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17 一日目 昼の会議

 ゲーム開始は正午を過ぎていたが、投票が行われる日の入りまで六時間以上もあったので、プレイヤーに焦りは見られなかった。


「それでは始めるとしよう。これから諸君らには運命を左右するカードを引いてもらう」


 そこで狼男が個別に呼び掛ける。


「オッサンよ、お前にも引いてもらうが、次に喚き散らすようなら今すぐ殺すからな? 自分の命に価値があるなんて思ってんじゃねぇぞ? 俺たちが見たいのは話し合いであって、罵り合いじゃねぇんだからよ。助かりたければ、説得しろって話だ」


 そこでオッサンの深呼吸が聞こえたので、ミュートが解除されたようである。


「よし、それでは順番にカードを引いてもらおうか。今から九枚のカードを伏せた状態でテーブルの上に並べる。それからシャッフルして、裏面にマジックで番号を振る。それを諸君らに引いてもらうという流れだ」


 説明しながらも、トランプのようにカードを何度もシャッフルするのだった。


「今の時点で、俺もどこに何のカードがあるのか分かってないからな?」


 それからカメラの角度を変えて、テーブルの上を大写しにして、そこにカードを並べて、さらに混ぜて、マジックで番号を振るのだった。それを毛むくじゃらの手で器用に行うのである。


「引いたカードは画面の別窓で開示するが、それは練習の時と同じだ。しかし『人狼』を引いた二人が相棒を知るのは九人全員が引き終わってからとする。そこだけは変更させてもらった。目線の動きが怪しいとか、そんなくだらん理由で選ばれては敵わんからな」


 そこで一旦、全員のパソコン画面が真っ暗になる。それが三十秒ほど続いて、画面表示が戻るのだった。


「このように七人の『市民』には画像を切って正体を分からなくするから、『人狼』を引いた二人はその間に互いを認識すればいい。ただし、会話は禁止だ。人狼ゲームには事前に作戦を練るというルールは存在しないからな」


 バラエティで行われる遊びの人狼ゲームでは、カードを引いた時のリアクションから『人狼』を当てる手法が散見されるが、ゲームマスターはそれを禁じ手にしたというわけだ。


「それでは始めてくれ」


 カードを引く順番は前日にじゃんけんで決めたので特に意味はなかった。


「じゃあ、せっかくだから一番」


 少年が希望したカードを狼男が手に取って、それを別のカメラに映して、少年だけが画面の別窓で確認できるようになっていた。


 めくられたカードを見た時の少年の反応は無であったが、そのリアクションは他の八人にも見えるようになっている。


「じゃあ僕は、イチゴの五」


 次にフェミニンがカードを引いたが、やはりリアクションは無であった。それを見つめる他のプレイヤーの反応も皆無であった。


 それから順不同にカード選びが続いたが、初日から窮地に立たされたオッサンも含めて特に目立ったリアクションをする者は一人もいないのだった。


 前日に行われた練習では駆け引きをする者もいたのだが、本番では全員が殺し屋のように淡々と仕事を熟すのである。


 これまで一言も喋っていないコドモも同様で、指で数字を示すだけで、カード選びですら声を出さないのだった。


「よし、それでは『人狼』の二人に互いを認識してもらおう」


 三十秒ほどのインターバルだったが、その間も大人しくしており、画面が復旧した後も、九人全員が何のカードを引いたか分からないような様子であった。


「投票は日の入り時間に合わせるが、その間の時間の使い方は諸君らに任せる。休憩を何時間取ろうが構わない。途中でトイレに行きたくなるかもしれないし、それはお前たちで勝手にしてくれ」


