12 自己紹介
九人の犯罪者が北海道のラブホテルに集められて、それぞれ部屋に監禁された状態で殺し合いゲームをするところだが、全員がソファに座って、目の前のテーブルにあるノートパソコンのモニターを見つめていた。
画面の中には縦横三ずつ九分割された窓があり、そこに老若男女九人の顔が映し出されているのだった。その横には別窓でゲームマスターである狼男も映し出されていたが、自己紹介はプレイヤーに任せているようである。
「おいおい、子供もいるのかよ」
「しかも三人もいるぞ」
「高校生だよな?」
「いや、中学生かもしれないぞ」
「犯罪って、何したんだ?」
大人組の数名が一斉に喋り出したが、そこで全員が一旦黙り込むのだった。子供組の方はというと、自分たちが話題に上っているというのに、別のことを考えている様子だった。そこで思い出したかのようにゲームマスターが口を開く。
「そうだ、始めにお前たちに伝えておくべきだったな。どうして自分が犯罪者なんだと、どうにも納得していない者もいたから、ここで九つの罪名を発表しておこう」
何人かの顔に緊張が走った。
「とはいえ、どれだけ生き残るか分からないゲームだ。だから実名だけは伏せてやろう。試合後のトラブルは勘弁してもらいたいからな」
それを聞いて、あからさまに安堵する者がいたのだった。
「モニターに並んでいる順番通りに発表するわけじゃないから安心してくれ。いいか? 一気に言うぞ。強盗殺人、中学生を強姦、ホームレス殺害、高校生監禁殺人、自殺教唆、毒殺、女児強姦致死、詐欺被害の老女を殺害、そして幼児の虐待死の以上だが、全員が同じように命を奪った者同士だから、ゲームくらいは仲良くやってくれ」
嘘をつき続けて生きてきたせいか、誰一人として表情を変える者はいないのだった。それどころか自分はそこに含まれていないかのような立ち振る舞いであった。
「それでは自己紹介の続きをやってもらおう」
最初に口を開いたのは、きれいな白いシャツをラフに着こなす三十歳くらいの男だった。柔和な表情をしており、短髪が似合う好青年で、老若男女を問わず好かれる爽やかなリーダータイプである。
「自己紹介といっても、本名を名乗ることはないし、かといって仮名を考えたところで覚えるのも大変だ。しかし人狼ゲームには投票があって、投票先の名前を間違えるわけにもいかない。だから全員で覚えやすい渾名で呼び合うというのはどうだろう?」
それに反応したのは、一人で平均年齢を上げている五十歳くらいの男だった。ゴルフに行くようなポロシャツを着た中年太りのオッサンで、五分刈りの頭は不自然に黒く、鼻の下だけ似合わない口ひげを生やしているのだった。
「いいんじゃないか? 名前で呼び合っても、誰が誰だか分からなくなるからな。見たところ俺が一番の年長者のようだが、渾名なら『さん』付けもいらねぇや。適当に、何か、呼びやすいように呼んでくれや」
そこで若い声が飛ぶ。
「オッサン」
「あん?」
「見たまんまだよ」
生意気な口を利く少年にオッサンが睨みを利かせるが、怯むことはなかった。いわゆる体育会系で、恵まれた体格をしており、思春期特有の万能感を持っているので自信満々といったオーラを放っているのである。好きなバンドのライブTシャツを着ている、お金を持ってそうな高校生くらいの男だ。
「まぁ、いいか、仲良くしても仕方ないからな」
「そういうこと」
オッサンは気に食わない様子だったが、この場では矛を収めるのだった。二人の会話が終わったのを見届けてから、提案者が少年に尋ねる。
「じゃあ、俺は?」
「司会者か、リーダー」
「ハハッ、だったら『リーダー』がいいな」
これで二人目の渾名が決まった。
「じゃあ、君は『少年』でいいんじゃないか? 見たところ、十代の男は君だけだし」
「別にいいけど」
リーダーの命名で三人目の渾名が決まった。
「じゃあ、そこの可愛い嬢ちゃんは『少女』だな」
「きもっ」
