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35.心の傷

 小さい頃は「可愛いね」と言われると、嬉しくて「ありがとう!」って返していた。でも、大きくなるにつれて疑問を覚えた。


『あんた、健二君の周りをウロチョロしないでくれる? ブスが調子に乗ってんじゃないわよ!』


『目障りなのよ! 媚ばっかり売ってて浅ましい女!』


 普通に接しているだけなのに、こんな風に言われる事が増えていった。健二君が居ない時にいつも言われるのが救いかな。きっと知ってしまったら、私の事となると凄く怒ってくれるから、学校を退学にでもなるような事態になっていただろう。


 私が堪えればいい。家族と理解してくれる友達、健二君一家の前では、ありのままの私でいいのだから。


 社会に出てもそれは変わらなかった。同僚の男性に話し掛けられたり、「お昼一緒に食べない?」と誘われるなんて、よくある光景だと思っていた。だって、世の中には男性と女性しか居ないのだから、一緒に働いていれば仲良くなる相手だって出来るだろう。でも、私は許して貰えない。何故か考えた。一生懸命に考えた。


「認めたくないだけで、薄々分かってはいたんです。でも、社会人になって確信しました。私は本当に醜くて、人に嫌われるような存在なんだって。居るだけで嫌な気持ちにさせてしまう最低な――」


 その先は言えなかった。泣きそうな表情で走り寄って来た、トワイフルちゃんのモフモフの胸元に顔が埋まっていたから。ふふ、優しい子だね、君は。


「今すぐそれを言った奴らを八つ裂きにしてやりたい気分です」

「『パール伯爵、やめるんだ』と言いたい所だが、俺も同じ気持ちだ」

「なんか洗脳みたいだな。胸くそ悪いぜ」

「本当ですね。僕、久し振りに怒りを覚えました」


 ナダさんだけは無言で私の頭を撫でてくれている。その優しくて繊細な手に泣きそうになる。お願いだから、そんな大事そうに撫でないで……。


「――ここで全て断ち切った方がいいな。お菊、すまんがサポートウサギを呼んでくれるか?」


「え? はい、分かりました」


 マハロさんの急なお願いに首を傾げつつ、空に向かって声を出す。


「サポウサちゃーん」

「――はーい。お菊さん、どうされましたか?」


 いつも通りの登場なのに、皆がびっくりした顔をしている。空からの飛行物体って、やっぱりモンスターだと思いますよね?


