59.バレた ~健二視点~
「ふあ……」
欠伸を噛み殺し、ブラックコーヒーを流し込む。あー、超眠い。
「健二君、最近眠そうね。仕事がきつい?」
「あー、まぁ、プライベートでも、ちょっとやる事が多くて」
「限界になる前に、上司や家族に甘えちゃいなさい。そうだ、仲良しの従姉さんが居るんでしょう? 色々聞いて貰いなさいよ」
「あー、俺は話を聞く方が好きなんで」
その従姉に他の男を近寄らせない為に、『時告げの鐘』をやっているとは言えない。
「そうなのね、癒しがあって良かったわ。従姉さんに言えない話はお姉さんが聞いてあげるから、遠慮なく言いなさい」
肉食べて元気出しなさいと、弁当のハンバーグを分けてくれる常盤さん。姉御、心強いっす。
残業をこなしてダッシュで家に帰り、カラスの行水と言われながら高速で風呂に入り、飯をかきこむ。そして、現実時間で四時間ゲーム。これが最近のルーティンだ。
種族は人間で職業は剣士。ゲームでの名前はいつも『ウイング』にしていたが、ばれる可能性を減らす為に、『ウインダム』にした。
今は遠くから姉ちゃんを見守っているだけだが、健二なのは隠して仲間になろうと思っている。姉ちゃんを完璧に守る為に、今はひたすらレベル上げだ。
まだあまり知られていないが、敵がたくさん出て、レベル上げに向く場所が何カ所か用意されている。当然俺は敵の弱点だの効率的な倒し方を知っている。褒められた事ではないが、遅れを取り戻す為に、なりふり構っていられない。
ロイヤルハニーベアーは推奨LV20のコクウ森とLV50のアキプ島に出る。ただし、コクウ森は遭遇率が非常に低い。余裕で確実にテイムする為にはLV60は欲しい。姉ちゃんの喜ぶ姿を想像すれば、いくらでも頑張れる。
☆= ☆= ☆=
「ねぇ、健二君、クマ出来てるわよ。更に酷くなっているじゃない」
「常盤さん、心配掛けてすみません。でも、譲れない戦いがあって――」
「ほぉ、譲れない戦いねぇ。なぁ、知っているか? 最近、話題になっているプレイヤー」
内藤さんが俺の肩にポンと手を載せて来る。
「話題? お菊ちゃん以外にですか?」
「ああ。名前はウインダムといってな、つい最近始めたばかりなんだが、めきめきと力を付けて、今じゃトッププレイヤーの仲間入りだ」
「まぁ、凄いじゃないですか! レベルは?」
「既に48だ。課金している上に、的確にレベル上げに最適な場所を選んで来る」
内藤さんの視線が突き刺さって来る。名前を言われて微かに跳ねた肩も確実に気付かれているだろう。背中は冷や汗ダラダラだ。
「ゲーム慣れしているのかしら? ……それとも関係者、とか?」
やべぇ、ビクッとしてしまった。常盤さんの視線が訝し気なものに変わる。
「健二君、何か知っているの?」
「い、いや、何の事だか……」
ギュッと肩を握られて恐る恐る内藤さんを見ると、ニィヤァという効果音が聞こえそうな程、黒い笑みを向けられる。
「そのプレイヤーが現れた時期と、お前が眠そうにしている時期が一致しているんだ。どういう事だろうな?」
「さ、さぁ、俺にはさっぱり」
この人、絶対分かってるだろ! 確実にバレていると分かっても、しらを切り通すしかない。
「健二君?」
常盤さんもどうやら感づいたようだ。もう片方の腕をとられ、会議室に二人がかりで引き摺られて行く。パタンと閉められた扉の音が、観念しろと言っているように聞こえた。
「この、ドアホ! ばれないと本気で思っていたのか!」
「ひぃっ、すんません! でも、俺にも譲れないものがあるんです!」
超怖ぇ。仁王様? いや、不動明王様かよ。
「何だ、言ってみろ」
「……言えません」
「うちの会社では、製作者側の知識を使って優位に立つ事は禁止だと伝えてあるだろう。それを破ってでもしなきゃいけない事なのか?」
「それは謝る事しか出来ません。でも、俺にはそれぐらい重要です」
内藤さんは腕を組んで俺を見つめる。この人は一方的に叱るという事をしない。きちんとこちらの言い分を聞いてくれる人だ。
「ねぇ、健二君。私の勘なんだけど、従姉さんが関係している?」
「っ!」
咄嗟に上げそうになった声を封じる。間に合ったよな?
