68.パールさんの魔法講座
マップを広げて悩む。平日は4時間しか自由時間がないんだよね。
「どこでレベル上げしようかな」
「クー」
亀きっちゃんは迷わずキヨ滝を鼻タッチ。
「ごめんね、さっき鐘が鳴っちゃったから、他の国には行けないんだよ」
「クゥ⁉」
嘘ぉ⁉ という感じで目を瞠っている。終礼の後にすぐ行かないと駄目だから厳しいんだよね。ちょっと誰かと話したり、片付けに手間取ったら過ぎてしまう。
「バンブートレントが一番良いのは分かっているんだけどね~。リッシュの森かツカ平原にも居ないかな?」
「難しい顔してどうしたの? サムさんに言ってごらんなさい」
「レベル上げの為にキヨ滝に行こうと思っていたんですけど、鐘が鳴り終わっちゃって」
「ああ、そっか~。狙いはバンブートレント?」
「はい。経験値が多くて、ダメージをあまり受けずに倒せるので」
「ん~、バンブートレントみたいなモンスター……」
おでこに人差し指を当て、目を閉じて考え込んでいる。サムさんのこんな険しい顔は初めて見たかも。
「ピコーン! いいの居た! 火噴きエミュー!」
ピ、ピコーンって……。AIって閃くと言うのかしら?
「言いませんよ。このように頭に花が咲いている人は別ですが」
「うっさーい! 閃いたらピコーン! なの!」
「はいはい、お静かに。お菊さんは水属性の弾を沢山所持していますか?」
「ううん。二発しかないの」
ナダさんが魔法を入れてくれた弾は、ほとんど使い切ってしまった。これからは買うしかないかな。
「火噴きエミューを倒しに行くなら、先に魔法を覚えた方が効率的です。良かったら、お教えしましょう」
「やった~、嬉しい!」
「ふふふ、喜んで貰えて私も嬉しいです。それでは先に魔法を買いに行きましょうか」
「ちょっ、置いて行かないでよ~。俺も行くよぉ」
出遅れたサムさんが手を伸ばしていたので掴むと、驚いた顔をして停止してしまう。段々と顔が赤くなっていくので、痛かったのかな? と離そうとすると、慌てて私の手を掴まえて横に並び、嬉しそうにブンブン振って歩き出す。私は無邪気な姿に思わず笑い声を零し、待ってくれていたパールさんは、呆れ顔でやれやれと肩を竦めたのだった。
ギルドのすぐ近くにある魔法アイテム屋さん。今まで特に買う物がなかったので初めて入る。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。水の魔法LV1~3を下さい」
「はい。少々お待ち下さいね」
てっきり店内に品物が並べてあるのかと思っていたら、入って三歩ぐらいでカウンターに到着。パールさんが欲しい物を伝えると、店員さんは奥に取りに行っている。
カウンター内は棚が並び、ピンクや黄緑色などをした怪しげな液体が入ったビンが並べられている。陶器も多いようだから、割られないようにこういう形にしてあるのだろう。
初めての場所だからなのか、フンフンと匂いを嗅いでいた、タケちゃんと亀きっちゃんが、「くさい!」という感じで顔を歪めている。薬草の束や干物みたいなのがいっぱいあるから、鼻が良い二匹には辛いのだろう。だけど、また暫くするとフンフンしている。癖になる香りなのかしら?
「お待たせ致しました。こちらでお間違いありませんか?」
「はい、これでお願いします」
LV1が300、LV2が1000、LV3が3000。合わせて4300タムを払おうとしていると、さっとサムさんが支払いをしてしまう。
「ありがとうございました」
サムさんが本を抱え、私の背をそっと押すので、お金は後にして、そのまま店内を出る。狭いから他のお客さんの邪魔になってしまうものね。
「はい、お菊ちゃん」
「ありがとうございます。まごまごしていて、すみません。お金――」
「ああ、いいの、いいの。プレゼントさせて」
申し訳ないので、もう一度差し出しても、ニカッと笑って受け取ってくれない。
「受け取ってあげて下さい。お母様以外の女性に勇気を出して初めてのプレゼント――」
「なっ⁉ しーっ、だまらっしゃい!」
口を塞がれたパールさんは、すかさず杖でサムさんの手首をゴンと叩く。
「痛ったぁぁぁ⁉ 手加減して! 折れちゃうから!」
「そんなに柔でどうします。トワイフル君のように骨でも齧りなさい」
「歯が砕けちゃうから! もうっ、お黙りなさいっ! ンンッ、ゴホン。お菊ちゃん、気にしないで受け取って欲しいな~。ね? ね~?」
照れくさそうに頭を掻きながら、私を窺うサムさん。なんだか可愛らしいな。
「じゃあ、ありがたく頂きますね」
「うん! はぁ、良かった……」
緊張していたのか、ホッと息を吐いて前を歩き始める。さっき、頭を掻いていたので毛が跳ねている。撫でつければ直るかな?
