56.ジェネレーションギャップ ~マハロ(内藤)視点~
今日は5月2日。新しいイベント『タッチ、タッチ、鯉にタッチ』が開始となる。楽しんで貰えるといいんだがと考えながら、朝礼の為にA厩舎前に向かうと、先に来ていたお菊が何かを見ながら、軽やかな笑い声を響かせる。
「おはよう、早いな。随分と楽しそうだが、どんな面白い事が書いてあるんだ?」
「おはようございます、マハロさん。ふふっ、この一斉配信メール見て下さい。三回もタッチって書いてありますよ。よっぽどイベントに参加して、鯉のぼりに触って欲しいんですね」
「はぁっ⁉ あの有名な歌を知らないのか⁉」
「へ? 鯉のぼりの歌ですか?」
「ちっがーう! ほら、超名作の――」
アニメと言おうとして、自分がNPCだと思われている事を思い出す。あ、危ねぇ……。衝撃と興奮で我を忘れかけたぜ。
「マハロさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。今のは忘れてくれ。時の旅人さんは知らなくてもおかしくない」
「ああ! この世界で有名な歌でしたか。歌が聞けるのって酒場とかですか?」
うまいこと勘違いしてくれたので、乗っかっておこう。ふ~、冷や汗かいちまったぜ。もっと気を引き締めないとな。
「そうだな。だけど一人で行くなよ? お菊は確実に絡まれるからな」
「え~、そんな事ありませんよ。隅っこで大人しく聞くので大丈夫です!」
自信満々なお菊にデコピンを喰らわせる。この無自覚め!
「わっ⁉ もう、マハロさん酷い~」
「酷いもんか。お菊はもう少し自分の容姿に自信を持って正しく理解しろ。いいか? 絶対に! 一人で行くなよ。俺やチームの奴等に声を掛けるんだぞ?」
お菊は「むうっ」と口を尖らせていたが、何かを閃いた顔で俺を見る。何だか嫌な予感がするんだが……。
「もう、マハロさん、そんな遠回しに言わなくてもいいのに。皆で一緒に飲みに行きたいんでしょう? いいですよ、行きましょう! マハロさんは何が好きですか? ビール? ワイン? それともウィスキーですか?」
勘違いを加速させていくお菊。そのワクワクとした顔を見ていると、自然と笑えて来るから不思議だ。
「俺はビールが一番好きだ。お菊の歓迎会を兼ねて皆で行くか?」
「本当に⁉ わーい! 唐揚げあるかな~?」
バンザイをするお菊を見て、皆が「なんだ、どうした?」と集まって来る。「はしゃぎ過ぎると転んでリボーンするぞ」と宥める面々と、「聞いて! 聞いて!」という感じで話し掛けるお菊。短期間ですっかり打ち解けたな。危なっかしくて目が離せないから、父性が刺激されるのだろうか?
お菊が来てから俺達のチームはより連携と結束が強まった。良い刺激の連鎖がどのような変化を生み出していくのか、未来が楽しみで仕方がない。
☆= ☆= ☆=
帰りに同い年の武田を誘って居酒屋に向かう。イベントを考えた張本人に衝撃の事実を教えてやらないとな。
ビールで乾杯をして、今日のお菊情報を教えてやる。これを聞くのが最近の武田の楽しみらしい。
「へぇ、お菊ちゃんはもう馴染んだのか」
「ああ。だが、大問題がある」
「何だ、バグか?」
「俺にとってはもっと大問題だ」
ゴクリと武田が唾を飲み込む。うむ、心して聞いてくれ。
「なんと――」
「なんと?」
「お菊が――」
「お菊ちゃんが?」
「あの歌を知らなかった!」
「なにぃーーーっ⁉」
武田の叫びは大勢の客が奏でる音に何とか紛れてくれた。数人がこちらを見たが、すぐに興味を失くしている。場所を居酒屋にして正解だったぜ。
「って事は、イベント名が完全に滑ったって事か⁉」
武田が机に身を乗り出して聞いてくる。おいおい、唾は飛ばさなくていいんだよ。『ばっちいぞ』と睨むと、片手を『すまん』と上げるので、気前よく許してやろう。
「多分な。境目は微妙だが若い世代も多くプレイしているから、俺達と一緒にニヤリと笑ってくれる層は案外少ないかもな。今後は狙い過ぎた名前は控えた方がいい気がする」
「はぁ~、ジェネレーションギャップをつくづく感じるな」
「ああ。『悲しみにこんにちは』だぜ」
「あははは、上手いこと言うじゃないか。だけど、これも通じないんだよな……」
「そうだな……」
お互いニヤリとした後に、おっさんの悲哀が漂う。
「――あーっ、辛気臭いのは止めだ! 武田、飲め飲め!」
「おうっ。今日はとことん飲んで語ろうぜ!」
懐かしい話で盛り上がり、思ったよりも酒がすすんだ。
翌朝、二日酔いで撃沈したおっさん二人は、のんべえ常盤御用達の超絶効く激マズ薬を貰った。
――ぐはっ、何が入ってりゃこんなにマズいものが出来るんだ⁉ 一瞬、意識が飛んだぞ……。これを御用達とか常盤が凄すぎる。だが、それよりも堪えたのは、次の日のお菊の言葉だった。
『飲み会、とっても楽しみです! でも、飲み過ぎは体に悪いから、ほどほどにして下さいね。――どうか、マハロお父さんとずっと一緒に居られますように』
最後に風に紛れそうな程の小さな声で言われた祈りに胸を突かれた。俺はNPCじゃないから、ずっとは生きられない。だが、今からでも出来る事はある。娘を悲しませるような事は止めよう。まずは、『酒はほどほどに』からだな。
どのくらいの世代までに、この話が通じるのか?
知らない方がいっぱい居ると、作者の背中にも悲哀が漂いそうです……。まぁ、これがきっかけで知ってくれる方が居れば、結果オーライですかね?
お読み頂きありがとうございました。




