64.ナダさんの怒り
森羅には全部で五つの都市がある。遊楽は真ん中にあり、東西南北へ同じ長さだけ伸びる街道で他へと繋がっている。都市は畑で囲まれて長閑な雰囲気だけど、少し足を伸ばせば、モンスターの居るエリアが広がる。
今回行くのは、北にある輝石という都市だ。小人が多く、鉱業や武具・防具などの製造が盛んとの事だ。
「北の街道は、マンドラゴラの居る『リッシュの森』と『タテフ洞窟』という推奨LV15のフィールドに挟まれている。時間があれば、ここを行くんだけど、今日は転移陣を使おう」
都市と街道を区切る門の脇に転移陣はある。てっきり、地面に描かれているのかと思っていたけれど、形状は渾天儀またはアーミラリ天球儀と言われる、天体の位置を測定するものと似ている。
輪っかの代わりに魔法陣が組み合わさっているそれは、ナダさんの腰の位置ぐらいの高さがあり、淡い光を発している。使用料は片道一人50タム。フィールドの入口に行ければ便利だなと思うけど、都市間の移動しか出来ない。
係をしているのは、黒色の小さな羽根で飛ぶ白猫さん。首には黒のがま口財布を下げている。身長は25cmくらいかな。ぽっこりとしたお腹がキュートです。
「どちらまで行かれますニャ?」
「輝石までお願いします」
「あいニャ。お二人ニャ?」
「はい」
「100タムになりますニャ」
ピンクの肉球が可愛い手にお金を載せる。差し出された両手は短い。どこかで見たフォルム……。がま口に大事そうにお金を入れる姿にほっこりしながら考える。そうだ、思い出した! 立ち上がったマンチカンだ。
「転移陣に手を翳して下さいニャ」
手を翳すと、空いている方の手をナダさんが握る。転移陣もはぐれないように手を繋いだ方がいいのね。
「準備はいいですニャ? 行ってらっしゃいませニャ!」
振り下ろされた猫さんの手から、ピンクに光る肉球マークが飛び出て転移陣にぶつかると、眩い光が弾けた。
閉じていた目を開けると、可愛い声が迎えてくれる。
「輝石にようこそですニャ!」
さっきの猫さんと姿形がそっくり。でも、がま口財布が黒地に白の水玉だ。
「カップルさん、お手々繋いで仲良しニャ。デート楽しんで来てニャ~」
「カ、カップル⁉」
「ありがとう。楽しんで来るよ」
動揺する私の手を引いて、ナダさんが機嫌良さげに歩き出す。
「ナダさん⁉ もしかして、手を繋がなくても、はぐれなかったんじゃないですか⁉」
「う~ん、そうだったかな?」
真面目な顔をしようとしているけど、笑みを隠し切れていない。
「もうっ、やっぱり! 今度、ナダさんが別の女性と手を繋いで来たら、『浮気ニャ⁉』って更に誤解されちゃうんですよ。恋人関係にビシッとヒビが入ったら嫌でしょう!」
聞いていたナダさんから、楽し気な雰囲気が消え去り、手を掴む力が僅かに増す。歩く速度も少し上り、誰も居ない道へと曲がる。
「――お菊ちゃん」
低い声がしたと思ったら視界が回転し、壁を背にした私をナダさんの両腕が囲っていた。
「悪気がないのも、本気で心配してくれているのも分かっているよ。だけどね、俺も腹が立つんだよ」
間近に寄せられた鋭い瞳に息を呑む。どうしよう……私、何をしちゃったの?
「俺が手を繋ぐのも、恋をするのも、お菊ちゃん唯一人だ。別の女性なんて眼中に無い。まだ親しみしか抱けないのは分かってる。でもね、お願いだから、君の口から、そんな事を言わないで」
怒りで染まっていた目に、悲しみが混じる。こんな目をさせたかったんじゃない。私が正しいと、そうあるべきだと思う未来が、この人を傷付けてしまった。
「ごめんなさい。私――」
「おいっ、何してんだよ! 離しやがれっ!」
殴り掛かられたナダさんが避けた事で、囲いが消える。
「大丈夫か⁉ 酷い事されてないか?」
現れた男性プレイヤーが私を背に庇って立つ。違う。してしまったのは私だ。
「誤解だよ。俺は暴力をふるっている訳でもないし、脅してもいない。意見がぶつかって話し合っていただけだよ」
「あんな体勢じゃ脅しているのと一緒だろ! 泣かせてんじゃねぇよ!」
声を出したらボロボロ泣いてしまいそうなので、違うと涙目で首を横に振る。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえているよ。もう少し冷静になってくれるかな。彼女と俺は職場の同僚で買い物の途中。疑わしいと思うなら、彼女に確認して」
「ほ、本当、です」
堪えているので声が震えてしまう。嘘だと思われちゃうかな……。
「ね、んぐっ、でも!」
怒りでなのか声を詰まらせた男性は、やはり信じられないという顔をしている。
「――冷静な話し合いが出来ないご様子。AIエイトが間に入らせて頂きます」
淡々と、確かに私とナダさんは同僚だという事、私の脳内物質の分泌の履歴や監視AIの報告からも、ナダさんの証言に嘘は無い事が語られていく。
「以上となります。ご理解頂けましたでしょうか?」