軽蔑した目でカメラを睨むのは、ピアスをした高校生くらいの女だった。気が強そうな態度を見せるが、次の瞬間にはオドオドした様子を見せ、おもしろくなさそうな顔をするのである。肩まで伸ばした髪を染めているが、染め方が安っぽいので「汚い茶髪」と揶揄される色合いになっていた。また、ダボッとした長袖のTシャツもオシャレなものではなかった。
「でも、わかりやすいから『少女』でいいんじゃないか?」
「勝手に呼べば」
リーダーにも素っ気ない態度を取ったが、これで四人目の渾名が決まった。
「じゃあ、私は?」
カメラに向かって手を振ってアピールしているのは、四十歳くらいの女だった。
「オバサン」
「え? ひどくない?」
少年に合わせて高い声を使って若作りしているが、その行為がオバサンそのものだった。
「オバサンはいや」
それに対して少年は何も言わなかったので、リーダーが仕方ないといった感じで提案してみる。
「じゃあ、『お姉さん』にしましょうか」
「じゃあって、なに?」
「ああ、すいません」
「イケメンだから許してあげる」
五人目の渾名が決まったお姉さんは、色気のある艶を感じさせる女だ。長く伸ばした髪の毛の手入れもしっかりしており、Vネックのリブニットを着ることで強調された身体のラインはとても美しかった。派手さを抑えているけど、色んなところにお金を掛けている感じであった。
「じゃあ、僕は?」
「え? 男なの?」
リーダーが驚くのも無理はなかった。どこをどう見ても二十歳くらいの女にしか見えなかったからである。
「女だよ」
「え? どっち?」
「さぁ? どっちでしょう?」
リーダーが声で判断する。
「女かな?」
「じゃあ、女ということで」
そう言われても、確信が持てない様子だった。
「渾名はどうしようか?」
リーダーの問い掛けにオッサンが答える。
「オカマでいいだろう」
「いや」
当人が却下した。
「フェミ男くんっていうのはどう?」
「いや」
お姉さんの古いセンスも却下した。
「女の子っぽいっていうことで、『フェミニン』っていうのは?」
「いいね!」
リーダーの案を採用したのは、ゴスロリを可愛く着こなす女? だった。年齢は不詳だが、少女の年齢ではなさそうである。シルバーに染めた髪を巻いて、夏なのに手袋までしており、心の底からファッションを愛している感じであった。
「残り三人ですが、どうしましょうか?」
リーダーの問い掛けに答えたのはオッサンだ。
「俺がまとめて命名してやろうか?」
誰も了承していないのに話を進める。
「そこの子供は子供だから『コドモ』、そっちの真面目そうな男は『マジメ』、こっちの地味なのは地味だから『地味子』と、これでいいだろう」
リーダーが異議を唱える。
「地味子じゃ失礼でしょう」
「いいですよ、改名するわけじゃないので」
表情を変えることなく、か細い声で了承したのは、どこにでもいそうな顔をした二十五歳くらいの女だった。強いていうなら薄幸顔だが、肩に掛からないストレートの黒髪や、地味なカーディガンも含めて、目立たない人物であった。
コドモと命名された人物も、大人しい女だった。自分が話題になっているのに、まるで他人事みたいで、会話に参加しようとしないのである。服装も子供が着るキャラ物のTシャツだし、まるでショートカットの中学生が会議に参加している感じであった。
マジメと命名された三十五歳くらいの男は、同じ無口でも二人とは違う感じだった。メガネの奥の眼光は鋭く、観察を怠らず、すでにゲームを戦っているような、そんな知略が見えるのである。ノータイだがスーツを着ており、一人だけ刑事が紛れ込んでいるみたいだった。
「他の二人も大丈夫ですか?」
リーダーの問い掛けにマジメが答える。
「構いませんよ」
コドモは頷いただけであった。
「それでは早速ですが、練習してみましょうか」
こうしてリーダー、オッサン、少年、少女、お姉さん、フェミニン、地味子、コドモ、マジメの九人でリアル人狼ゲームの本番に向けた練習を始めるのだった。