 事前に三時から一時間くらい休憩を取るように話し合いで決めていたので、ゲームマスターに質問をする者は一人もいなかった。


「それではゲーム開始だ」


 いきなりリーダーが仕切る。


「よし、今日は日の入りまで休憩だ」

「兄ちゃん、ちょっと待ってくれ」


 待ったを掛けたのはオッサンだが、心なしか口調が穏やかになっていた。


「みんなも俺の話を聞いてくれないか?」


 下から媚びを売るようにお願いするのだった。


「オッサン、バイバイ」


 少年がふざけた感じで手を振るものだから、オッサンも一瞬だけ怖い顔になったのだが、それを泣き顔で誤魔化して哀願するのだった。


「少年よ、これまでは全部俺が悪かった。だから頼む、いや、お願いします。最後に一言だけ、俺の話を聞いてください」


 そう言って頭を下げるが、全員が冷めた目で見ているのだった。そんな中、マジメだけは異なる反応を見せるのである。


「ゲームマスターは話し合いを望んでいるのだから、話を聞くだけ聞くというのはどうだろうか?」


 その言葉にオッサンが何度も頭を下げる。


「すまない、ありがとう、流石は学士様だ」


 誰も意見しないのを確認してから、リーダーが渋々といった感じで口を開く。


「好きにすればいい、時間はあるからな。ただし、結果は変わらないけどな」


 リーダーには礼を述べず、水で喉の調子を整えてから話し始める。


「俺の家は貧しくて、父親がとんでもない畜生だったからな、母親も殴られて、俺も殴られたし、だから家に帰ることもできず、同じような仲間と夜中まで一緒にいるしかなかったんだ。若いもんは知らないと思うが、昔は校内暴力が酷くて、荒れた時代だった。そんなクソみたいな時代で信じられるのは仲間しかいなかったんだよ」


 唐突に自分語りを始めたが、全員が冷めた目で見ている姿は変わらなかった。


「仲間たちも家に居場所がなく、生きてくには一緒にいるしかなかったんだ。そんなグループが周りにゴロゴロしていた時代だ。抗争になれば鉄パイプで半殺しの目に遭うし、だから生き残るには暴力団の下っ端と仲良くするしかない。そこで認められるには金が必要だから、ひったくりをして、稼いだ金を上納金として納めるんだ。それでやっとどうにか命だけは守ることができたんだ」


 水を飲んで続ける。


「一度でもヤクザに関わったら、簡単には足なんか洗えねぇよ? 命令されたら実行しねぇといけねぇし、逆らったら殺されるからな。それで十六、七の俺に何ができるよ? 結局は命令に従うために下っ端をかき集めて、言われたことをちゃんと実行できるように準備するしかなかったんだ。俺も被害者なら、仲間たちも被害者だ。世の中にはもっと悪いことをしている奴らがいるのに、おいしい思いをした奴は捕まりもせず、俺たちだけが主犯なんて呼ばれるんだからな」


 そこで歯をくいしばって悔しそうな顔を見せる。


「被害者には本当にすまないと思っている。それはこの先も一生を掛けて償っていくつもりだ。被害者の家族にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。何度謝っても許されることではないが、それでも謝り続けなければならない。もしもここで死んだら、それができねぇじゃねぇか。だから償うためにも生かしてほしい」


 リーダーが問う。


「なるほど。で、それで終わりか?」


 思っていた反応と違うので、オッサンがキョドるのだった。


「なんでも他人のせいなんだな。世の中が悪い、家庭環境が悪い、命令されたから仕方なかった。それで俺が情にほだされると思ったか? それで俺たちのことを説得できると思ったってことは、俺たちのことをナメてんだろう?」


 静かな語り口だが、怒りが滲み出ていた。


「なんだよ、最後の反省文は。弁護士の入れ知恵で言わされた弁明そのものじゃないか。そんな薄っぺらい反省の弁を真に受けるのは恵まれた環境で生まれ育った裁判官くらいだぞ? なんで俺たちにも通用すると思った? それは俺たちのことも簡単に騙せると思ったからだろう?」