「お菊って、いつもそうやって呼んでいるのか?」

「はい。最初はモンスターかと思っちゃいました」

「傷付くなぁ。お菊さんなら許しちゃいますけど」

「ふふふ、ごめんね。マハロさん、お話どうぞ」


「お、おう。その前にだな、サポートウサギを呼ぶボタンがステータス画面にあるの知ってるか?」


「へ? そんなのありましたっけ?」


 急いで見てみると、確かに画面右下に、ウサギの顔型ボタンがあった。も、もしかして――。


「そうだ。皆、それで呼んでいる。空へ向かって呼び掛けるのは、お菊くらいだと思う」


「ええーーーっ⁉ だ、だって、初めての時、空から来たから、そういうものだとばかり!」


「ああ! だからですか。なんでボタンを使わないか不思議だったんですよね~。でも、特別感があって僕は嬉しいです」


 そ、それならいいのかな? 操作に慣れていなくて時間が掛かるから、急いでいる時は声を出した方が早いんだよね。


「まぁ、双方がそれでいいなら俺も文句は無いけどな。それじゃあ、本題入るか。お菊の美形度調整は、髪と目を覗いて何%だ?」


「それは許可なくお話出来ません」

「そうか。お菊、聞いても大丈夫か?」

「ええ。私が醜いのは皆さんにばれてしまいましたから」


 そう言うと、皆が憤った顔をする。すみません、騙していて。


「俺も許可する。教えてくれ」


 俺も? と疑問に思いながらも、私も興味があるので耳を澄ます。


「分かりました。1%です」


 1%か……。99%いじるだなんて、どれだけ醜いんだろう、私……。


「やはりな。お菊、これから話す事はNPCの極秘事項だから、絶対に他言するなよ。いいな?」


「は、はい!」


 目力が凄いです、マハロさん。思わず三度も頷いてしまった。


「よし、良い子だ。サポートウサギ、説明を頼む」


「了解です。お菊さんに分かり易いように話しますね。まず、NPCというのはAIが動かしているというのは分かりますか?」


「うん。凄く頭が良いんだよね?」


「はい、その通りです。そして、僕等AIはデータや情報を処理するのを得意としています。僕等からすると、プレイヤーも膨大なデータや情報の塊と言えます」


 うんうんと頷く。ここまではちゃんと理解出来たよ。


「そして、ここからが重要です。元データと違う個所に僕等は敏感で、辿って元を探ろうとする習性があります」


 分かりはしたけど、何だか匂いをクンクン嗅いで、探し物をしているワンちゃんの話を聞いている気分になってきた。


「皆さんに聞いてみましょうか。ナダさんはいつやるタイプですか?」

「俺は出会って直ぐにやるかな」

「トッドさんは?」

「俺は気になった相手だけだな」

「ケン君は?」

「僕は気にしません!」

「えーと、こういうNPCもたまに居ます」

「そうですね。因みに私もナダさんと同じです」


 テイムされたモンスターであるパールさんも含めて、ほぼ全員がやるのね。本能に近いレベルのようだ。


「これでお分かり頂けましたか? 皆さん、とっくにお菊さんの元の容姿を知っていたんです」


「……え? えぇっ⁉ えーーーっ!」


 びっくりし過ぎて、まともな言葉が出て来ない。思わず自分の顔を手で覆う。


「見ないで下さい! 調子に乗ってごめんなさい……」


 もう泣きそうだ。というか、ちょぴっと涙が出てしまった。


「お菊、誤解していないか? 1%がいじった数字だぞ。いじった個所を教えてやってくれ」


「はい。鼻をほんの少し高くして、頬の丸みを少し落とし、足を1cm細くしました」


 あれ? それしかやってないの? 思わず顔を上げると、ナダさんがハンカチで涙を拭ってくれた。


「だから、何度も可愛いって伝えたでしょう。俺達Aチームは嘘を言わないよ」

「お世辞じゃなくて? 本当に私が気持ち悪くないんですか?」


「へぇ、気持ち悪いも散々言われたんだ。本当に反吐が出るよ、女性の嫉妬って。そっちの方がよっぽど醜くて気持ち悪いのにね」


「嫉妬も少しくらいなら、自分の事がそんなに好きなんだと嬉しく思うのでしょうがね。お菊さん、そんな輩の言葉を鵜呑みにしてはいけません。信じるべきは、あなたの為に怒ってくれる、ここに居る様な方々ですよ」


 パールさんの言葉を受けて皆を見回すと、次々に力強く頷いてくれる。


「長年すりこまれたものだから、認識を改めるのは大変だと思う。だから、少しずつでいい。今度は俺達の言葉を心と頭に染み込ませろ。それとな、辛い記憶をそのままにする必要だってないんだ。頭の中の事で、お菊しか振り返らないもんだぞ? 誰にも迷惑が掛からないんだから、いくらでも改変しちまえ。脳みそに改変の方が正しい記憶だと思わせたら、こっちの勝ちだ。もうそいつらはお菊の敵じゃない。いいか、全てを良きことに変えてみせろ。お菊なら必ず出来るから。な?」


 涙が頬をボロボロと伝って地面に染み込んでいく。あぁ、皆の優しい言葉もこうやって心へ沁み込んだに違いない。私は堪らずマハロさんに抱き付いて泣きじゃくった。背を撫でてくれる手は、本当に本当に温かくて、心の傷にまで届いている気がした。





「こういう時、俺じゃないんだ。はぁ、頑張ろう……」

「ふふふ、そうして下さい。サポートウサギ、貰い泣きが酷過ぎますよ」

「うわぁぁぁ、お菊さぁぁん! ぼぐ、もっとやざじくじますぅぅ~」

「はいはい、優しくしてあげて下さい。毛が絞れそうですよ。はい、タオル」

「パール伯爵、こっちにもくれ。ケンが同じ状態だ」

「うわぁぁぁん!」

「ああ、はいはい。全く手の掛かる子達ですね」


「うわっ、何、このカオス! あっ、お菊ちゃんまで泣いてる!」

「なにぃっ⁉ サムさんが渾身のギャグを――」

「やらなくていい。双子は眠れ」


「「ぐふぅっ⁉」」


 鼻をグスグスさせながら泣き止むと、双子のお兄さんが地面に倒れていた。薬きょうが転がっているので、またナダさんがやったのだろう。手が早いお方である。


「少しはすっきりしたか?」

「はい。マハロさん、服を濡らしちゃってごめんなさい。私、洗います」

「ああ、大丈夫だ。パール伯爵なら、ちょちょいのちょいだ。な?」

「ええ、お任せ下さい」


 凄い! 杖の一振りでマハロさんごと丸洗いして、あっという間に乾かしてしまった。


「一家に一匹、パールさんが居ないかなぁ」


「ふふふ、私は気に入った方の為にしか動きませんよ。お菊さんの家なら喜んで伺いますけどね」


「本当⁉ 嬉しいな~。一緒にお茶しようね」


「はい。さぁ、皆さん。そろそろお仕事しましょう。厩舎の子達がお腹を空かせて待っていますよ」


 その言葉を合図に皆が散らばって行く。双子のお兄さんがむくりと起きて、ゾンビのように上半身をだらんとさせて歩いていく姿にはびっくりした。睡眠行動なのかな?


「そんじゃ俺達も行くか」

「え? どこへ行くんですか?」

「お菊は浮雲と波浪のどっちに行きたい?」


 ああ、約束したもんね。う~ん、悩むな。人魚も天使も見たい。あ、そうだ。


「久遠様はどこに居るんですか?」


「俺も知らん。久遠様は三つの世界を自由に行き来できるから、会うのは難しいんじゃないか? 全然違う世界に居る可能性もあるしな」


「そうなんですね。じゃあ、時告げの鐘は?」


「それは浮雲の『空の島』にある。でも、近付けないようになっているから、直接見る事は出来ないぞ。だが、浮雲で最大の島であり町だから、天使がいっぱい見られるな」


「じゃあ、そこにします! 浮雲にしゅっぱーつ!」

「その意気は買うが、まずは設定変更してからな」

「あ、あはは」


 誤魔化し笑いをしながら、ステータス画面を開く。――あれ? 左手首の内側が赤くなってる。


「こんな痣、いつ出来たんだろう?」

「ん? ちょっと見せてみろ。――桜の花の形だな」

「そうですね。……あっ、久遠様のご加護!」

「そういや貰っていたな。気になるなら隠しておくか?」


「いえ、可愛らしい形なので平気です。ええと、選択肢が出るようにして、鐘の音もONと」


 マハロさんが腕時計を見て、「そろそろだな」と手を差し出してくれる。


「はぐれるなよ」

「はーい」


 そして、響く鐘の音。私はマハロさんの手を強く握って浮雲を選択した。


少々暗いお話でしたが、皆の優しさでようやく光が見えたお菊ちゃんです。

パール伯爵は面倒見がいいですね~。うちにも一匹欲しい……。

今日の投稿はこれで終了です。


お読み頂きありがとうございました。

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