「お前、分かり易いよな」
「本当に。隠し事に向かないタイプよね」
ああ、くそっ! 何で俺はいつもこうなんだ。家族や友達にもいつも同じ事を言われる。姉ちゃんにもバレるけど、恋心だけは伝わらないんだよな。はぁ……。
「ほら、喋っちまえ」
「そうよ。そんなクマ作ってフラフラされたら心配なのよ」
「……馬鹿にしませんか?」
悩んだ末に二人を見ると、同時に頷いてくれる。
「はぁ……分かりました。姉ちゃん、昔から美人で優しくてモテるんです。それはゲーム内でも同じで。……他の男を近寄らせたくないんですよ」
内藤さんが目を丸くし、常盤さんは……喜んでる?
「こっちが小さい頃から苦労して追い払っていたっていうのに、常盤さんの作ったナダがグイグイ迫りやがるし――」
「お、おい、ちょっと待て。羽田の言う『姉ちゃん』って、もしかして『お菊』の事か⁉」
「えっ、はい。内藤さん、気付いてなかったんですね」
あちゃーという感じで天を仰いでいる。鋭い人だから、とっくに気付いていると思っていた。
「待って。今、小さい頃からって言っていたわよね? 何歳から?」
「幼稚園の頃からですけど」
「……ヤンデレ?」
「いや、ストーカーだろう」
内藤さんの真顔のツッコミが胸にグサッと来た。
「どっちも違いますよ!」
「いや、だってなぁ?」
「ですよねぇ?」
二人の何もかもを悟って呆れたような視線が痛い。
「馬鹿にしないって約束したじゃないですか!」
「馬鹿にはしていない。複雑な気分なだけだ。羽田が不憫ではあるが、お菊に自信がない責任の一端は、確実にお前にあるぞ」
「うぐっ」
思い当たる節が多過ぎて反論のしようがない。ごめんな、姉ちゃん。こんな俺で……。
「変な努力していないで、当たって砕けて来なさいよ」
「砕けんの前提にしないで下さいよ! 関係が崩れたらどうするんですか!」
「年に数回、気まずいなりに親戚付合いしろよ」
「他人事だと思って! そんな事になったら精神が死にますよ!」
「決めつけすぎじゃない? 成功するかもしれないじゃない」
「一回も俺を男として認識してないんですよ?」
「告白がきっかけで意識するかもしれないじゃない」
確かに……って、いや、待て。全部『しれないじゃない』だ。リスクが大き過ぎる。
「告白するしないは羽田の自由だが、これ以上の干渉は止めた方がいいと思うぞ。お菊を不幸にしたくはないだろう?」
「……」
姉ちゃんに選択の自由があるのは分かっている。だけど、俺の手で幸せにしてあげたいという思いが前に出てしまう。
「拗らせているな。まぁ、羽田もお菊の幸せが一番と分かっているだろうから、これ以上は言わないけどな。ゲームも約束を守ってくれれば続けても構わんが、体を壊さないようにしてくれ。以上だ」
常盤さんと共に礼をして部屋を出る。
「――ナダ君、本気だからそんなに時間はないと思うわよ」
「うっす」
本気で覚悟を決めなきゃいけない時が来てしまった。あ~あ~、姉ちゃんが許婚だったら良かったのにな。
健二君、出来る男なのに、お菊ちゃんが関わると残念過ぎる……。
常盤さんは心配しつつも、「どうなっちゃうのかしら⁉」と喜んでいそうですね。
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