13 練習
練習に先立ち、リーダーが確認する。
「ルールに関しては調べてると思うけど、この中で実際に人狼ゲームをプレイしたことがある人はいますか?」
誰も手を上げなかった。
「俺も含めて全員が未経験というわけだ。じゃあ、話し合いで時間を潰すのはもったいないので、まずは初心者用の設定で練習してみましょう」
そこでモニタリングしているゲームマスターに呼び掛ける。
「それでは練習を始めるので、『人狼』のカードを二枚、それから『占い師』と『騎士』のカードを一枚ずつ、そして『市民』のカードを五枚用意してもらえますか? 『裏切り者』や『霊媒師』のカードはゲームに慣れるまで使用を控えたいと思います」
リーダーの話を受けて、狼男がゲームを進行する。
「各部屋にルールブックを置いてあるから説明するまでもないが、役職決めは完全にお前たちの運次第だ。俺たち運営側が意図的に配役を決めることはない。贔屓してまで勝たせたい奴なんて一人もいないからな」
リアル人狼ゲームに八百長はない。
「パソコン画面の余白に役職が表示される仕組みだが、デジタル対応では疑う者もいるだろう。そこでカード選びだけは原始的に行うことにする」
そこでトランプサイズのカードを取り出して、マジシャンのように器用に広げて見せるのだった。顔は狼そのものだが、手は人間と変わらないのである。ただし毛むくじゃらで、長い爪が伸びているが。
「ご覧の通り、カードの裏に役職が表記されている。それをシャッフルして、伏せた状態でプレイヤーに選んでもらう。順番はお前たちで決めればいい。年齢順だろうが、レディ・ファーストだろうが、何だって構わない」
そこで短い話し合いの結果、渾名の五十音順でカードを引くことが決まった。
「昼間の話し合いは五分とする、それでは始めるとしよう」
* * *
一回目の練習を終えた後、オッサンがぶち切れる。
「だから俺は『人狼』じゃなくて『占い師』って言っただろう」
少年がキレ気味に反論する。
「『占い師』なら一日目に出しゃばらない方がいいんだって」
お姉さんも呆れている。
「ほんと、オッサンのせいでボロ負けだもんね」
フェミニンがフォローする。
「でも、初日に『占い師』がカミングアウトする場合もあるんですよ」
リーダーが仕切り直す。
「もう一回やりましょう。次は五十音の逆順で」
* * *
それから立て続けに四回ほど練習を重ねたのだが、終始和やかに場を仕切っていたリーダーが険しい表情をして、溜息交じりに不満をぶつけるのだった。
「その場を回していたから自業自得かもしれないけど、五回やって、五回とも昼間に追放されるというのは納得がいかない。五回とも『人狼』だったら仕方ないと思うけど、そのうち四回は『市民』だったんだ。しかも最後は『騎士』だったんだよ。で、結局『市民』チームが負けるだろう? もう、メチャクチャなんだ」
威勢が良かったオッサンも嘆く。
「俺もさ、昼間に生き残ったと思ったら夜に襲撃されるだろう? そんなのばっかりだよ。お前らゲームだからって好き嫌いで決めてねぇか? それで『市民』が勝てるなら納得するが、全然勝てねぇじゃねぇか」
少年が突っかかる。
「オッサンも襲撃された奴を占うとかアホだろ? それに怪しいんだよ、リーダー様はよ」
お姉さんも不満げだ。
「っていうか、五回もやったのに、『騎士』は一度も成功しなかったよね? みんな何してんの? ほんと、ちゃんとやって」
フェミニンが言い訳する。
「だって誰が『占い師』か分からないし、それに三日目も名乗り出ないとか酷くないですか?」
お姉さんが同意する。
「っていうか、喋る人と喋らない人で分かれてるのがズルいと思う。なんか、目立つほど損をするんだよね」
積極的に会話をするのが以上の五人で、追放や襲撃を受ける回数が高いのも喋る人たちだった。そこに責任を感じたのか、回し役をしているリーダーが仕切り直す。
「それに関してはもっと他の人にも話を振るべきでした。次からは気をつけましょう。今度は『裏切り者』と『霊媒師』の役職を加えて練習しましょうか」
* * *
初心者用の設定と同じように五回はやる予定だったが、あまりにもグダグダなので、リーダーが二回で見切りをつけてしまった。
「もう、やめよう。本番でも『裏切り者』と『霊媒師』は使わないことにします。もちろん俺の一存では決められないけど、異論はないだろう?」
反応を見て、同意が得られたものとして話を進める。
「まだ七回しかやってないけど、このゲームの根本的な問題が見えてきた。『占い師』がカミングアウトすると必ず狙われるから、最後まで生き残るのが難しいんだ。そこへ『霊媒師』を加えると、『騎士』はどちらかしか守れないから、どうやっても生き残ることができない」
途中の休憩も含めて既に四時間が経過していたため、みんな疲れた顔をしていた。それはリーダーも同じだったが、大事な詰めの作業でもあるので集中して続けるのだった。
「普通の人狼ゲームなら『占い師』を生かすために『市民』が犠牲になることもできるけど、俺たちがやろうとしているのは遊びじゃない。命が懸かってるんだ。犠牲になったら、それまでなんだよ」
リーダーがカメラ目線で訴える。
「みんな金が欲しいだろう? 俺だって欲しいんだ。それ以外に、ここに来た理由はないからな。だから前もって言っておく。人狼ゲームの基本でもあるので『占い師』は外せないけど、もしも俺が明日の本番で『占い師』のカードを引いたとしても、絶対に名乗り出ることはない」
眼鏡の奥から冷徹な眼差しを向ける者がいた。
「浅はかだな」
マジメが冷静に批判する。
「わざわざ手の内を晒す必要はなかった」
リーダーが反論する。
「おたくはそれでいいかもしれないが、俺が黙ったら、それだけで『人狼』とか役職持ちだと思うだろう? それだと追放されるか襲撃されるんだ。だから戦う前に基本戦術を明かした。これで全員が同じ条件で戦うことになる」
オッサンが加勢する。
「リーダーの言う事は尤もだ。それに『占い師』が貧乏クジって分かり切ってることで、手の内を晒すってことでもねぇからな。俺だって黙り通すよ。だからって『人狼』だと決めつけるのはナシだぜ?」
生意気な態度を見せていた少年が初めて追従する。
「それに関しては俺もオッサンと同じだ。七回しかやってないけど、もう分かったよな? もっともらしい理由を並べて追放するけど、全部外れて、誰もまともに推理なんて出来やしねぇの。だから、もう、運ゲーなんだよ」
お姉さんがウンウンと頷く。
「もうさ、顔を触っただけで怪しいとか、そういうので追放するのもやめようよ。心理学がどうたらこうたらって、結局間違ってたでしょ」
フェミニンも愚痴る。
「僕だって、違うんだから否定はするよ、違うんだから。でも否定の仕方まで否定されたら、じゃあ、どうすれば良かったの? 『市民』なのに追放されたんだよ?」
地味子が伏し目がちな態度で謝る。
「ごめんなさい。でも、誰かに投票しないといけないルールだから」
少女が画面に映った全員の顔を見ながら、誰にともなく尋ねる。
「だったら市民チームになった時、どうやって勝てばいいの? 『占い師』が黙ってたら勝てないよね?」
オッサンがニヤニヤする。
「じゃあ嬢ちゃんが『占い師』になったら名乗り出るか?」
それには答えない少女であった。
「戦略に関する話は、もう止めた方がいい」
マジメの一言で話題が打ち切られたが、練習が始まってからコドモは一度も口を開くことはなかったのだった。