8.トワイフルの躾 ~マハロ(内藤)視点~
戻ると物音一つせず、幾人かは床に転がっている。だが、全ての者が何もない床の一点を見つめている。嫌な予感がしてお菊を探す。どこだ? どこに居る?
焦る気持ちを宥めながら、すぐ側で呆然としているプレイヤーの肩を軽く揺さ振り、こちらに注意を向けさせる。
「なぁ、ウサギ獣人の女の子を見なかったか? この辺りに立っていたと思うんだが」
「あ、ああ、それならさっき――」
「マジかよ?」、「信じられない……」などの声を背で聞きながら、舌打ちしてギルドを飛び出す。
☆= ☆= ☆=
「――お菊!」
とぼとぼと始まりの鐘の方から歩いて来たお菊を見付ける。
「マハロさん、すみません。何度も来て頂いて……」
「それはいい。喧嘩に巻き込まれたと聞いたが」
「はい。私、上手く避けられなくて。ゲーム内だけでも機敏に動きたいんですけど、元が私ですからね。はぁ~……」
やはりHPが2しかないのは痛いな。気の毒だが再作成を提案してみるか。
「その状態で時の旅人を続けるのかい? 諦めて違う道を進む事も一つの手だと思うよ」
俯けていた顔を上げたお菊は次の瞬間――、ふわりと花笑む。見惚れると共に、温かな幸せを分けて貰ったような心地になり、続く筈の言葉は喉の奥で消えてしまった。
「私は幸せ者ですね。HP2も悪くないですよ? だって、本気で私を大事に思ってくれる人と引き合わせてくれましたから。どんな事も全て良きことに変わるんです。あ、これはですね、おばあちゃんの口癖なんですけど、私の大好きな言葉でもあるんです。だから、もう少しこの道を進んでみようと思っているんです。きっと大丈夫ですよ。ふふっ、戻りましょう?」
語り過ぎたと思ったのか、少し恥ずかしそうに前を歩いて行くお菊を追い掛ける。
――ふむ、この子は面白いな。こんな状態なのに何かしでかしてくれそうだ。
そこへ、ドドドッと土煙を上げながら白い巨体がやって来る。
「ワオーン!」
「わっ、トワイフルちゃん⁉ 勢い良すぎ――」
またもやお菊が押し倒されて頭を打ち、天使と共に去って行く。受け身は取れないらしいな……。だが、今は置いておこう。先にやる事がある。息をスーッと大きく吸い――。
「こんの馬鹿犬がぁぁぁっ! 何度リボーンさせる気だ! 約束はどうした? 約束はーーーっ!」
飛び蹴りを放つとサッと避けて、姿勢を低くしながら俺を軽く睨んで来る。おうおう、やる気じゃねぇか。今日の躾は容赦しねぇぞ。
「ほほーん、反省の色がねぇなぁ。つーことで、今日は晩飯抜きだ! どうだ、参ったか? はーっはっはっは!」
「ワフ⁉ ワンワン、ワン!」
「ん、何かな? 俺は犬語が分からないんでねぇ。あぁ、明日の朝も抜きで良いと言っているのか? そうか、そうか。望み通りにしてやろう」
「キューン⁉ ワンワン、ワン~」
伏せをして涙目で懇願してくるトワイフルを、「ふふん」と見下ろしていると、お菊が戻って来た。
「ただいまです。あれ? トワイフルちゃん、ウルウルしてどうしたの? どこか痛い?」
「キューン、キューン」
トワイフルが憐れな声を上げて、お菊にすり寄る。味方に付ける気か? 誰がさせるか!
「躾をしている所だ。お菊もテイマーを選んだのなら覚えておくといい。甘やかすだけでは為にならない。時には厳しい対応も必要だ。なんせ、トワイフルは約束を破ったからな」
お菊の目が俺とトワイフルを行き来し、トワイフルを撫でていた手が躊躇いがちに外される。
「ワフッ⁉ キューン……」
「うっ、ごめんね、トワイフルちゃん。でも、マハロさんの言い分は正しいと思うの。約束は大事よ。分かるよね?」
優しく諭されたトワイフルが、きちんとお座りして頭を下げる。
「うん、ごめんなさいなのね。ちゃんと謝れて偉いね~」
お菊がニコニコと撫でるのを再開すると、トワイフルがごろりと腹を見せる。おいおい、こんな短い時間で懐いたのか⁉ 俺達Aチーム以外を全く寄せ付けなかった、孤高で気性の荒いこいつが?
そう、こいつはただの犬じゃない。今はこんなだが、俺達以外が近付くと威嚇をして殺気を溢れさせる獰猛な狼、フェンリル。預モン最強の番犬で、モンスター達もトワイフルには大人しく従う。なのに、あの姿――。
「やはり女好きだったか。嘆かわしい……」
「ワフッ⁉ ワンワン、ワワン!」
「こら、頭を甘噛みしようとするな! 怖いわ! ――ちょっ、だから、冗談だと言っているだろう! 静まれ、ワンワン!」
「ふふふ、仲良しですね」
「お菊、笑い事じゃない! 止めてくれ! うおーっ、牙が! 涎が!」
ギルドの職員が慌てて迎えに来てくれるまで、俺とトワイフルの低レベルな争いは続いた。
力関係はマハロが上なようでいて横並びです。トワイフルちゃん、ご主人だと思っていない可能性が……。
マハロさん、ご飯という切り札があって良かったね!
お読み頂きありがとうございました。