9.所持金は如何ほど?
迎えに来てくれた職員さんと共にギルドへ戻ると、裏口から案内される。そして、体重計のような四角い銀板に乗るよう指示された。登録に体重が必要だなんて思わなかった。知っていたら朝食をお腹いっぱい食べなかったのに……。
それが終わると、トワイフルちゃんの涎を綺麗に洗い落としたマハロさんと共に、個室へと案内される。
もしかして、騒ぎの中心に居たからギルドに警戒されている? そうじゃなきゃ、登録もしていない私が立派な部屋に案内される理由が思い付かない。う~、偉い人からお説教されたら嫌だな……。
「――マハロさん、お待たせしました」
「いや、こちらこそ悪いな。急な頼みを引き受けてくれて感謝している、ナルキさん」
「いえいえ。マハロさんの頼みとあらば、いつでもお受けしますよ。こちらがお連れ様のギルドカードとなります。ご確認下さい」
な~んだ、マハロさんに対しての待遇だったんだ。早合点しちゃったと内心で舌を出しながら、銀色でひんやりとした名刺サイズの板を両手で受け取る。
こんなに早く貰えたのは嬉しいけど、疑問も合わせて浮かぶ。私は必要事項を記入していないのだ。ゲーム内では面倒な記入は省略されるのかな?
「不思議そうにされていますね。先程お乗り頂いた30センチ位の銀板で、お菊さんのステータスなどの情報を読み取ったのですよ」
「あれって体重計じゃなかったんですね! あ~、良かった……」
「はははっ、食いつく所はそこなのか?」
クスクスと笑う二人に心の中で言い訳をする。だって、ギルドカードに明記されていたら大変じゃないですか! 「意外と体重あるんだね~」とか言われたら、ショックでリボーンしてしまいそうだ。
私の拗ねた表情に気付いたのか、マハロさんが笑いを押し込めて片手を上げる。
「すまん、すまん、女性は特に気になるものだよな。それはそうと、所持金は大丈夫か? マイナスになっていないか?」
「マイナス、ですか? 初回限定の特典で10万タム貰った筈ですけど」
普通は5000タム貰えるらしい。1タム=1円なので、今の私、お金持ち!
「へぇ、そうなのか。聞いといて何だが、その事は内緒にしておけ。世の中には悪い奴も居るからな」
ふふっ。マハロさんてば、お父さんみたい。本当、良い人と出会えたよね。もしかして、運の数値が良いお蔭だったりして?
「はい。ご心配頂き、ありがとうございます。でも、なんでマイナスになるって思ったんですか?」
「それは私がお答え致しましょう。お菊さんは初心者講習をまだ受けていませんでしたね?」
銀髪をオールバックにし、片眼鏡を掛けた素敵なおじさまが申し出てくれる。ギルドカードをくれたこの方は講習を担当する人だったのかな?
「良かったな、お菊。ギルド長が直々に講義してくれるなんて滅多にない事だぞ」
「長という事は、ここで一番偉い方ですか?」
社長みたいな感じかな? ギルド長なんて聞き慣れないから、ピンと来ない。
「ははは。一番であり、一番でないとも言えます。私は商業ギルドのギルド長をしています。この建物内には、他にもギルド長が何人も居ますからね」
商業? 登録しないのになんでだろうと不思議に思いながらも頷く。
「そうなんですか~。……ん? そんな凄い方とお知り合いという事は、マハロさんも偉い人ですか?」
「んー、会長だから偉いと言えるんじゃないか? 仕事柄、付き合いがあるんだよ」
そう言えば、商会をしているって言っていた。ご自分の名前を冠しているのだから、会長に決まっているよね。あっ、だから一番繋がりの深い商業のギルド長さんを呼んでくれたのかも!
「何を売っているんですか?」
「テイムしたモンスター用のご飯が主力商品だな」
「ご飯! そっか、モンスターもご飯を食べるんですね!」
「ああ。お菊はテイマーだから、贔屓にしてくれると嬉しいぞ」
「勿論です! でも、テイム出来るかなぁ。リボーンしてばっかりなんですよね……」
ずーんと凹んでいると、ギルド長が頷く。
「そう、先程の答えはリボーンです。リボーンする度に、ペナルティとして1000タム所持金が減ります」
「へぇ、所持金が減るんで…………ん? 減、る……って、えーーーっ⁉」
私、何回リボーンしたっけ⁉ ええと、確かトワイフルちゃんが二回、人にぶつかられたのが二回、お尻で階段落ちが一回だから、計5回だ。ひゃっ! 普通なら所持金ゼロになっているじゃない!
