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62.お姉ちゃん、頑張る!

途中で、ちょこっと視点が変わります。

 久し振りの会社。お弁当をモグモグ食べていると、ヴーッヴーッとスマホが振動する。メールかな?


『姉ちゃん、定時に終わりそうか?』


 健二君からだ。私と入れ違うように、四日間の連休が貰えたと喜んでいた。最近お疲れなのか、目の下にクマが出来ていて心配だったので、それを聞いてホッとした。


『うん。どうかした? 何か買って来て欲しい物があるの?』

『いや、近くに行く用事があるから一緒に帰ろうぜ』

『了解。いつもみたいにカフェの前に居ればいい?』

『ああ。また後でな』


 健二君って、昔からよく迎えに来てくれるんだよね。しかも、私の友達と仲が良いので、遊んで帰る時は必ず、「菊枝は危なっかしいから、迎え呼んどいたよ~」と健二君が呼び出されている。中学生に迎えに来て貰う大学生って……、と密かに落ち込んだっけ。


 友達や彼女との付き合いを優先してくれていいよって言っても、「彼女居ねぇし、友達は友達でちゃんと付き合ってるよ。それにさ、姉ちゃんの側が一番落ち着くし、危なっかしくて目が離せねぇからな」と、ニカッと笑って言うものだから、強く言えない。


「私、もっと頑張る!」


 小さな声で宣言して拳を握っていると、「ぷっ」と噴き出す声がする。


「くくくっ、そんな勇ましい顔して、角川さん何を頑張るの?」

「え⁉ あっ、聞こえちゃいました?」

「うん。隣、座っていい?」

「はい、どうぞ」


 社内の女性人気ナンバーワン、営業の橋野優介(はしの ゆうすけ)さんだ。入社した時から、気さくに声を掛けてくれる先輩である。


「で、何を頑張るの?」

「うぅ、秘密じゃ駄目ですか?」

「もしかして恥ずかしい事かな?」


 ニヤッとされてしまった。バレバレなのね……。


「もっとしっかりしたいなぁと思って」

「そう? ミスは滅多にしないし、十分しっかりしていると思うけど」


 ちゃんと見ててくれる人が居て嬉しいな。


「ふふっ、ありがとうございます。でも、私生活だと気が抜けちゃうのか、よく躓くし、ぽけっとしていて危なっかしいって友達や従弟に言われちゃうんです」


「へぇ、意外。俺の知らない角川さんをもっと知りたいな。ゴールデンウイークは何をしていたの?」


「あー、俺も聞きたい」

「僕も」


 橋野さんと仲が良い人達まで集まって来てしまった。皆さん、そんなに私のへたれっぷりが知りたいんですか? でも、休みの間はそんなに失敗して……ました。ゲーム内で。


「ゲームしてましたよ」

「へぇ、それも意外! 普段からやっているの?」

「いいえ。今回はどうしてもやりたいものがあったんです」

「どんなの?」

「VRMMORPGの『時告げの鐘』です」

「それ凄い話題のやつじゃん! よくソフト買えたね」


 ワッと盛り上がったので、食堂に居た人達がこちらを見る。


「お前ら、声が大きいって」


 橋野さんがすかさず注意して、二人が「ごめんごめん」と片手拝みしている。


「じゃあ、俺達どこかで会ってたかもね」

「え? 橋野さんもやっていたんですか? わぁ、偶然ですね」

「だよね。今、どの辺りに居るの?」

「遊楽に居る事が多いですよ」

「そうなんだ。俺はね、波浪に居るよ」

「私、まだ行ったことが無いです」

「良かったらさ、待ち合わせして案内してあげ――」

「橋野さん達、楽しそう。私達も混ぜて下さいよ~」


 遠くから睨まれていたから、そろそろ来るだろうなと思っていた。こうなってしまったら、残念だけど離れた方が良い。


「私、飲み物を買いに行くので失礼しますね」

「あ、うん。またね」


 橋野さんはいつもにこやかだけど、不機嫌な時は前髪をつまむ癖がある。急に話を切り上げて、嫌な気持ちにさせちゃったかなとヒヤヒヤしていると、ニコッとして小さく手を振ってくれた。はぁ、良かった……。