 リーダーは弁明の機会を与えなかった。


「お前と同じ時代に生きて、似たような境遇でもヤクザにならなかった人間は五万といるんだ。お前の言い訳は、そういった人たちを愚弄するものだ。過酷な環境で生きている人を、自己弁護の道具として利用してるんだからな。弁護士のテクニックで裁判所を騙せても、俺には通用しない」


 水を飲まずに続ける。


「お前は出所後に似たような監禁事件を起こしたから、更生の見込みがあるとして野放しにした裁判官は間違っていたことになる。しかしそれは結果論だし、そもそも裁判官に裁判以外の責任を負わせるのは無理のある話だと理解している。だが、このゲームは裁判と違うんだ。だから俺は、俺の責任で、お前を死刑にする」


 オッサンが画面の一点を見つめているが、おそらくリーダーを睨みつけているのだろう。


「よくも偉そうに」


 オッサンの声が小さかったので、他の者が聞き取れたかどうかは不明だ。


「ここに集まったのは全員が犯罪者なんだよな? この中で俺に説教できるほど立派な人間はどれだけいるんだ? リーダーさんよ、おたくは何をしたんだよ? 強盗か? 毒殺か? ホームレスを殺したか? 女児を強姦ってのもあったな? いや、躾と称して幼児を虐待したのかもな。みんな俺と似たようなことをしてるんじゃないのか? それでどうして俺だけが責められないといけないんだ?」


 同じ犯罪者仲間だということを思い出して、急に息を吹き返した感じだ。


「少なくとも俺は刑期を勤め上げたんだ。それで無罪放免、大手を振って歩けるようになったのに、どうしてお前らみたいな刑務所から逃げ回ってる連中にゴチャゴチャ言われねぇといけねぇんだよ? あん?」


 そこで対立するのはまずいと思ったのか、口調を改める。


「俺の場合は他にも逮捕された主犯格が三人もいた。これって単独犯よりも罪は軽いと言えるんじゃないのか? 現に死刑どころか無期刑にもならなかったからな。裁判所が軽い罪だって判断したんだから、それが正しいに決まってるじゃねぇか。お前たちも裁判を受けてみろ、俺より重い実刑を食らう奴が何人いることか。死刑になる奴だっているんじゃないのか? まぁ、俺の場合は四人でパクられたわけだから、罪も四分の一ってことだわな。俺じゃねぇぞ? 裁判所のお偉い人たちが決めたんだからな」


 リーダーが冷静に反論する。


「それが裁判の致命的な欠陥というわけだ。なにしろ被害者は死んでいて、原告席が不在のまま行われるんだからな。原告側不在の欠席裁判で、事件の何が分かるっていうんだ? それで公正な判決を出していると思っているなら、思い上がりもはなはだしい。反省を述べる被告の声だけが重要な証言のように採用されるが、じゃあ被害者の声はどこにあるんだよ? 被告が好きに発言していいなら、原告にも発言させなきゃ公平とはいえないんじゃないのか? 被告人の心証なんて、原告が死んでたら関係ないんだ。裁判を公平なものにするなら、被告人に反省の弁なんていう情緒的な要素は一切排除しないといけないんだよ」


 オッサンが作戦を変えたのか、ニヤニヤしながら尋ねる。


「で、リーダー様は何をやらかしたのかな? 狼男が人殺しを集めたというなら、それは本当のことなんだろう。正直に言ってみろ。論点をずらされたが、お前が単独犯だとしたら、お前の方が罪が重いからな? なんたって俺は裁判所のお墨付きをもらってるからよ。四人とも死刑を免れたってことは、死刑になるほどの罪じゃなかったっていうことなんだよ。殺人も、みんなで殺せば悪くないってことだ。俺の考えじゃねぇぞ? 裁判所の考えなんだからよ」


 リーダーは論破されたとは思っていないようである。


「お前は女子高生を一か月以上も監禁して、何度も強姦して、何度も暴行を加えた。それは四人だけじゃなかったという話だな。被害者が受けた恐怖は、四人なら四倍だし、二十人なら二十倍だ。集団に襲われる恐怖は、想像を絶していて、もはや恐怖心すら喪失してしまったことだろう。だからお前の罪は四分の一じゃなくて、一人当たり死刑四回分なんだよ」


