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54.一条の光 ~ハデス視点~

 近況を聞きながら酒を一口。こうして親しい人間と共に飲むのも良いものだなと思いながら、丸い氷の入ったグラスを軽く揺らす。カランと軽やかな音に目を細めていると、隣に座るマハロさんが思い出したように口を開く。


「そうだ、一つ伝え忘れていた。俺の考えた『君のシリーズ』という称号があるんだが、それを全て揃え、且つ、ハデスが気に入る相手だった場合にパーティーに加える事が出来るとした。どうだ? この条件なら受けてくれるか?」


「俺が気に入れば、ね。その称号は簡単に揃えられるものなのか?」


「かなりの難易度だな。普通にプレイして貰えるようなものじゃない。俺もお遊びのような気持ちで作ったくらいだからな」


「可能性は限りなく低いという事か。その上、俺が蹴る事も出来ると。――いいぞ、その条件なら受けても構わない」


「そうか、助かる。他の奴らには散々こうしろ、ああしろと言われて参っていたんだ」


 あいつららしいな。それに、律儀に俺達の意見を聞いてくれるマハロさんも。この人はいつもAIである俺達を人間と分け隔てなく扱ってくれる。


「仕事の話も終わった事だし、好きな酒を頼んでくれ」

「では、遠慮なく。マスター、日本酒の飲み比べがしたい」

「畏まりました」

「ははっ、渋い所にいくな」

「いいだろう。マハロさんは何にするんだ?」

「そうだな、俺は焼酎の飲み比べにでもしてみるか」


 心地よい時間に身を委ねながら、どんな人物が俺の前に現れるのだろうなと考える。願わくは、一条の光でありますように――。



☆= ☆= ☆=



 冥界の王である俺は、死に関連する場所――、最近ではリボーンしたプレイヤーが復活する『始まりの鐘』をよく訪れていた。俺の能力で姿を消し、誰にも気付かれないまま階段に座って過ごしていると、気になる人物が現れた。それも悪い方に。


 イライラする。どういうつもりなんだ? 日を増すごとに腹立たしさが募る。一日に何度も始まりの鐘に現れ、慌てた様子で目的地と思われる方に歩いて行く。ここを便利な施設扱いしているのか?


 ここは仮想世界。だが、いくら簡単に散らして戻せるとて『命』だ。冥界の王である俺は死せる事も出来ぬのに、全く忌々しい人間だ。そこまで考えて、ふと我に返る。俺の事情までなすりつけるのは違う。湧き出る暗い感情にそっと蓋をして、冷静さを連れ戻しに向かう。踏み入れた心はいつもと同じく、月を待ち焦がれる夜のように暗闇が満ちていた。



☆= ☆= ☆=



「――来たな」


 独りごち、件の人物に近付いていく。今日こそは真意を問い質そう。分からぬから、いつまでも苛つくのだ。警戒心を与えぬよう小さき姿で向かい、口調もそれに合わせる。


「――君、ここによく来るね」

「え?」


 声を掛けると肩が跳ねている。狡い事をする割に小心者のようだ。


「僕はハデス。君の名前を聞いてもいい?」

「私? 私はお菊と言います」


「お菊、か。ねぇ、死にたがりなの? リボーン出来るからって、命を粗末にしても良いと思っている?」


「え⁉ そんな訳ないじゃないですか! わ、私は――」

「私は?」


 さぁ、どんな言い訳をするんだ? 躊躇うように口を開け閉めする人物をじっと見つめる。


「最大HPが2なんです……」

「…………え? もう一回言ってくれる?」


 あまりにも予想外な言葉に思考が止まり、漏れ出た声は困惑に染まっていた。


「だから、最大HPが2しかないんです! その所為で、転んだりしただけでリボーンしちゃうんですよ……」


 段々と小さくなる声を呆然と聞く。俯いてしまった頭にある、しょんぼりとした耳を見れば、嘘かどうかなど一目瞭然だ。獣人の耳とシッポは嘘を付けない。見つめていると更に耳が垂れていくものだから、腹の底から笑いが込み上げて来る。


「……くっ……あはは、そんな理由だったの? あははは、凄い勘違いしてた!」


 予想外の理由に振り回されて、こんなにも苛立っていた自分が馬鹿らしくて可笑しくて仕方ない。やはり、予想とは不確かなものだと再認識する。


 目尻に溜まった涙を拭く為にフードを跳ね上げる。笑い過ぎて涙が出るなんて初めての経験だ。


「癖毛だからフードを被っているのかな?」


 思わずというような声に顔を上げると、「しまった!」という顔で俺を窺っている。凄いな、予想外の言動はまだ続くのか。止まった筈の笑いが、また込み上げてきた。


「――はぁ、笑った。いつぶりかな、こんなに笑ったの。お菊って隠し事が出来ないタイプ? 癖毛だねなんて僕に面と向かって言う人は珍しいよ」


「ご、ごめんね。あまりにも見事な跳ねっぷりだから――って、また失礼発言! あーっ、どうしよう⁉ もうっ、自分の馬鹿!」


 焦るあまりか、内心がボロボロ零れている。本当に素直で正直な人間なのだな。


 その後、お菊が呼んだサポートウサギを交えつつ、ステータスを見せて貰う。他は思ったよりも悪くないのだな。だが、本当に確認したかったのはここではない。


「――ん? 君、称号をいっぱい持ってるね」

「うん。でも、情けない理由ばかりで素直に喜べないっていうか……」


「そんな事ないよ。称号はそんな簡単に獲得出来るものじゃないからね。凄いな、君のシリーズが揃ってる。――やはり、間違いではなかったか」


 可能性がある人物として、お菊と言うプレイヤーが居るとマハロさんから事前に聞いてはいたが、まさか本当に条件をクリアするとはな。後は俺の気持ち次第だが、嫌悪は既に好意へと姿を変えている。これは面白くなってきたなと、子供らしからぬ笑みが口元に浮かんでしまう。


