72.ロイヤルハニーベアー発見!
時告げの鐘によって波浪に着くと、木の柱と屋根だけの建物の下に、大人二人の腕でようやく抱えられる大きさの風鈴が、青い海をバックにまたもや支えなく宙に浮いている。ガラスには赤い金魚が優雅に泳ぎ、『波浪におこしやす』と書かれた短冊が下がっている。名前は『招涼の風鈴』というそうだ。
良い風が吹いているけど、チリンチリーンと鳴っているのは、周囲にある沢山の色とりどりの小さな風鈴ばかり。大きいのは特別な時しか鳴らないのかな?
五つの島からなる都市『陽揺』は橋で繋がっているので、徒歩で移動可能だ。招涼の風鈴は五つの中で一番小さい島の突端にある。
海の上には木の通路が張り巡らされて宿泊施設もあり、島内にはアジアンテイストな家が立ち並んでいる。ここは旅行雑誌で見たモルディブみたいだ。
「お菊、リボーンするとここに戻って来るからね。もし、はぐれちゃったら、ここで待っているんだよ」
潮風で一斉に翻る短冊に、キャッキャと喜ぶ亀きっちゃん達を微笑ましく眺めていると、ハデス君に言い聞かせられる。私が一番年上のお姉さんなのにと凹んでいると、ウインダムさんに笑われてしまう。
「いいじゃん、たまには面倒見て貰うのもさ。年下も頼られると嬉しいもんだよ」
「そういうものですか?」
「うん。あのさ、丁寧語じゃなくて気楽に話してよ。舟に乗るから付いて来て」
ロイヤルハニーベアーちゃんが居るアキプ島は、水上都市『陽揺』から船か生物で行けるらしい。一人200タムのチケットを買い、舟が沢山並ぶ桟橋に向かう。
「おっちゃん、乗せて」
「あいよ。テイムしたモンスターが一緒なら、落ちないように頼むよ」
「ああ。えっと、危ないからテイムボックスに入って貰っていいか?」
「フミュ……海、見たいミュ……」
「クー……」
シュンとしてしまった二匹を見て、ウインダムさんが困り顔になる。
「なら、僕が亀吉を抱っこするから、ウインダムはタケノコを抱っこしてよ」
「それなら私が――」
「「却下」」
むぅっと口を尖らせると、また二人が「危なっかしいから駄目」と口を揃えて言う。
「ははっ、嬢ちゃん諦めな。ほら、救命胴衣着ような。シートベルトも締めるんだぞ」
もうっ、おじさんまで子供扱いして! でも、泳げないから、ありがたく受け取ります……。
「お菊、ちゃんと手摺も握ってね」
「はーい」
心配だと目が語っているから、大人しく従っておこう。モーターボートって初めて乗るけど、そんなに揺れるのかしら?
「準備はいいみてぇだな。よっし、行くぞ~」
運転席におじさんが座ると、ブオォォーと重低音が響き、徐々に加速しながら海原を走り出す。動力は魔力だというから驚きだ。
私はおじさんの隣、ハデス君が真ん中、ウインダムさんが一番後ろの席だ。
「ミュ~♪ おじちゃん、もっと飛ばしてミュ~」
「クー♪」
「よっしゃ、任せな! おら、いくぜぇ!」
おじさんの足がアクセルをグッと踏み込むと、髪が風で吹き飛ばされて、おでこが露わになる。他の皆は笑い声を上げて楽しそうな様子だけど、私はあまり余裕がない。
舟が軽く跳ねるたびに私の鼓動も大きく跳ね、真横でも何かが跳ねた。
「キュー!」
「おっ、白イルカだぜ。こいつらは舟と競争するのが大好きなのさ」
「おじちゃん、スピードアップミュ!」
「よっしゃ、勝つぜ!」
「――いやぁぁぁっ⁉」
更なる加速に私は涙目で悲鳴を上げ、イルカと舟はデッドヒートを繰り広げながら、アキプ島を目掛けて疾走したのだった。
「うっ……」
「お菊、しっかり」
白くて綺麗な砂浜によろよろと座り込むと、ハデス君が背を撫でてくれる。一方、熱いレースに心躍らせたタケちゃん達は、もう一勝負いくかと恐ろしい相談をしている。皆さん、スピード狂なのね……。
回復するまで一戦眺め、満足した皆と合流する。
「楽しかったミュ~」
「クー!」
良かったね~と頭を撫でてあげながら、先頭を行くウインダムさんの背を追う。
シダ植物やヤシの木、ハイビスカスなどが咲いていて、熱帯雨林ってこんな感じなんだろうなと思う。設定を解除したら蒸し暑そうだ。
「お菊、僕の後ろに」
バナナないかなと呑気に歩いていた私は、ウインダムさんが剣を構えたので、慌ててハデス君の言う通りにする。
「どうする? 僕も加勢しようか?」
「いや、蛇一匹だから平気」
苦手なモンスターだから赤枠で示されている。……嘘、これ実物大位の筈だから、ドラム缶位の太さの蛇って事⁉
「お菊さん、あいつ毒の全体攻撃するから、そこで待ってて。安心して、すぐ倒すから」
一旦パーティーを解除したウインダムさんが、そう言って走り出すと、縦横無尽に剣を振るって赤枠を切り裂いていく。
「凄い速さだね。人間、だよね?」
「うん。中々良い動きしているね。これなら任せても大丈夫そうだ」
感心している間も動きは止まらない。アクションパックはこんな人間離れした動きが出来ないといけないのね。息も乱れていないとか、どれだけ鍛えているんだろう?
