48.亀吉
「お菊、大丈夫? 着いたよ」
「え?」
我に返ると、そこは森の中。水が流れる音がするから、川が近くにあるのだろう。
「転移は苦手? 辛いなら休憩しようか?」
心配そうに私の顔を覗き込んでくるのは、あどけない少年。先程の笑みは見間違いだったのだろうか? 少し大きめに息を吸い込んで気分を変える。
「ううん、大丈夫。ここに家亀が居るの?」
「うん。ここは強いモンスターがわんさか居るから、絶対に僕から離れないでね」
深く頷いて、転ばないように注意する。ただでさえお荷物なのに、リボーンしたら目も当てられないもんね。
それにしても、勘違いくらいでお詫びが凄過ぎる。時告げの鐘でしか行けない筈の他国へ転移しちゃったんだもんね。しかも、帰りまででしょう。よっぽど偉い人なのかな? でも、一番困惑しているのは、手の甲にキスされた事だ。外人さんは大人だけじゃなく、子供までするのね。はぁ、私の方がお姉さんなのに、挨拶一つでこんなに動揺してちゃ駄目だよね……。
ハデス君は少し歩みが遅くなっていた私の手を握ると、元気に引っ張ってくれる。その子供らしい仕草に、思わず笑みがこぼれる。
「良かった、笑顔が戻って。強いモンスターと言っても、僕一人で問題なく倒せるから安心して。家亀はこっちに居るからね」
「うん、ありがとう。でも、何で居場所が分かるの? SA?」
「ううん。家亀は川の近くに生息しているんだよ。――ほら、居た。お菊、音を立てないように見てごらん」
茂みからそっと顔を出すと、巨大な亀がノシノシと歩いている。亀にしては長い手足で、陸ガメみたいだ。
「お、大きいね」
小声でハデス君に話し掛けると、頷いて指さす。
「あの亀でいい?」
六畳の部屋をみっちりと埋め尽くすような大きさ。攻撃した剣がポッキリ折れそうな硬い甲羅。細い眼と真一文字に結ばれた口。
「……どうしても家亀じゃないと駄目?」
亀好きには堪らないかもしれないけど、私は爬虫類が苦手だ。リアル過ぎて側に居る自信がない。
「う~ん、お菊には家亀が一番適しているんだよね。良かったら、オスも見てみない? 気に入るかもしれないよ」
外見が違うのかな? 頷いて後を付いて行く。
「――居た。しかも、珍しい子亀まで居るよ」
どこどこ? と指さす方を見ると――。
「えっ⁉ 同じ生き物⁉」
タオル地のぬいぐるみが歩いていた。手を付いたらモフンと埋もれそうな程に体中がフカフカしている。色は薄い黄緑、甲羅は茶色で格子状に黒い線が引かれている。何よりも黒くて円らな瞳にキュンとする。
子亀は小さいとは言っても大人の半分はあり、色が少し濃い。葉っぱをあむあむと食べる姿は、ずっと見ていられる程に愛らしさを醸し出している。
「可愛い! でも、あんなに柔らかそうな体で攻撃を防げるの?」
「うん。あのままでも十分に弾くけど、硬化すれば更に防御力が上がるよ」
「へぇ~。見た目と違うんだね」
「うん。気に入ったようで良かったよ。どの子にする? 僕のお薦めは子亀かな。ステータスは低いけど、レアだし自分好みに育てられるよ」
「大きくなってもステータスは低いの?」
「ううん、他の亀たちよりも上がるよ。でも、レベルが既に高い子がいいのなら、そちらを捕まえる事も出来るから、お菊の好みの子でいいよ」
見て回ると、子亀は一体しか居なかった。そして、何よりも可愛い。これ、とっても大事。
「決めた! 子亀にする」
「了解。僕が硬直状態にするから、お菊はテイムよろしくね」
「私、麻痺や毒の弾を持ってるよ? 私の事なのに、ハデス君に任せきりは悪いもの」
「仲間になったんだから頼ってよ。それに、家亀は状態異常のほとんどが効かないんだ。通常攻撃するにしても、推奨レベル20のエリアに居るモンスター相手じゃ厳しいかな」
「……そっか。じゃあ、甘えさせて貰うね」
「うん、任せて」
指示された通りに後ろへ下がる。家亀は一体で行動するモンスターだけれど、子亀の場合は別で、側に必ず強い個体が守るように居る。それを倒してからでないと、テイムは出来ないそうだ。
「――ごめんね。ハッ!」
飛ぶように距離を詰めて気合一閃、ハデス君の武器である二叉槍がメスの硬い甲羅すら刺し貫く。家亀は声すら上げられず徐々に姿が薄れ、タムが入った革袋と甲羅を地面に落とす。ハデス君が近付くと、アイテムボックスに自動的に収納されてしまった。わざわざ拾わなくても良いなんて、ありがたい事だ。
その間に、家亀の姿は景色に溶けたかのように完全に消えてしまった。このゲームでは血が出る演出はないから、本当に何も残らない。
初めてモンスターが亡くなる姿を見た。直接私が手を下した訳ではないけれど、私の為になされた行為だ。思わず体が震え、泣きそうになる。命を……命を奪ってしまった……。