隣で同じように指折り数えていたマハロさんが確認してくる。
「残は95000で合っているか?」
「はい、その筈なんですけど……」
「ですけど?」
何で確認しないんだと不思議そうに見返される。はぁ、しょうがない。ここは恥を忍んで聞くしかない。
「えーと、そのですね? どうやって確認すればいいんでしょうか?」
「あ……。そうだよな、『ステータスオープン』って言うとか知らないよな……」
申し訳なく思いながら頷くと、マハロさんが「頼む」と声を掛ける。すると、ギルド長さんがにっこりと笑って、片眼鏡をクイッと上げる。わぁ、様になってる! ちょっとときめいてしまったのは内緒だ。
「では、講習といきましょうか。マハロさんの仰った『ステータスオープン』は、声に出すも良し、頭の中で唱えても良いのですが、慣れるまでは誤作動しがちです」
それを聞いた途端に、切れそうな電球のように白っぽい光が目の前で瞬く。何だろう? と目を擦っているとお二人がニヤッと笑う。
「それが誤作動です。聞いた事を頭の中で反芻しただけでも開いたりします。きちんと『ステータスオープン』だけを頭の中に思い浮かべなくてはなりません」
雑念が多過ぎて出来る気がしないなと考えていると、大丈夫という感じで頷かれる。
「頭に思い浮かべてというのは苦手な方も多いですから、もう一つの方法をお教えしますね。目の前の空間を二回ノックして下さい」
「二回ですか?」
扉を想像して、コンコンと叩く。「失礼しまーす、お菊です」っていう感じ? ステータスを見せて下さいな~。
「――うわっ⁉ 目の前に色々と出て来ましたよ!」
「ははは、良い反応ですね。それが操作画面です。左側に項目がずらりと並んでいると思いますが、その中の『設定』をタッチして下さい」
言われた通りに指で触れると、また項目が並んでいる。うわぁ、私、覚えられるかな? 不安になってきた……。
「そんなに難しい顔で空中を見るな。そんなもんは慣れだ、慣れ。自然と身に着く」
「マハロさん……。そうですよね、繰り返しやってみます!」
「その意気です。次は項目の中から『開示』を選んで下さい」
はいはーい、『開示』っと。あ、画面が変わった。
「『YES』か『NO』を選ぶ画面が出ましたか?」
「はい! ――えーと、『他者への開示』を『YES』にすれば良いですか?」
「はい、そうです。詳細を選べば見せたくない所を隠す事も出来ます。出来ましたら、右上のバツ印でいらない画面を消して最初の画面に戻り、ステータスという項目に触れて下さいね」
見られて困るようなものはないので、すぐにステータスを開く。
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お菊
LV1
HP:2 MP:38
攻撃力:21 魔力:20
防御力:16 魔法防御:23
スピード:57 命中:103
回避:7 運:80
_____________________
所持金:
101000タム
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「――あれ? 増えてる……」
「そう、だな。お菊、下にスクロールしてくれ」
「はい」
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SA:
テイム100
_____________________
称号:
『君にエールを……』 ~君のシリーズ~
『君、ゲーム止めないでね?』 ~君のシリーズ~
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「おや。お菊さん、ここへ来たばかりで称号を二つもお持ちとは凄いですね」
ギルド長さんが褒めてくれたけど、身に覚えが無い。お金が増えた事といい、ゲームって不思議な事が起きるなぁ。
「称号って何ですか? 誰かに貰う物なんでしょうか?」
マハロさんに尋ねてみたけど、びっくりした顔で画面を見つめたままだ。
「マハロさん?」
「ん? あ、ああ、すまない。二つもあってびっくりしただけだ。タッチすると説明が出るから見てみるといい」
じゃあ、上から順に見てみよう。ポチッと。
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『君にエールを……』 ~君のシリーズ~
獲得条件:
ゲーム開始(初プレイのみ、キャラメイクの時間は含まず)から1時間以内にモンスターの攻撃以外で死に戻ったプレイヤーに贈られる。
効果・プレゼント:
1000タム、小回復薬×5。
◇パーティーの中で最もHPが高いメンバーの10%の数値がHPに加算される。ただし、ソロの時は効果なし。
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『……』が、きちんとこちらの状況と気持ちを分かってくれている気がする。考えてくれた人、ありがとうございます。応援に涙が出そうです……。
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『君、ゲーム止めないでね?』 ~君のシリーズ~
獲得条件:
ゲーム内時間で一日以内に、モンスターの攻撃以外で5回死に戻ったプレイヤーに贈られる。
※わざと死に戻るのはカウントしないよ!
効果・プレゼント:
5000タム、中回復薬×5。
◇パーティーの中で最もHPが高いメンバーの20%の数値がHPに加算される。ただし、ソロの時は効果なし。
※『君のシリーズ』の効果は重複せず、上位が適用される。
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良く分かっていらっしゃる。戦闘すらしていないのに5回ともなると、心が折れそうになる。周りに居た人たちもヒソヒソと話していて居心地悪いしね。
お菊ちゃん、いきなり称号を二つもゲットです。どちらも切ない獲得条件ですが、お金が増えたので良し!
お読み頂きありがとうございました。