だって本当は辞めたいと思ってる、違うか?」
それも事実だった。
「百億だぞ? 乗らないって手はないだろ」
「選ばれた理由は?」
「それはお前が犯罪者だからだよ」
どれだけ自分が間違っていないと思っていても、第三者から見れば犯罪で、それくらいの知能と責任能力は持ち合せていた。
「スマホを使った囮捜査?」
過去に海外で宝くじを使って犯罪者を誘き出したという実例があったので、それを疑っているわけだ。
「どいつもこいつも疑り深いな」
「他にも?」
「ゲームだから当然だ」
「これは現実なのか?」
もう既に、夢でも構わない、といった顔になっていた。