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58.優しい香り ~???視点~

 怨嗟の声が胸の内で膨らみ溢れ出る。おのれ、清白(すずしろ)め! その白き首をこの爪で掻き切り、いと白き衣と肌を紅で染め上げてやろう!


 だが、荒ぶる想いと力は、すぐに奴の清浄な光によって抑え込まれる。くそっ、忌々しい天使が! 必ず、必ずや、貴様をこの手で屠ってやる! そう、必ず……だ……。強制的に眠りに導かれ、また意識が沈んで行く。完全に意識が消える前に、ふと優しい香りを嗅いだ気がした。


 その日、見た夢は酷く優しかった。あれは遥か昔、私がまだ柔らかな時間を過ごしていた頃――。


 清白は数少ない友のうちの一人だった。彼は今日も他の天使たちに囲まれて親し気におしゃべりしている。だが、群れる事を好まない私は、混ざらずに一人で気ままにあっちへふらふら、こっちへふらふら。花畑に寝転がって過ごすのが一番好きだった。


 花畑の泉から下界を覗くと、人間という生き物が、何が楽しいのか大笑いしたり、人生終わりだという感じで泣いたり、顔を真っ赤にして怒ったりしながら暮らしている。興味が湧いた私は毎日それを眺めていた。


 ある日、いつも見ていた男が亡くなり、地獄へと向かった。そこには天界でも下界でも見る事がなかった花が咲き乱れていた。


「あれ、欲しいですね」


 初めて感じた強烈な物欲。私はすぐさま地獄へ向かった。


 こっそりと花を手に入れ、天界で育てた。地獄へ落ちた者への罰として、世話をしなければならない花なのだから、成長に必要なものが水や光だけな訳がなかったのだ。自分の精神が糧になっていると気付く事もなく堕ちていた。


 狂った私は禍々しい気を放ちながら、天界の三分の一を焦土にした。それを止め、私を封印してくれたのは清白。


 間抜けな私が全て悪いのに、狂った私の憎悪は救ってくれた彼に向かった。時々、正気に戻る私はその度に自分の頭をかち割りたくなる。


 だが、堕天使になり一番後悔したのは、もっと自分勝手な理由。それは――。



 私の触れた花はみな枯れる。あぁっ、なんて事だ!



☆= ☆= ☆=



 起きると胸の上に野花がポトリと落ちていた。


「……? ……っ、枯れていない⁉」


 今は正気だが、すぐに狂気に捕らわれ、清白の力で眠りに落ちてしまう。ガバッと飛び起きた私は、慌てて部屋の端に花を避難させる。


 組んだ両手をおでこに当て、『清白、勝手な願いだが花を守って欲しい』と胸の内で祈る。その直後に正気ではなくなったようで、意識が消えた。


 次の日、またポトリと胸の上に花があった。


「また枯れていない! 奇跡でしょうか⁉」


 指でそっと撫でても、柔らかで甘い芳香を漂わせている。あぁ、なんて素晴らしい……。っと、そうだ、トリップしている場合ではない。正気の時間は短いのだ。


 昨日と同じ場所に置こうと向かうと、なんと結界が施された宝箱があった。


「清白、感謝します!」


 正座して頭を下げてから手を伸ばす。「ふふふ、頭を下げるなんて止してよ」と彼なら言っていそうだ。


 開けられないなんていうオチだったら嫌だなと思いながら手を掛ける。――良かった、入れられた。昨日の花も無事だ。この部屋の時の流れは、とてもゆっくり流れているので、長く目を楽しませてくれることだろう。





 花は途切れることなく、どこからともなく現れる。何故、枯れないのかは分からないし、誰がくれるのかも分からない。ただ、回数を重ねるごとに正気の時間が僅かに長くなっている。


「あぁ、良い匂いですね」


 宝箱に顔を突っ込むようにして匂いを嗅ぐなんて事も出来てしまう。


「――ん?」


 ポトリと頭上に落ちてきたのは赤いチューリップ。上を見上げても白い天井があるだけだ。


 花をくれるのはどんな人か想像してみる。清白だろうか? 宝箱をくれた事を考えると、そこまで怒っていない気がする。可能性は高そうだが、彼は私が花に触れると枯れてしまうのを知っている。それを悲しんでいる事も。


 赤いチューリップの花言葉は『愛の告白』と『真実の愛』だ。私を好きな女性? ……居る訳ないか。天使には嫌われているし、人間に伝わっているとしても、天界を破壊した堕天使だ。じゃあ、地獄? 悪魔に好かれる要素なら揃っている。でも、悪魔の接触を清白が許すとは思えない。


 あーっ、一体誰なんだ! 気になって眠れ――zzz……。狂気に捕らわれた私は速やかに眠りに落ちていた。


どこに居る方なのか、お気付きかと思いますが、出番はもう少し先になります。お楽しみに~。


お読み頂きありがとうございました。

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