「……ああ。でも、謝罪するつもりはない」
「いいよ。誤解を受ける様な行動だったのは確かだ。悪かったね」
「くそっ、余裕ぶりやがって!」
男性は小声で苛立たしそうに何か言って、ナダさんを睨み付ける。理解はしても、苛立ちはすぐに消えないよね。
「巻き込んで、ごめんなさい」
「いいよ、気にしないで。……えっと、じゃあな」
照れたような笑みを見せて去って行く。本当にすみません。
「――ナダさん、少しよろしいですか?」
「何だ?」
「私の個人的意見ですが、お二人は恋仲でもなく、同僚と友達の間ぐらいの関係。そして、あなたの周りには、常に女性が集まっている。恋人だったとしても不安になる状況ですね。今は好意を持ってくれていても、人は心変わりをする」
「俺はしない」
「あなたを知り始めたばかりで友達未満なのですよ? それに加えて、お菊さんは自分自身への認識を改める、スタートラインについたばかりなのですよ? 現段階で、その言葉が通用すると本気で思っているのですか? 私は、お菊さんのあの発言は、出るべくして出たものだと思いますがね」
私がうまく言葉に出来ない事や、もやもやしていた事も全部言ってくれた。AIって凄いな。私より、よっぽど心の機微が分かっている。
「後はお二人できちんと話し合って下さい」
「エイトさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。それでは」
顎をつまんで俯き、無言で考えているナダさん。隣に行き、言葉を待つ。
「――あのさ、俺への信用って例えると、どんな感じ?」
抽象的な質問だな。「俺の事が、そんなに信用できないの?」をオブラートに包んだのかな?
「私がピンチの時は、必ず助けてくれるって思っていますよ」
「うん? それって、かなり信用されているよね。じゃあ、質問変える。俺って、そんなに浮気しそうな感じがするの?」
「いいえ。ナダさんは格好良くて、優しくて強いし、頭は良いし、ふぁっ⁉」
突然、口を大きな手の平で塞がれて、びっくりだ。
「ご、ごめん、続けて」
隣に戻ったナダさんを見ると、手で顔を覆っている。耳が赤いから、もしかして照れてる? って、そんな訳ないか。言われ慣れているよね。
「えっと、とにかくですね、とーっても素敵な男性で、とびっきり幸せになるべき人だと思っています!」
拳を握って熱弁してしまった。でも、反応が無い。引かれちゃったのかなと見上げると、目が手で覆われてしまう。
「ちょっとの間、見ないで。……もう、本当にこの子は、俺をどうしたいんだ……」
何か呟いているので、余計に気になる。
「また、腹が立つ事を言っちゃいましたか?」
「ううん、違うよ。見るに堪える顔になるまで待ってね」
んん? 変顔でもしない限り、恰好良いと思うけどな。一体、どんな表情なんだろう?
「――お待たせ。えーと、別の女性が恋人にって言っていたのは、エイトの言う通りなの?」
「はい。ナダさんが問題というよりも、自分に自信がないんです。世の中には素敵な女性が溢れているので、私はないなぁって。もし、奇跡的にお付き合いにまで至っても、すぐに振られちゃうだろうなぁって、ネガティブな未来が、これでもかーって頭に浮かぶんです。これまでの現実が、あまりにもそれを立証している気がして……」
言っていて、ズーンと落ち込む。こんな面倒な私ですみません……。
「成程。他の女性の事を言い始めたら、お菊ちゃんが自信を失っているサインって事だね。さっきは怒ってごめんね」
なんて優しい解釈をしてくれる人だろう。謝り返しながら、私には勿体なさすぎるという思いが胸に広がる。……う~、今聞かないと絶対に後悔する。蒸し返して、ごめんなさい!
「あのっ、本当に私に構っていていいんですか? 時間は有限ですよ!」
「誰に時間を捧げるか、誰を想うかは俺が決めて良い事でしょう。だから、譲らないよ。今みたいに、不安や不満な事とか全部言って。一緒に解決しよう。ね?」
心がグラグラ揺さ振られた。思いの捌け口が欲しくて、ナダさんの指先を握る。明確な形を持たない感情まで混ざり合ったから、言葉が追い付かない。
落ち着くまで、したいようにさせてくれたナダさんが、慰めるように親指で私の手を撫でてくれる。
「お菊ちゃんから触れてくれるなんて嬉しいな」
「Aチームの皆さんやハデス君と手を繋ぐと安心します」
「俺限定じゃないのか……。ドキドキはしてくれないの?」
落ち込んだと思ったら、すぐに悪戯っぽい表情に変わり、指の間に指が入れられる。おぉ、強固な感じだ。
「私、転びやすいので道連れにしないか、ドキドキします」
「……うん、なんとなく分かってた」
ナダさんは他の方法を考えているのか、遠い目をしている。私としては、パッと離せる今まで通りが一番安全だと思います。
振り回されるナダさんが少々憐れ(笑)。
お読み頂きありがとうございました。