 オッサンがムキになる。


「それはお前の想像だろう? 自殺しなかったんだから、そこまで追い込んだわけでもないんだよ。そういえば、この中に自殺を教唆した奴がいたな? そいつの方がよっぽど悪質なんじゃないのか? ひょっとしてリーダー、お前のことか?」


 リーダーが誘導尋問を無視する。


「こっちは全部知ってんだぞ? 被害者は自殺できるような環境下にはなかった。暴行と衰弱で知力も奪われたんだからな。逃げられないようにしておいて、逃げなかったから受け入れてただと? お前はこうして、今日も被害者を痛めつけてるんだよ。同じ人を何度も殺してるんだから、それを止めるには、お前を死刑にするしかないんだ」


 オッサンが凄む。


「だから、全部お前の想像じゃねぇか」

「想像で何が悪い?」

「悪いって、お前……」


 リーダーが穏やかな顔になる。


「さっきから判決を引き合いに出してるが、ここではオッサンも含めて、俺たち全員が裁判官なんだぞ? お前がやらなきゃいけないのは、弁護士の入れ知恵を再利用することじゃなく、どれだけ償ってきたかを訴えれば良かったんだよ。といっても、お前じゃ無理だったろうけどな」


 再びオッサンが作戦を切り替えて、他の者に呼び掛ける。


「なぁ、このリーダー、ヤバくねぇか? お前たちも追い詰められて、みんな殺されちまうぞ? 悪いこと言わねぇから、さっさとゲームから追い出したほうがいいって」


 少年が挑発するような笑顔を見せる。


「オッサン必死で笑えるな」

「いや、笑っていられるのも今のうちだ」

「オッサンも笑っとけよ、死んじゃうんだから」


 話にならないといった感じで別の者に呼び掛ける。


「他の者はどうだ? このままでいいのか? 市民チームが負けちまうぞ? 俺が死んだら六対二、いや、明日の朝には五対二だ。それじゃあ、人狼チームの圧勝じゃねぇか」


 お姉さんが冷たくあしらう。


「それはアンタが『市民』だったらの話でしょ。『人狼』の可能性もあるって忘れてない? 私はアンタに騙されるのだけはイヤ」


 これで三票が確定した。


「みんな自分は『市民』だって言うに決まってるでしょ?」


 フェミニンによる正論である。


「いや、『市民』は『市民』だが、俺は『占い師』だ。だから一日待ってくれ」


 オッサンのカミングアウトに反応したのはマジメだった。


「残念だったな。俺もリーダーのやり方はどうかと思っているが、発言の機会を得たなら、真っ先に『占い師』であることをカミングアウトすべきだった。その発想がなかったってことは、『占い師』じゃないってことだ。『市民』を失うのは痛手だけど、『占い師』を追放する最悪の事態は避けられる。今から投票先を変えつつ、同時に『人狼』を見つけるのは難しい状況なので、ここは役職のない『市民』に犠牲になってもらうしかなさそうだ」


 これで過半数となり、絶望を抱いたのか、オッサンは急速に興味を失ったかのように大人しくなるのだった。


「『騎士』の可能性は?」


 少女の質問にマジメが答える。


「それでも始めに『占い師』を名乗らないといけないんだよ。といっても、この人には市民チームを勝たせるために犠牲になるっていう発想はないから、期待しても無駄だけどな」


 今度は地味子が質問する。


「では『人狼』の可能性は?」


 これもマジメが答える。


「この人が『人狼』なら相棒に助けを求めると思うけど、それはなかったように思う。とはいえ、妨害行為は即死なので気をつけていたのかもしれないが。まあ、でも、役職のない『市民』だろう」


 結局、コドモは一言も喋らずに一日目の昼が終わるのだった。

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