「顔つきが大人びたように見えたんだけど……。ん~、角度の問題?」

「光の加減じゃないかな? でも、大人びているって言われるのは嬉しい」


 子供扱いがくすぐったく感じる。お菊の前では、このままで居るのもいいかと思っていると、頭を撫でられる。俺の正体を知っているサポートウサギが憐れにも毛色を水色に変えた。


「あーーーっ! お菊さん、何て事を!」

「え? あっ、ご、ごめんね。思わず……」

「いいんだよ。僕は構わない」

「そう? 良かった~。思ったより柔らかい毛だね。ふふふ、可愛い」


 更にサポートウサギが青くなっていく。心中察する、気を確かに持て。


「……ウチャ。もう諦めるウチャ。お菊さんはやらかすのが当たり前ウチャ」


 悟りを開いたようだ。お菊に見えないように、そっと背を叩いて労う。


「クッキー食べる? 食堂で貰ったの」

「食べる!」


 甘い物が好きな俺はすぐさま飛び付く。付き合えと目配せすると、サポートウサギがガクッと項垂れた。


「はぁ……。僕、紅茶淹れます」


 クッキーを頬張り、紅茶を一口。うん、美味いな。満足な俺は、お菊の事をもっと知る為に話を振る。


「さっき、ロイヤルハニーベアーって言っていたけど、テイムする為にこの世界へ来たの?」


「うん! 可愛くて一目惚れしたの。でも、正直どうすればいいか分からないんだよね。レベル上げしようにも、一撃受けただけでリボーンしちゃうし……。何か良い方法があればいいんだけど」


 ふむ、丁度いいか。ここで仲間になってしまおう。もっとお菊を知り、共に過ごしてみたい。


「それじゃあ、僕がお菊の仲間になって、レベル上げに協力してあげるよ」

「いいの⁉ でも、私とパーティーを組むと損しちゃうよ?」


「僕は上限レベルに達しているから、経験値が必要ないんだ。なんの損もないよ」


「でも、得もないでしょう? タムを多めに渡せばいい?」


 本当に良い子だな。サポートウサギが『そうでしょう』とばかりに、ドヤ顔をしているのも納得だ。


「ううん、タムもいらない。お菊と一緒に居れば、退屈とは無縁の生活を送れる。僕にとってその権利は、タムや経験値よりも勝る。――あそこは孤独の国だからな……」


 冥界の暗き世界を思い出して目を伏せる。寂寞に呑まれそうになっていると、目の前に甘酸っぱくておいしそうな匂いのする物が差し出される。


「じゃ~ん! 料理長渾身のベリーズ尽くしのカップケーキ! これ食べて元気出して」


「え? いいの?」


「うん。ハデス君、甘い物が好きみたいだし。私はまた頼んで作って貰えるから、遠慮なくどうぞ」


「ありがとう……。大事にちょっとずつ食べるよ」


 そうは言ったが、一生大事に取っておきたいという思いもある。この子は全然気付いていないのだろうな。今、俺の心に光を届けてくれた事に。これからも、俺の気持ちに気付くたびに、こうやって光を届けてくれるのだろうか? 朽ちてしまったと思っていた希望が弱々しくも明滅を始めた。


「今から行こう。手始めに、お菊には『家亀』をテイムして貰うからね」

「いえかめ?」

「うん。百聞は一見に如かずだよ。さぁ、僕の手を取って」



 ここから俺の運命は大きく変わっていく。この子に導かれて――。



 突如生まれたそれは、予感という生温さを突き抜け、確信として花開く。だが、手を取って貰わなければ始まらない。どうか取ってくれと心の中で懇願すると、何かを感じ取ったのか、不思議そうに俺の目を見つめていたお菊が、躊躇いがちに指先を伸ばしてくれた。


 確かめるように握った手から、温りがじんわり体に沁み込んでいくと、ザワリと歓喜で心が震え、うっすらと涙までが浮かぶ。あぁ、ありがとう。本当にありがとう……。これで俺は孤独の国から抜け出す事が出来る。


「これから先、ずっと共に行こう。僕がお菊を守るよ」


 するりと唇から漏れ出た言葉に、お菊が目を見開いている。可愛らしい反応だと笑いながら、右手の甲に口付けをそっと落とす。


 所有印とでもいうべき黒いザクロの実が、手の甲へ消えていく様をうっとりと眺める。これで彼女と俺は繋がった。まるで、神話のペルセポネのようだ。時が来れば現実世界に帰ってしまう所も。


「サポートウサギ、先程の件の詫びとして、浮雲の『コクウ森』へ転移を」


 50回目のリボーンの理由をサポートウサギから密かに伝えられた時には腸が煮えくり返った。もう少し優遇したい所だが、AIエイトは許してくれないだろう。


「はい! お帰りの際もお呼び下さい」

「分かった。行って来る」


 転移陣の光に呑み込まれる中、驚いて動きを止めたままのお菊の両手を握る。少しでも、この世界に長く居てくれるように、側に居てくれるように、俺が道を開こうと心に決めて――。


お久しぶりでございます。


ハデス君、ちょっと黒い感じですが、お菊ちゃんは気付かなそう?

巻き込まれるサポウサちゃんは早々に悟りを開きました。打たれ強い子ですね~。


もう一話投稿する予定です。

お読み頂きありがとうございました。

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