69.初恋 ~サム視点~
岩の後ろに隠れてしゃがみ込む。やばい、またリミッター外れてる。それに、心臓がバクバクとうるさい。
はぁー……。お菊ちゃん、お花みたいに甘くて良い匂いだったな……。って、俺の変態! うぁぁぁっ!
支える為とはいえ、女性の胸に触れてしまうなんて……。なんて謝ればいいんだろう?
――いや、待てよ。さっきの感じだと、お菊ちゃんは気付いていなかったっぽい。いやいや、駄目だ。してしまった事には責任取らないとな。
責任……。平手打ち? 膝蹴り? うーん、お菊ちゃんがそれをする所が想像出来ない。となると、パール伯爵にして貰――いや、死ぬ。あの世に行ってしまう。
責任……責任……。
「――結婚?」
言った途端に物凄い悪寒と共に、ナダさんの真っ黒い笑顔が脳裏に浮かぶ。ブルブルブル……。やばい、もっとやばい。あの人、何しでかすか分からない。
「考え直せ、俺。きっと、もっと良い案がある筈だ。うん」
そう言った途端、悪寒が霧散した。ナダさん、どっかで聞いているんじゃ……いや、考えるのは止めよう。精神衛生はとっても大事です。
「う~ん、お菊ちゃんが喜ぶ事って何だろう?」
「サムさんが側に居てくれればいいですよ」
「そっかー。なーんだ、簡単なこと、じゃ、ん?」
「はい」
あんれぇ? 笑顔のお菊ちゃんが目の前に居るよん??
「……うぉわぁっ⁉」
仰け反った俺の頭が岩にゴンッとぶち当たる。めっっっちゃ痛い! いや、それよりも! この子、いつから居たの⁉
「わっ、大丈夫ですか⁉ ――良かった、血は出ていないですよ」
慌ててお菊ちゃんが俺の頭を引き戻し、胸元に抱き締めるようにして確認してくれている。……やばい、鼻血が出る。待て、待ってくれ! そう、かさぶたの要領で堰き止めるんだ! 一秒でかさぶたを! 頑張れ、血小板!
阿呆な事を考えていると、腕が解かれて顔を覗き込まれる。
「サムさん? ぼーっとしてますけど大丈夫ですか? わっ、鼻血! パールさーん!」
ダバダバと出る鼻血が、お菊ちゃんが貸してくれたハンカチに吸い込まれていく。俺、超情けない……。
お菊ちゃん達が戦っている間に群れを探し、案内をするのが俺の役目。今は正直どうしたらいいか分からないので、離れている時間があって良かったなと思う。
時間が経ち、気持ちが落ち着くと共に鼻血も止まったみたいだから、パール伯爵に突っ込まれた鼻紙、今のうちにとっとこう……。
そんなこんなで、パンパカパーン! お菊ちゃんがLV7になったぞ、パチパチパチ~という事で、本日はこれにて解散。
「サムさん、魔法まで買って頂いて、今日はありがとうございました」
「どういたしまして。お菊ちゃんの役に少しでも立てたなら良かったよ」
「少し所じゃないですよ。とーっても助かりました。ねっ、皆」
「そうなのミュ~。ありがとミュ」
「クー、クー」
あぁ、可愛過ぎて眩しい。ゴリゴリ削られた心に沁みる。戦っていないのに疲れたなぁ……。
「たっだいま~」
「おっかえり~」
遊んで帰って来たトニーが、おすそ分けと友達に貰ったクッキーを持って俺の部屋に来てくれた。
「サム、疲れた顔してんね。お菊ちゃんのレベル上げ、推奨レベルが高い所に行ったの?」
「いんや、ツカ平原だよ」
「じゃあ、どうしたのさ?」
ソファに膝を抱えて座り、淹れてやったコーヒーにフーフーと息を吹き掛けながら、上目遣いで俺を見てくる。
「うーん……あのさ、リミッターって短い時間で何個も外れるもん?」
「ナダさんの話?」
「え? ナダさん?」
「あれ、違うの? ナダさんがそうなって、マハロさんにリミッター替わりの腕輪を貰ったんだってさ」
そうなのか、有り得ない話じゃないんだな。
「もしかして、サムも?」
「うん、まぁそう。俺さ、今日一気にLV5まで解放されちゃったんだよね」
「えっ⁉ 相手、誰さ? まさか」
「そのまさか。超報われないよなぁ。はぁ~……」
