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41.歯磨き

 翌日、Aチームの皆に空の島で買ったお土産を渡す。羊の毛みたいにモコモコとした形の雲――、ホワイトとブラックのチョコレートだ。


「あ、浮雲チョコだ!」

「お店の人に聞いたら、これが有名だよって教えてくれたの」

「僕、これ好きです!」

「ふふふ、良かった」


 ケン君が嬉しそうにトワイフルちゃんに見せている。


「ワフ?」


「食べたいの? マハロさん、トワイフルちゃんにチョコをあげても大丈夫ですか?」


「ああ、構わんぞ」


 トワイフルちゃんがシッポをフリフリして食べようとすると、マハロさんが「待て」と手で遮る。


「トワイフル、歯磨きをきちんと受けるなら食べていいぞ」

「ウゥ~……」


 鼻面に皺を寄せて嫌そうにしている。歯磨きは嫌いなのね。


「チョコ、やめておく?」

「ワフ⁉」


 私の手に載せていたのを急いで口に入れている。こんな時でも、私に牙が当たらないように細心の注意を払ってくれているのが分かる。ふふふ、毛がくすぐったい。


「トニーはホワイト好きだろ。俺は苦手だから交換して」

「いいですよ~。あー、糖分が染みわたる~」


 ナダさんはホワイトが苦手なのね。覚えておかなくちゃ。


「お菊ちゃん、ごちそうさま。観光楽しかった?」

「はい! 素敵な町なので、また行きたいです」


「そっかぁ。じゃあさ、今度はサムさんと一緒に行こうよ。クラウドボードで散策しない?」


「はいはい! トニーさんも行きたい!」


 あれって怖そうなんだよね。雲海の上で転んだらどうなるんだろう? 普通の海みたいに、ブクブクと沈んで行くのかな?


「え、えっと、私は運動神経が良い方じゃないので……」


「安定装置が付いているから大丈夫だよ。でも、怖いなら三人乗りの自転車にする?」


「はい、それなら大丈夫です」

「俺も行くよ。双子と一緒なんて心配だからね」


「「そんなこと言ってー、嫉妬してるんじゃ――」」


 ナダさんが眼光鋭く睨むと、お兄さん達はコソコソと私の背後に隠れる。背が大きいから無理だと思いますよ?


「そうだ、ナダ。空の島に行くならパッソの所に行って来い。エフェクトガンの調整が終わったって言っていたぞ」


「ありがとうございます。お菊ちゃん用のやつだから、ちょうど良いね」

「あっ、私のだったんですね! すみません、お手数をお掛けして……」


「気にしないで。サムとトニーも武器を持っていけよ。この前も間を開けすぎて怒られていただろ」


「「うっ! 持って行きます……」」


 時々、整備して貰わないといけないのね。私も気を付けようっと。


「お菊、今日は歯磨きを頼むな。トッドは他の厩舎に行くから、ケンが教えてやるんだぞ」


「はい!」


 マハロさんが練習台にと、前足を踏ん張って抵抗しているトワイフルちゃんを押して来る。


「きっちり磨いて貰えよ。あとで迎えに来るからな」


 マハロさんの後ろ姿を恨めしそうに見ていたトワイフルちゃんが、諦めたようにお座りして、口をパカッと開く。


「モンスターの歯磨きは、この手袋をはめて一本ずつ縦に磨いていきます。一体終わる毎に新しいのと交換して下さいね。やる順番は、前歯から奥歯に向かってです。裏側はそんなに汚れないので、飲み水にちょこっと入れてある薬品で十分綺麗になります。もし、歯の間とかに汚れが残るようだったら、使い捨て歯ブラシで磨いて下さい。じゃあ、今からお手本をお見せしますね」


 トワイフルちゃんの大きな牙を縦に優しく擦っていく。あんまり力を入れなくても綺麗になるのね。


 メモを取っていると足元に気配を感じる。誰かと思ったら、ナイトキャップにパジャマ姿のパールさんが、歯ブラシ片手に歯磨き講座に参加していた。歯ブラシが小さくて可愛い!


「ええと、パール伯爵のようにお口が小さいモンスターは、指を一本だけ入れて磨いてあげます。あのー、少しだけご協力頂けませんか?」


「いいですよ。他ならぬケンの頼みですからね」


 ケン君が嬉しそうに抱き上げて、正座した膝に乗せる。


「ありがとうございます! 奥歯に汚れが残りやすいので、念入りに磨いていきます。こうやって唇を少しめくって――」


「ぷぷぷっ! おまぬけな顔だな、トニー」


「そうだな、兄弟。いつもの顔より、よっぽど可愛げがあるよな。ぷぷーっ!」


 厩舎の扉の隙間から顔を覗かせた双子のお兄さんが、パールさんを指さして笑っている。「そんな事を言っちゃ駄目ですよ」と言いながら一歩踏み出した所で、足元から怒気と共に冷気が這い上がって来る。


「――凍れ」


 恐ろしく冷たい声が発せられると、パールさんを始点として発生した、津波のような氷が二人を呑みこむ。


「「――はぐあっ⁉」」


 慌てふためく恰好のまま、チャラいお兄さんの氷漬けが完成した。い、生きているよね? そうだよね⁉


 恐ろしさと寒さで私とケン君が手を取り合って震えていると、トワイフルちゃんが暖かな毛皮で包んでくれる。うぅ、何て気が利く良い子なの! ガバッと二人で抱き付いて頬擦りする。……はぁ、癒される。