 自販機の側にある椅子でまったりしていると、仲良しの時任紗奈(ときとう さな)ちゃんが来た。


「やっほー。まだお休みの人が居るのか、お店が混んでてさぁ。急いで詰め込んで来たよ」


 外食はそんな状態なんだ。抱き付いてくる紗奈ちゃんをよしよしと撫でてあげる。


「そうだ、休み前に言っていたゲームは出来た?」

「うん。今日もやるんだ~」

「そっかそっか。楽しんでおいで~。よしよしよし」


 今度は私が撫でられる。ふふっ、紗奈ちゃんのお蔭で気持ちが上向いた。よし、お仕事するぞ!



☆= ☆= ☆=



「姉ちゃん!」

「健二君、おまたせ」

「全然待ってないよ。帰ろうぜ」


 会社近くのカフェ。待ち合わせはいつもここだ。今日も周りの女性達の視線を集めているのに気付かず、健二君はにこやかに迎えてくれる。


「良かった~、お姉さんか」や「また来るかな?」なんて声が聞こえてくる。そうです、ただの従姉なのでお邪魔しませんよ~。彼女もいないらしいですよ~。


「荷物重くないか? 持ってやるよ」


「これぐらい平気だよ。迎えに来てくれたお礼に、コンビニで好きなアイス買ってあげるね」


「嬉しいけど、未だに子供扱いかよ~」


 拗ねる健二君の頭を撫でると、照れてムスッとしながら、撫でていた手を握られてしまう。


「帰るぞ。今日もゲームするんだろう?」

「うん。楽しみ」


 ナデナデを封じる為なのか、手は繋がれたままだ。もう、相変わらず照れ屋さんなんだから。



☆= ☆= ☆=



 退社する角川さんの背を目で追う。急ぎ足だから、声を掛けない方がいいかな? 出来れば、昼の話の続きをしたかったんだけどな――って、誰だ、あの男前は。


「ねぇ、時任さん。あの男性って誰か知ってる?」

「ん? あー、あのイケメンはですね~、菊ちゃんの従弟ですよ」


「いとこ、か。手を繋いで随分仲良いみたいだけど、えーと、彼氏だったりする?」


「彼氏じゃないって聞いてますよ。でも、ああやって、しょっちゅう迎えに来てるんです。私もあんな彼氏が欲しい!」


「あはは、魂の叫びって感じだねぇ。女性はやっぱり、マメな男性が好きなのかな?」


「うーん、そこは人それぞれじゃないですかね? 橋野さんは十分、マメ男だと私のセンサーが言ってますけどね!」


「ははっ、そうかな? ……張り合えると思う?」

「そこは、要努力って感じですかね」

「うっ、レベルが足りないかぁ」


「はい、あっちは年季入ってますから、道は険しいですよぉ。それに加えて、菊ちゃんは超超超! 鈍いですから」


 それだけ強調するのも納得。手ごたえを全く感じない。目下の障害は、他の女子社員だけどね。今日も良い所で邪魔されてしまった。でも、嬉しい情報が知れて、ひとまず満足かな。


 アバターをわざわざ不細工にする可能性は低い。角川さんの容姿から考えるに、ほぼ変わりないだろう。会うのが楽しみだ。



☆= ☆= ☆=



 今日は健二君がうちにご飯を食べに来ていた。「カレーを食べるなら、やっぱり姉ちゃん家のだよな」と三杯もお替りしていた。あんな細身なのによく入るな~。嬉しそうに頬張る姿を見て、お母さんが上機嫌でニッコニッコになるのも、いつも通り。


「姉ちゃん、何時からゲームするの?」


「二十一時位かな。パンダさんをテイムしたから、いっぱいモフモフするんだ~」


「そっか、楽しんで来てな。そうだ、明日も迎えに行くよ」


「折角のお休みなんだから、ゆっくりしなよ。んー、クマは無くなったみたいだけど」


 玄関口で小さな明かりしかないので、顔をグッと近付けて確認する。


「ちょっ、姉ちゃん、近いから!」

「だって近付かないと見えないでしょう。もう、心配しているんだからね」


 頬を撫でると、ポカンとした顔をした後に急いで手を掴んでくる。随分と手が熱いけど、カレーの効果かな?