やっと本当の意味でナダさんの言っていた、『――俺も最初は憤ったり悲しんだりしていた。でもね、テイムするってこういう事なんだよ。だから俺はね、覚悟を決めたんだ。モンスターの命と人生を丸ごと引き受けるって。お菊ちゃんもそうしろって言っている訳じゃないよ? この気持ちをどう処理するかはその人次第だからさ』という言葉を、押し潰されそうな程の罪悪感と共に理解する。
お世話をして仲良くなる事も出来るモンスター。この世界では害にも益にもなりうる。でも、私達と同じように温かさや柔らかさを持つ生き物だ。ゲームなんだから、もっと軽く考えればいいじゃんって言われそうだけど、パールさん達を知っているから簡単に割り切れない。でも、レベル上げや目的を達成する為に、私はこれから沢山の子を手に掛けていく事になるだろう。
「――お菊、震えているよ」
私の様子に気付いたハデス君が、そっと両手を握ってくれる。そこまでで限界だった。涙がボロボロと頬を伝う。
「わ、私が殺しちゃった……」
「うん……。お菊はこれからどうしたい? 殺さずを貫いて生きていく事も出来るよ」
ゲームを止めるのも、ロイヤルハニーベアーちゃんを諦めるのも私の心次第。どちらもすぐに実行出来る。でも、私はこの世界に大好きな人達が出来てしまった。私の事を私以上に深く理解してくれる優しい人達に出会えたのは、まるで奇跡のよう。どんどん居心地が良くなって、手放そうと考えただけで酷く胸が痛む。それに、やっぱりロイヤルハニーベアーちゃんと一緒に過ごしたい。こんな利己的な考えで殺されるモンスターもたまったもんじゃないよね。でも――。
「ここで生きて行く為には力もいると思うの。大事な人達が危ない目に遭っている時に、一人で蹲って震えているなんて嫌だから。――私、何回泣いたとしてもやる。ロイヤルハニーベアーちゃんも諦めない。モンスターに恨まれるのも覚悟の上で、ここで生き残ってみせる」
「流石、俺の選んだ女性だ。その覚悟、しかと受け取った」
俺? と疑問に思ったけれど、手の甲が急激に熱くなって下を向く。そこには、刺青のように黒いザクロがはっきりと浮かび上がっていた。
「……これ、何?」
「久遠の加護と似たようなものだ。普段は見えないから安心してくれ。――ちゅっ。お菊、行くぞ!」
ザクロに口付けを落とすと、私を横抱きして子亀に向かって行く。――え、ちょっと待って⁉
「ハ、ハデス君なの⁉ なんか大きくなってない⁉」
「ははは、やっと気付いたのか。これが俺の本来の姿だ。お菊を運ぶには、あの姿ではちと小さいからな」
癖毛は少し形を潜め、背中の半ば辺りまで伸び、背も180cmは超えているだろう。体に感じる筋肉質な腕が大人の男性だという事を強く意識させる。
「――落ちろ!」
短く力強い言葉と共に、電撃が子亀に降り注ぐ。
「派手だが威力はそこまでない。硬直している今がチャンスだ。お菊、テイムを」
「は、はい! テイム!」
丁寧に地面に下ろされた私は、以前ナダさんに教わったように指を向ける。そして、子亀はグルグル巻きとなった。うぅ、ごめんね。
「名はどうする?」
「あ、そうだよね。う~ん、亀亀亀……。あ~、どうしよう……急だから思い付かないよ~」
「ゆっくり考えればいいよ。僕がこの状態のまま運んであげる」
それは駄目! と少年姿に戻ったハデス君の肩を掴む。
「グルグル巻きだよ⁉ それに、見て! 涙目なんだよ!」
「いや、元々ああいう黒く艶々した目だと……」
途中からハデス君の声は彼方だ。真剣に頭の中に候補を上げていく。見た目からいうと、『フカフカちゃん』かな。でも、今度そういう子が出て来た時に使えない。うーん、緑だから『緑ちゃん』。そのまんますぎかな?
「お菊? ねぇ、お菊ってば」
ちょっと待って~と顔を上げると、子亀がドアップで目に飛び込んで来る。
「わっ⁉ ち、近っ!」
「側で見た方が浮かぶかなぁと思って連れて来たよ」
「あ、ありがとう」
期待に満ちた子亀の目が私に注がれる。うっ、何て可愛いの! こんな愛らしい子をテイム出来るなんてラッキーだよね。ん、ラッキー? そうだ!
「亀吉にする!」
「いいんじゃないかな。おめでたい感じがするよ」
「そうなの! 『吉』は縁起がいいとか、めでたいって意味だから、初めて仲間としてテイムした子にはぴったりだと思うんだ」
触れて『亀吉』と言うと、「クー」と幼く可愛らしい声で鳴いてくれた。気に入ってくれたのかな?
「良い名前も決まった事だし帰ろうか」
「うん!」
迎えに来てくれたサポウサちゃんが我が事のように喜んで、「おめでとうございます!」と言ってくれた。嬉しくなる一方で、命のやり取りだという事が胸に深く刻まれ、疼き続けていた。
パーティーメンバーその2、亀吉ちゃんの登場です。
二度と起き上がりたくなくなる、そのフカフカボディに作者も埋もれたい……。
お読み頂きありがとうございました。