「はっ、いい気味です。このまま砕いてしまいましょうかね?」


 癒された心が木っ端微塵になった。鼻で嗤うパールさんに慌てて取り縋る。


「ま、待って、パールさん! 落ち着こう! ね?」

「そ、そうですよ! い、今は歯磨きの時間ですから!」


「……ふむ。そうですね、馬鹿二人は放っておきましょう。お菊さんのお勉強が優先です」


 パールさんが杖を振ると、お兄さん達が消えてしまった。


「「な、なっ⁉」」


「ん? ああ、大丈夫ですよ。転移の魔法で男子寮の共同浴場にポイッとしたので、そのうち溶けます。さぁ、続きを始めましょうか」


 ニコッとされて、二人で引き攣り笑いを返す。取り敢えず、生きているようなので一安心だ。これ以上は望むまいと、私とケン君は頷き合う。


「え、ええと、続けますね。うちの子達は調教されているので、噛み付いたりしません。安心して行って下さいね。来て間もないと嫌がる子が居るので、そういう子には、この歯磨きガムをあげます。もしも、食べなかったら言って下さい。僕が液体歯磨きをスプレーします」


「はーい」


「僕も体温測定が終わったらやるので、お願いしますね。疑問などがあったら遠慮せずに声を掛けて下さい」


 頷いて、トワイフルちゃんににっこりと笑い掛ける。少しずつ後退っているのは、お見通しよ?


「トワイフルちゃん、おいで~」

「クーン……。ワフ」


 仕方ないなという感じで口を開けてくれるので、キュッキュッと磨く。噛まれたら一溜りもないというのに、不思議と怖さを感じない。きっと、トワイフルちゃんが惜しげもなく、私に優しさをくれたからだろう。


「立派な歯だね。――うん、真っ白になったよ。恰好良いね~、トワイフルちゃん」


「ワウ? ワフ~ン♡」


 「そうかな? えへへ~♡」と言っている感じがする。自ら歯ブラシを銜えて私に差し出してくるので、「偉いね~」と磨いてあげる。


「――はぁ⁉ トワイフルが自分からだと⁉ いっつも逃げ回っていたのに、どういう風の吹き回しだ?」


 トワイフルちゃんを迎えに来たマハロさんが、信じられないという顔で見ている。


「トワイフルちゃん、いつも逃げてたの? 虫歯になったら痛くて大変よ? 一緒に、その素敵な白い歯を保っていこうね」


「ワン!」


 行っていいよと背中を撫でると、ピカピカになった牙をマハロさんに見せびらかしている。


「おーおー、綺麗になったな。俺がやる時も大人しくしてくれると助かるんだがなぁ?」


 ツーンとそっぽを向いてしまった。もしかして、男の人だと嫌がるのかな?


「女性所員さんの方がいいの?」

「ワフ? ワンワン」


 うん? 何て言ったのかな?


「他のチームだと性別関係なく近寄らせないぞ。多分、お菊がいいんだろう」


 トワイフルちゃんが頷いている。非力な私の力加減が丁度いいのかな? Aチームの人は力持ちそうだもんね。


「気に入って貰えて良かったよ。さぁ、お仕事に行っておいで」

「ワン!」


 マハロさんを置いて足取り軽く行ってしまう。


「まったく、自由なワンワンだ。お菊、ありがとな」

「どういたしまして。私で良ければいつでも歯磨きしますよ」


「そりゃ助かるな。トワイフルもパール伯爵のように自分で磨ければいいんだがな」


 マハロさんにつられて下を見ると、シャコシャコと軽快に磨いている。あ~、次はパールさんだって楽しみにしていたのに……。


「すみません、お菊さん。私は自分の面倒は自分で見られますから。あぁ、そんなにしょんぼりしないで下さい。その分、他の子達を可愛がってあげて下さいね」


 なんだか拒絶されたような気分になって、耳が力なく垂れてしまう。何でも出来ちゃう子だって、私は可愛がりたいんだけどな……。


「無理にとは言わないけど、私はパールさんにも何かしてあげたいな。駄目?」


「駄目ではありませんよ。大事に想って頂けているようで嬉しいです。ただ、お手伝いして頂くようなボリュームのものが、これといって思い浮かばないのですよね……」


「手伝い限定で考えなくていいんじゃないのか? 毎日の生活が楽しくなる事なんてどうだ?」


 マハロさんの提案は目から鱗だった。そうだよね、身の回りのお世話だけじゃなくて、心に寄り添うのも大事なことだ。


「成程。――それなら、一緒にお茶を飲むなんてどうでしょう? 私は人に興味があるので、話し相手になって下さい。代わりに、私はお菊さんにこの世界の知識をお教えしましょう。いかがですか?」


 パールさんは一方的に受け取る関係が嫌なのね。私も同じ考えだから、持ちつ持たれつ、ずっと仲良く出来る距離感を保っていきたい。


「それでお願いします!」

「あーっ、ずるいずるい! 僕も入れて下さい!」

「ふふふ。では、お茶する時はこの三人で集まりましょう」

「やったー!」


 はしゃぐ姿に目を細めながら、マハロさんに小声で話し掛ける。


「ケン君てパールさん好きですよね」

「ああ。モンスターの中で一番好きなんだと」

「ふふふ。ケン君の一目惚れはパールさんなんですね」


「ははは、そうだな。お菊も早くロイヤルハニーベアーを仲間に出来るといいな」


「はい!」


 私もああやって、熊さんの言葉一つで幸せいっぱいな気持ちになる日が来るのだろうな。まだ見ぬ熊さんに思いを馳せつつ、皆の歯をピカピカにして回るのだった。


マハロさんは苦労してましたが、お菊ちゃんにかかれば、トワイフルも歯磨き好きになっちゃいます。

恰好良いねが効いたんでしょうね(笑)。


お読み頂きありがとうございました。

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