「サムさん、ちょっと止まって屈んで下さい」
「うん?」
不思議そうにしながらも言った通りにしてくれるので、後頭部をナデナデ。
「お、お菊ちゃん⁉」
「まだ動いちゃ駄目ですよ。――はい、終わり」
サラサラの髪に指を何度か通せば綺麗に元通り。気付けば耳が髪のように赤くなっている。この体勢が辛かったのかな?
「初心ですね」
「うっさい! お口チャック!」
「お母様以外の女性では、これも初めて――」
「わぁぁぁっ⁉」
また口を塞いで杖で叩かれている。サムさん、慌てると同じ行動しちゃうのね。ふふっ、やっぱり可愛らしい。
目的のモンスターはツカ平原に居るそうなので、南の街道を行く。門が近いから、こちらにしたけど、ツカ平原は東の街道からでも行ける。
「俺も水魔法LV8だから教えてあげられるんだけど、パール伯爵に教わった方がお得なんだよね~」
サムさんの説明によると、水魔法をLV8まで覚えたNPCに教われば、武器の時のようにSAP0で水魔法のSAが取得されるそうだ。
「サムさんに教わった場合、LV1までしか取得されません。ですが、私のようにマジックマスターの称号を得た者に教わると、LV3まで取得されます」
「マスターになるにはどうするの?」
「全ての魔法を使えるようになると貰えますよ」
「パール伯爵は簡単そうに言うけど、転移魔法を覚えて使いこなすなんて普通は有り得ないって。世界を治める清白様達なら出来るかもしれないけどさ~」
転移魔法はサムさんの全MPを注いでも、うんともすんとも言わないぐらいに大量に消費するらしい。マスターの称号を得ている人なんて、片手で数えられるくらいしか居ないのかも。
エミューを探してツカ平原を歩く。他のモンスターが出ると、パールさんが一瞬で眠らせていく。
「居たよ~」
別れて探していたサムさんが戻って来る。案内されたそこには、大量の鳥が居た。
「火噴きエミューは羽が無いから、足が発達しているんだよ。んでもって、一番の特徴は名前の通り、頭から噴き出る火だね」
てっきり口から火を出すのかと思っていたけど、『吹き』じゃなくて『噴き』なのね。ヤシの木のように放射線状に噴き出ていて、なんだかちょっと笑いを誘う。
「魔法を教えると言っても難しい事は何もありません。少し離れて見ていて下さいね」
「グエグエグエーーーッ!」
パールさんがトコトコ歩いて行くと、火噴きエミューが一斉に向かって来る。でも、慌てず騒がずパールさんは杖を掲げる。
「消火」
その途端に水がゲリラ豪雨のように降り注ぎ、憐れ火噴きエミューの火は全て消えてしまった。
「このように頭の火が消えると戦意が無くなってショボンとしてしまいます。そこを一気に叩きます」
人生に絶望しましたぐらいに項垂れる、びしょ濡れの火噴きエミュー。気まずい私とサムさんは、そっと視線を逸らす。
「頭の火をそのままにすると、口からも火を吹くようになるので危険です。出会ったら、即消火が鉄則です。それと、もう一つ注意点としましては、一匹と戦い始めると、この集団全てが敵となり次々に襲って来ます。お菊さんはターン制なので、ひたすら仲間を呼ばれて連戦になるでしょう」
一集団30匹との事なので、HPがもつか心配だ。
「頭の火が消えると2ターン動かなくなるので、その間に弱点である水魔法で全体攻撃をします。行きなさい、水龍」
パールさんの杖から水で出来た龍の頭部が飛び出ると、ズゴーンと火噴きエミューを豪快に空に打ち上げている。ボテッと落ちて消えて行く様に、私とサムさんは、またそっと目を逸らす。
「このようにダメージを受けず、全て倒すとバンブートレントより少し上の経験値750が得られます。亀吉君も水魔法が使えますから、SAPを使用してLV2にしてしまいましょう。お二人共、似た様なMPですから、消火と全体攻撃に別れるといいかもしれませんね」
「僕、出番ないミュ……」
「大丈夫ですよ。あの集団の中にはHPが少し多い個体が居るのです。自慢の爪でバッサリやっておしまいなさい」
「分かったミュ~」
タケちゃんが元気を取り戻したので、パールさんの過激発言は聞かなかった事にしようと思う。あれ? サムさんが居ない。どこに行ったんだろう?
