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16 提案

 ゲーム当日の朝を迎えたが、睡眠時間はまちまちだったようである。午前中の過ごし方も人それぞれで、ゆっくり風呂に浸かる者や、食事を一切摂らない者、直前まで眠っている者など、行動にバラつきが見られた。


「さぁ、諸君、ゲームの時間だ」


 ゲームマスターの狼男による号令でパソコンの前にプレイヤーが顔を揃えた。


「これから諸君らには日没までに一人の追放者を投票で選んでもらうが、その前に運命を決めるチーム分けをする。用意したカードには種も仕掛けもないので、全ては諸君らの運次第ということになる。カードを引く順番に関しても諸君らに任せるが、もう決めてあるだろうな?」


 白シャツに紺色のネクタイを締めたリーダーが口を開くが、他の者も狼男との交渉を任せ切っている様子だ。


「順番は昨夜のうちにじゃんけんで決めましたが、カードを引く前に他のプレイヤーのみんなに提案したいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」


 怪訝な表情を浮かべる者もいたが、言葉を発することはなかった。


「時間はたっぷりあるんだ、お前たちの好きにすればいい」

「ご理解、感謝いたします」


 そこでリーダーが他の者に語り掛ける。


「みんなに、どうしても、お願いしたいことがある」


 神妙な顔つきで話すが、茶々を入れる者は一人もいなかった。


「今日、一日目の昼の投票だけど、全員でオッサンに投票してもらいたいんだ」

「何を言っとるか!」


 バスローブをだらしなく着ているヤクザのオッサンが激昂した。


「若い人は知らないと思うけど、コイツは十代の時に女子高生を一か月以上も監禁して、暴行を繰り返して殺した後、ドラム缶に詰めて東京湾に沈めた主犯の一人なんだ」


 オッサンが口から泡を飛ばして喚くが、他の者はその醜態を冷めた目で見つめるだけであった。口汚く罵られていたリーダーが、しばらく放置した後、冷静に他の者を説得する。


「記録に残っている戦後の犯罪としては、最も残忍な犯行だ。その中心にコイツがいたんだ。本来ならば生きていてはいけないのだから、俺たちの手で死刑にすべきなんだ」


 オッサンが顔を真っ赤にして罵詈雑言を撒き散らすが、途中で音声が途切れるのだった。ミュートしたのはゲームマスターだった。


「うるせえ野郎だな、俺は話し合いをしろと言ったんだ。議論の妨害をするようなら、今すぐ死んでもらうぞ?」


 それでもオッサンは大人しくならなかったので、今度は他のプレイヤーに呼び掛けるのだった。


「面白そうな話じゃねぇか。提案を受け入れるかどうかは別にして、まずは八人で話し合ったらいいんじゃないか? オッサンもお前たちの話を聞けば、少しは頭を冷やすだろうよ」


 リーダーが説得を試みる。


「俺たちは同じ犯罪者として、ここに集められた。でもコイツだけは別なんだよ。一人の人間を何度も繰り返して殺したようなものだ」


 パソコンのカメラに向かって訴える。


「どうしてこんな提案をしたかというと、俺は回し役をやってるから、本番でも追放される可能性が高いと思ったからだ。だから死ぬ前に女子高生監禁事件の犯人を殺せるなら、殺してやりたいと思った。それには一日目の昼に追放するしかないんだ」


 オッサンが尚もモニターに向かって口を動かしているが、音声は切れたままであった。


「他の者だって最後まで生き残れるかは分からない。だったらオッサンを殺して、最後に良い事をして人生を終えたいと思わないか? 正義の暴走とか、俺たちには通用しないだろう? 自分の手を汚さなくたって、誰かが裁いているのが現実だ。外界から閉ざされたここでは、俺たちが裁かなければいけないんだ。だから頼む、オッサンに投票してくれ」


 直後に発言したのは、ドクロ柄のTシャツに着替えた少年だった。


「俺は乗るぜ。事件のことは知らないけど、オッサンは始めからいらなかったからな、ギャハハッ」


 そう言ってバカみたいに笑ったのは、虚しくもオッサンが罵りながら中指を立てていたからであった。


「ちょっと待て」


 異議を唱えたのは、スーツに赤いネクタイを締めているマジメだった。


「その事件なら知っているし、若い頃の写真を見たことがあったからピンときた。犯行の手口もリーダーが語ったような生易しいものではないことも知ってるから、俺だって司法の間違った判断を正してやりたいと思っている。ただ……」


 それとは別の問題があるようだ。


「もしもオッサンが『人狼』のカードを引いた場合、人狼チームは一人で戦わないといけなくなる。『占い師』は名乗らないだろうから別としても、『騎士』を引いた場合は、市民チームにとって相当のハンデになるぞ? それを解ってるのか?」


 リーダーにとっては想定内の反応のようだ。


「だからカードを引く前に提案したんだ。カードを引いてから提案すると、人狼チームによる『市民』の追放作戦だと勘繰られる恐れがあるからな。オッサンが『人狼』を引いたなら市民チームにとっては有利になるが、俺が『人狼』を引く可能性もあるわけで、リスクは承知の上で、それでもオッサンを殺さないとダメなんだよ」


 無駄に色気のあるネグリジェ姿のお姉さんがリーダーに賛同する。


「オジサンはもう話し合いができるような状態じゃないし、生き残っても五月蝿うるさいだけだから追放でいいんじゃない? 仮に『人狼』を引いたとしても、始めから八人制だと思って納得するしかないよ。もともと論理戦なんて出来ないんだし、後は運だよね」


 昨日と同じゴスロリ・ファッションのフェミニンも賛意を示す。


「僕も賛成。『人狼』にしろ『市民』にしろ、オッサンとだけは同じチームになりたくないし」


 キャミワンピに着替えた少女も同意する。


「私もかな。話を聞いただけでゲロを吐きそうになった。もしもオッサンと同じチームになったら賞金を山分けしないとダメなんだよね? それは有り得ないから」


 着古したモスグリーンのカーディガンを着た地味子も様子を窺いながら控え目に発言する。


「みなさんが賛成なら、私も賛成でいいです」


 最後にリーダーがコドモに呼び掛ける。


「君は?」


 ネコ耳フードの薄手のパーカーを着たコドモは、リーダーの呼び掛けに応じなかった。


 昨日から一言も言葉を発していないこともあり、他の者もそういう人として受け入れていたので、リーダーも既に諦めている様子であった。


「最後にマジメさん、ご意見は?」

「人狼ゲームは数が全てだ」


 リーダーが大きな仕事を遂げたように一息つく。


「では、誰がどのカードを引いたとしても、今日は全員でオッサンに投票しましょう。もう一人の『人狼』も初日から窮地に立たされることになるかもしれませんが、ヘンに流れを変えるのは止した方がいい。いや、市民チームにとっては有り難いことですがね」


 そこでマジメが手を上げる。


「ゲームマスターに聞きたいことがある」


 狼男が質問の許可を与えた。


「オッサンが『人狼』のカードを引いた場合、もう一人の『人狼』の正体を知ることになるが、昼間の追放が決まった後、道連れにしようと名前を暴露する可能性があるけど、その時はどうなるんですか?」


 狼男が感心してみせる。


「いいところに気が付いたな。これは他の者にも起こり得ることだが、ゲームの進行を妨害する者にはとっておきの罰を与えるので覚悟するんだ。その時はプレイヤーを補充してゲームを仕切り直すが、それも俺の気分が良かったらの話だから、期待はしないでくれ」


 そこで狼男が身を乗り出してモニターを確認する。


「オッサンの野郎も静かになったことだし、そろそろゲームを始めるとしよう」

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