「はぁっ!」
止めなのか頭部のあたりを剣で刺し貫くと、赤枠が消えていく。
「お待たせ。経験値あげたかったんだけど、あいつ攻撃力あって危ないんだ」
「いいよ、気にしないで。連れて来て貰っただけで、ありがたいもん」
「そっか、良かった」
こんなにも優しくて良い人だし、普通に出会ってれば、ナダさんとも仲良くなれただろうに。巻き込んだ事が悔やまれる。
「ねぇ、気になっていたんだけど、お菊と君は戦闘方法が違うんでしょう? どちらかに合わせるの?」
そう言えばそうだ。私にあんな動きをしろと言われても困ってしまう。縦横無尽ほど、私に似合わない言葉はない。
「ああ、それならターン制優位だよ。俺がお菊さんの部屋で、相談しながら一緒に操作するんだ」
「へぇ、そうなんだ。その部屋には僕も行けるの?」
「パーティー組んでれば行けるよ。レベルいくつ?」
「僕は99だよ」
「じゃあ、俺が中間に居るから組めると思うよ。駄目でも注意くらいで、ペナルティとかは無いと思うし」
「そう。じゃあ、一回だけ一緒に行かせて貰うよ。前々から興味があったんだ」
そっか、私と組めなくても、そういう手があるんだ。取り敢えず、タケちゃんを一旦テイムボックスへ。よし、準備完了。
「うっし。じゃあ、行こうぜ」
複数や強い敵の時は、ウインダムさんが一人で戦うか避けて通り、弱いのが一匹だけの時はパーティーを組んでくれる。
私はHPも防御力もないので亀きっちゃんに乗せて貰っている。タケちゃんもここで戦うにはHPが心許ないので、防御に徹している事が多い。そんな状態でもレベルが上がるものだから、後ろめたい。ウインダムさんに何かお礼をしないとね。
「そろそろ休憩しようか」
「賛成。僕、おやつにカヌレ持って来たよ」
「私はクッキー持ってるよ。紅茶でいい?」
「うん。はい、お菊の分」
木の根元に座り、お礼を言って受け取ろうとしたら、手がぶつかってしまって、カヌレが転げ落ちる。
「あっ⁉」
「お菊、一人でセーフティゾーンを出ちゃ駄目だ!」
ハデス君の声より先に、水色に光る空間から出てしまった。でも、坂道をコロコロ転がるカヌレは目と鼻の先だ。すぐに戻れば大丈夫だよね?
スッと手が伸ばされ、カヌレが拾い上げられる。でも、私は目を見開いたまま反応出来ない。
「――はぐっ」
拾い上げた主は、そのままカヌレを口に運んでしまった。そこでようやく声が出た。
「あ、土が……」
チラッと私を見てから土をパパッと払うと、はぐはぐと夢中で食べている。
「お菊、居た! って、ロイヤルハニーベアーじゃないか!」
「そ、そうだよね? 本物? 本物かな⁉」
頬を抓ってみながら、ハデス君に確認してみる。
「うん! あれ、もしかしてSAの『手懐ける』を使った?」
「え? 私、取得してないよ」
確認してと言われて見てみると、確かに取得されている。呆然としていたから、お知らせ音を聞き逃したようだ。
「お菊さん! って、うぉっ、嘘だろ⁉ ロハベじゃねぇか! えぇっ⁉ ね、んぐっ、お菊さん、どれだけ引きが強いんだよ⁉」
私達がわぁわぁ騒いでいる間も黙々と食べていた熊さんが、スッと右手を差し出して来る。も、もしかして握手していいの⁉ と手を伸ばすと、さっとひっこめられ、首をブンブンと横に振られる。ガーン……ショック……。
じーっと私を見た後に、ウインダムさんが手に持ったままのカヌレに視線が移る。
「もしかして、これが欲しいのか?」
すると、はっきりと頷く。どうやら、この子の好物はカヌレのようだ。
「お菊さん、あげてみなよ」
「うん、ありがとう。はい、どうぞ」
両手で大事そうに受け取ると、脇目も振らずに走り去って行く。
「あ、待って! ロイヤルハニーベアーちゃん!」
せっかくの機会だったのに逃してしまうなんて……。悲しくて膝を抱えて蹲る。
「えっと、大丈夫だよ? SAの『手懐ける』を使ったんでしょう?」
「使った覚えが無いんだけど……」
ノロノロと顔を上げてウインダムさんを見上げると、膝を折って目線を合わせてくれる。
「モンスターの好物を一発で当てて相手が食べると、SAの『手懐ける』が自動取得されて、SAも発動するんだよ。だから、さっきのロイヤルハニーベアーはマーキングされていて、追い掛ける事が出来るよ」
「ほ、本当⁉ また会えるの⁉」
「うん。マップ開いてみてよ。星マークが移動しているでしょう?」
焦って変な所ばかり押してしまう指に四苦八苦しながら開くと、確かに星マークが動いている。
「あった! あるよ!」
「だろ? 一日二回あげられるから、今日はこれでおしまい。これから通ってカヌレをあげ続ければ仲間になってくれるよ。俺も付き合うから頼ってくれよな」
「うん!」
「きーちゃん、おめでとうミュ!」
「クー!」
「ありがとう! うぅ、嬉しい。念願のロイヤルハニーベアーちゃんだ……」
涙目になりながら二匹を抱き締めると、ハデス君が「おめでとう」と優しく頭を撫でてくれた。
ついに、ロハベが登場です。
お読み頂きありがとうございました。