「呪文はなんでも構いません。まずは登録してしまいましょう。後で変更も出来ますから、取り敢えずで構いませんよ」
奇数が単体攻撃、偶数レベルが全体攻撃になるらしい。私は横文字が苦手だし、覚えやすく短いのがいいな。
「登録できましたか?」
「はい。『水1』、『水2』、『水3』にしました」
「クー、クー」
「そうですか、亀吉君も同じにしたのですね。シンプルで良いと思います」
「たっだいま~。火噴きエミュー見付けたよ」
サムさん、探しに行ってくれていたのね。お礼に後でお菓子を渡そう。
「ありがとうございます。行く前に、サムさん相手に練習しましょうかね」
「えっ、俺⁉ そこはパール伯爵がやりなよぉ」
「私は指導しないといけませんから。頑張って相殺して下さい」
「もう、分かったよぉ。威力が大き過ぎたらフォローしてよね。お菊ちゃん、撃って来ていいよ。LV1からお願いね」
「はーい」
衝撃に耐えられるように足を開き、掌を相手に向けるだっけ。合ってる? とパールさんを見ると、ニッコリ笑ってくれる。
「では、お菊さんの魔力を私が操りますね」
「サムさん、いきますよー」
パールさんが私に杖を向けて「水1」と唱えると、体がフワッと暖かくなり、手からバスケットボール大の水球が飛び出て、衝撃で後ろによろける。でも、すかさす大きくなったタケちゃんが支えてくれた。わぁ、フワフワ毛並み……。
「砂かけお兄さん!」
はい? と思っている間に、サムさんが出した砂嵐を球体にしたようなボールが、水を全て吸収して地にボトボトと落ちていく。
「ふい~、成功」
達成感に浸るサムさんをジッと見つめる。
「ん? どうかした?」
「あの、さっきの名前は?」
「あれ? 砂かけ婆って知らない? 俺はお婆さんじゃないから、お兄さんにしてみました!」
妖怪が好きなのかな? こういう名前でも遊んでるって、サムさんらしいよね。
「上手く相殺出来ましたね。次はLV2です」
「いきまーす。きゃっ⁉」
LV2はバランスボール大の水球の衝撃で1メートル位後方に体が吹き飛ばされ、今度はモスッと亀きっちゃんのフカフカボディが受け止めてくれた。
「かまいたち!」
サムさんの風魔法が水を切り裂いて吹き飛ばす。
「あー、ちょっと濡れちゃった。うん、でも上出来でしょう」
「まぁ、サムさんですからね」
「きぃーっ! 何さっ、その言い草!」
パールさんに揶揄われているサムさんの髪についた水滴をハンカチで拭う。
「わっ⁉ あ、ありがとう。SA使わないと、やっぱり衝撃が大きいんだね。あんなに吹き飛ばされるとは思わなかったよ」
「私もびっくりしました。でも、亀きっちゃんのお蔭で怪我せずに済みましたよ」
「危険ですから、LV3は私が相殺します。サムさんはお菊さんを支えて下さい」
「OK。いつでもいいよ」
更に亀きっちゃんがサムさんの後方に居てくれるから安心だ。
「水3――吸い込め」
パールさんが唱えると、消防の放水のように掌から水が出て、暗い穴に吸い込まれて行く。それが見られたのは、サムさんが肩と腰に腕を回してガッチリ受け止めてくれたからだ。細身なのに、こんなに力強いんだと感心してしまう。
「凄い衝撃だったでしょう」
「うん。ガルーダスターの加速した時みたいで、びっくりしちゃった」
パールさんに答えた所で、お知らせ音が鳴る。
「SAを取得出来たようですね。サムさん、もう離してもいいですよ」
「りょうかーい。って、うわっ⁉ ごっ、ごめん!」
飛び退ったサムさんが急にガバッと頭を下げて、びっくりする。
「何で謝るんですか? 支えてくれてありがとうございます」
「いや、だって、俺、今――」
サムさんが手をワナワナと震わせている。どうしたんだろう? 手を痛めちゃったのかな?
「あぁ、そういう事ですか。お菊さんの胸部に腕が載っていましたからね」
「うわぁぁぁっ⁉」
赤い顔を更に赤くしてサムさんが走って行ってしまう。パールさんの言葉にサムさんの叫びが重なったから、何を言ったかさっぱり分からない。
「サムさん⁉」
「暫くすれば帰ってきますよ。彼はとても純情ですから」
純情が関係あるの? 亀きっちゃんとタケちゃんも私と一緒に首を傾げるのだった。
お菊ちゃんが魔法を使えるようになりました~。マイペースにゆっくり強くなっていきますよ~。
お読み頂きありがとうございました。