「うっそーん。サム、初恋じゃない?」
「そうだよ、初恋だよ。目を合わせられないんだよぉ~」
頭を抱えて唸る。時間が経って自覚する程に、やばさが増す。今なら横目でチラッと見るだけで息止まりそう。明日どうしよう……。
「くあ~、そう来たか。お菊ちゃん、罪深い子だねぇ~」
「いや、お菊ちゃんに罪は無いって。俺が勝手に好きになっただけだし」
「で、どうすんの? ナダさんに挑んじゃう?」
クッションを抱えて、ワクワクした顔で見て来るトニーにげんなりする。
「争うつもりなんて無いよ。俺が最初からナダさんを応援してんの知ってんでしょ」
「なんでさ~。お菊ちゃんはまだ誰のもんでもないでしょ。いいじゃん、いきなよ」
「他人事だと思って。職場でギスギスすんの嫌なんだよ」
トニーがプックーと頬を膨らませて睨んで来るけど、気付かないふりでクッキーを口に放り込む。
「しょっぱっ⁉」
「あ、やっぱり? それ、砂糖と塩を間違えてるよね~。あははは」
笑い事じゃないって。コーヒーをがぶ飲みしたけど、まだしょっぱい。
「これ口直しにどうぞ」
「これは美味いんだろうな?」
「そんなに疑わないでよ。それは確実に美味いって」
抹茶とプレーンで作られた市松模様の四角いクッキーは、程良い甘さと苦みがあり、サックリしていて美味い。
「これ美味いな。俺好みの味だよ」
「やっぱりね~。そうだと思ったよ」
「あれ? ステータスと口福度が上がった。何か嫌な予感が……」
「ふっふっふ。それね~、お菊ちゃんのて・づ・く・り♡」
「ぶはぁっ⁉」
トニーが「汚いなぁ、唾飛ばさないでよね~」と言いながらテーブルを拭くのを呆然と眺める。クッキーを全部飲み込んでいた自分を褒めてやりたい。こんな貴重な物、ひと欠片たりとも逃さん。
「いつ貰ったんだよ?」
「さっき寮の前でだよん。サムへのお礼に作ったから渡して欲しいって頼まれたんだよね~」
お菊ちゃん……。ああ、やばい! 胸がキュンとする。
「ほら、ときめいちゃって全然諦められないんでしょう。いっとけいっとけ」
「煽るなよ。……う~ん、やっぱさー、俺は友達でいるよ」
「ふ~ん。そんな泣きそうな顔で言っても説得力ないよ」
「うっさい。いいの! いいったらいいの!」
「じゃあ、俺、立候補しちゃおうかな~」
ふざけているのかと思ったら、トニーが真剣な顔をしていてびっくりする。嘘だろ? 本気じゃないよな? と焦りが浮かんでくる。
「ははっ、そっちの顔の方がいいって。諦めんのなんていつだって出来るっしょ。この自慢の弟トニーさんとサム自身だけでもさ、恋心を大事にしてあげたっていいじゃないの。ね?」
ニカッと笑うトニーに脱力する。弟よ、兄の本心を試したな。
「悪趣味だぞ」
「本心大事っしょ。んで、いつ告白しちゃうのよ?」
「だから、しないって。ナダさんの事だけで、あんなに混乱してるんだからさ。俺はさ、包み込んであげたいわけよ。お菊ちゃんが手を伸ばしてくれたら、必ずとれる位置に居たい。道化でもなんでもいいから笑わせてあげたい。俺にぴったりの役どころでしょ」
「愛だね~」
「そうだろう、兄弟。恋人とか友達とか名称なんてどうでもいいんだよ。お菊ちゃんが幸せを感じる場に、いつも居たいんだよ。……俺が側に居れば喜んでくれるみたいだしさ」
ただの見栄かもしれない。手を握って連れ去りたいと思う日が来るかもしれない。めっちゃ嫉妬する日もあるだろう。でもさ、悲しませるのだけは嫌なんだ。そうする位なら俺の恋心は手放す。お菊ちゃんの幸せが何より大事! いよっし、覚悟は決めた!
「お菊ちゃん、サムを好きになんないかな~」
俺のベッドで足をバタバタさせて寝転がるトニーに、「風呂行くぞ~」と声を掛けながら、俺もそんな幸せな未来が来ればいいのにと胸の内で願うのだった。
混乱して思考が大忙しのサムさんです。居なくても存在感のあるナダさんが凄い(笑)。
お読み頂きありがとうございました。