「だ、だから、慎みを持てって言ってるだろう。――えっと、心配は掛けないように気を付けるからさ」


 自分を大事にしないと、お姉ちゃん怒るよと見つめていると、慌てたように言葉を付け足している。目を逸らしていて怪しい。じーっ……。


「わ、分かったって。あ、あのさ、ずっと一日家に居ると、体が鈍るだろう。俺の運動になるから、迎えに行かせてくれよ」


「健二君の健康の為なら断らないけど、お昼寝をちゃんとする事!」

「はぁ⁉ 姉ちゃん、俺を何歳だと思ってるんだよ! 幼稚園児じゃないんだぞ!」

「クマを作った人の文句は受け付けませーん。ほら、早く帰って寝なさーい」


 ぶーぶーと文句を言う健二君の背中を押す。


 門を出た所で、腰に腕を回して抱き締め、額を背にコツンとぶつけてやる。どれだけ私が大事に想っているか分かっていないでしょう、この従弟殿め。


「……本当に心配しているんだからね」

「――っ、姉ちゃん、悪い……」

「今度したらお説教しちゃうんだからね」


「ああ。……あのさ、姉ちゃん。自分でも気を付けるけど、姉ちゃんがずっと見ててくれないかな、俺の事。……い、一生大事にするから。す、好――」


「健二君、お土産を渡し忘れちゃった。はい、温泉饅頭。美味しいわよ~」


 お母さんが背後から賑やかに現れたので、健二君がビクーッと硬直して言葉が途切れる。大丈夫かな? 昔からビックリすると固まっちゃうのよね。


 私が代わりに箱を受け取って、健二君の前にまわる。――これは駄目そう。視線が彼方で固定されている。


「あらあら、ごめんなさいね。健二君は昔から反応が変わらないわね~。菊枝、頬にチューよ。そしたら、覚醒するわ!」


「えー、嫌がられちゃうよ」

「大丈夫よ~。お母さんには分かるの!」


 そんな怪しい確信は信用できません。こういう時は、いつものように手を握って待っていればいいのだ。


「――び、びびった……」

「はい、お饅頭」

「は⁉ え、あ、ありがとう」

「気を付けて帰ってね~」


 お母さんが手を振って家の中に戻って行く。頭を下げていた健二君が、期待と不安が混じったような目で私を見てくる。


「あ、あのさ、さっきの事なんだけど――」


「うん。頼まれなくても、お姉ちゃんが目を光らせてあげるし、大事にするって約束する。お嫁さんが来ても、遠くから見守っているからね。う~、考えただけで寂しいよぉ~」


 バージンロードを歩く二人に、「おめでとう」と花びらを浴びせる私。こんなに立派になってと涙するのだろう。駄目だ、ちょっとウルッときてしまった。


「んだぁぁぁぁっ!!!」


 頭を抱えて叫ぶ健二君を慌てて止める。


「しーっ、ご近所迷惑でしょう」


 「名物だねぇ」と二軒隣のおじいちゃんが、ニコニコしながら通り過ぎて行く。健二君の叫びって、そういう括りなの?


「くそぉ、なんでこんなに伝わらねぇんだ、ちっくしょう! あー、もういいや、帰る。姉ちゃん、体冷やすと良くないから家に入っていいぞ。また明日な」


 ポケットに手を入れて、ズカズカと歩き去る姿に首を傾げる。「んだぁぁぁぁっ!!!」には深ーい意味が込められていたのだろうか? 健二君の事には詳しいと思っていたけど、まだまだ奥が深いらしい。お姉ちゃん、理解出来るように頑張るよ!


健二君の新たなライバルが登場です。

報われないマメ男が今日も叫ぶ(笑)。聞こえないと、ちょっと物足りなさを感じるご近所さんなのでした~。


お読み頂きありがとうございました。

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