33.響け! 時告げの鐘よ!!
最近の日課である、尊き宮へのお供え。今日は全部チューリップにしてみました。
清白様の社の裏側の石にも、赤いチューリップを置く。自分で片付けようと思っていたけど、毎日お花が無くなっているんだよね。ここで働いている人がやってくれているのかな?
置かないで下さいって注意されるのかと身構えていたけど、私が置く姿を優しい目で見守ってくれている。今日のチューリップが咲いている場所も、尊き宮の人に教えて貰った。他にも野花の情報をエプロンのおばちゃんや、お参りに来ている町の人に色々と教えて貰った。
NPCの人達ってフレンドリーなのか、話し掛けてくれるんだよね。プレイヤーがお参りするのは珍しいとの事なので、余計に世話を焼きたくなるのかもしれない。
立ち上がって伸びをしながら、そろそろログアウトしようかなと思っていると、空がみるみる黒雲で埋まって行く。わ~ん、傘なんて持っていないよぉ。久遠様のお参りを早く済ませちゃおう。
雨が降って来る前にと、慌てて本堂の屋根の下へ行こうとすると、空がビカッと光り、ビシャーーーン! と雷鳴が轟く。
「ひゃっ!」
悲鳴を上げて手で頭を覆う。残響が消えてから、恐る恐る空を見上げると――。
巨木の幹のような太い胴体をくねらせる黄金の竜が居た。ぽかーんと思わず口を開けて見入っていると、威厳のある低い声が空から降って来る。うわぁ、空間がビリビリ言ってる!
「時の旅人たちよ、我は竜神、久遠。この世界によくぞ参った。そなた達がこの世界を訪れてから瞬く間に時は流れ、今では大半の者がLV5以上へと成長を遂げた。それを祝し、新たな世界への扉を開こうではないか。さぁ、響け! 時告げの鐘よ!! 浮雲、波浪へと彼等を運べ!」
力強い宣言と共に、カラーン、カラーン、カラーンと振るような音で始まり、カーン、カーンと叩くような音へと変わって行く。金剛鈴の音のようで、縁を棒で擦ったようなクワーン、クワーンという倍音が響き始めると、体に浮遊感を覚える。
どよめきが始まりの鐘の方から聞こえたので目を向けると、プレイヤーが次々と姿を消していく。えっ、何が起こっているの⁉ 私も消えちゃったら、どうしよう⁉
「――お菊、待て! 選ぶな!」
大声で名前を呼ばれて身を竦ませる。うわぁっ、さっきからびっくりする事ばかりだよぉ。心臓がバクバクだ。
「間に合ったか! 選ぶと次の鐘まで遊楽に戻って来られなくなるぞ」
「マハロさん! 久遠様! 黄金の竜ですよ!」
「分かった、分かった。取り敢えず、落ち着け。な?」
興奮してほらほらと空を指さすと、頭をいつものように、わしゃわしゃと撫でられる。すっかりお馴染みとなった温かな手の感触で、昂った気持ちが落ち着いていき、大事なことを思い出す。
「マハロさん、お帰りなさい」
「ははは、ただいま。こんな時に律儀だな」
「だって約束したじゃないですか。でも、早くありませんか?」
「お菊の一大事なら飛んで来るに決まっているだろう。選択肢はどうなってる?」
私の為だなんてと嬉しさでシッポを振りつつ、視界の中に選択肢なるものを探す。
「ん? どこにも出ていませんよ?」
「うん? 設定で確認してくれるか?」
マハロさんの指示通りに進むと、すぐにお目当ての部分を見付ける。
「自動、任意、OFFのどれになっている?」
「OFFです」
「そうか、なら問題なかったな。鐘の音もうるさいようならOFFに出来るぞ」
「そうなんですか。しておいた方がいいですか?」
「お菊達の時間に従って言うと、一時間ごとに3分間鳴る。それなりの頻度と長さだから、音に敏感なウサギさんは切っておいた方がいいかもしれんな」
じゃあ、切っておこうっと。毎回ビクッとなる自信しかない。
「時の旅人さんが一気に居なくなったな。残っているのはお菊くらいじゃないか?」
「本当だ、空いていますね。始まりの鐘の前にプレイヤーが居ないなんて初めてかも」
「お菊はここの常連だから詳しいな」
「むぅ、しょうがないじゃないですか~」
「ははは、そう拗ねるな」
ペチペチとマハロさんの腕を叩いていると、頭の中に声が鳴り響く。
『そなたは行かぬのか? お菊よ』
「へ? こ、声がした! マハロさん、頭に声!」
「うん? 久遠様がお菊を見ているから、久遠様じゃないのか?」
「えぇっ⁉ あ、あの、なんで私の名前を?」
見上げて問うと、体をくねらせながら先程よりも低い位置に下りて来てくれた。とは言っても建物を壊さない為なのか、かなり上空だけど。
『いつも宮に来てくれるだろう。日々の報告は我の楽しみだ』
嘘っ、全部聞こえていたの⁉ ――って神様なら当然じゃない! あっ、良縁祈願も⁉ うわぁぁぁっ、恥ずかしい!
マハロさんが怪訝そうに見て来るので、慌てて久遠様にお願いする。
「どうか、あの事は内緒でお願いします! ……あの、こんな私ですが、また伺ってもいいですか?」
『はっはっは、勿論だ。楽しみに待っておる。して、マハロよ。仕事があるから止めたのか?』
「はい。それもありますが、独りで行かせるのは不安しかなかったので」
ショックを受けて、思わずマハロさんの腕を掴んでしまう。
「私、そんなに信用がないんですか⁉」
「違う。何かあっても助けてやれないだろう。俺かAチームの誰かが最初は案内してやるから、慣れてから一人で行くといい」
『マハロよ、随分と過保護ではないか。そなたらしくもない』
マハロさんが渋面で空を見上げてから、私をチラッと見る。そして、フンッと鼻から息を吐くと胸を張る。
「俺の娘だからな。過保護で何が悪い」
『ほぉ、娘とな。血の繋がりがなくとも家族か』
「ああ。無いとは思うが、この子を傷付けるようなら神とだって戦ってやるさ」
『これは勇ましい。人とは短期間でこれ程までに変わるものか。――面白い。その縁を大切にするが良い。お菊、これは褒美だ』
何の褒美だろうと思っていると、ぽかーんと開いていた口の中に桜の花びらがヒラリと入り込む。
「――ん、甘い……」
桜の柔らかな香りと、梨のような甘みが舌を覆う。爽やかな甘みでおいしいな。
『我の加護だ。この世界を余すところなく楽しんでくれ』
「ありがとうございます。どんな効果があるんですか?」
『その時が来れば自然と知れよう。楽しみに待っておれ』
「はい。あっ、待って下さい! 好きなお花は何ですか?」
雲と共に遠ざかって行く久遠様に慌てて声を掛ける。いつも目に付く野花をお供えしているけど、好きなお花の方が嬉しい筈だ。
『心を込めて摘んでくれた花なら全てが愛おしい。……だが、一等好きなのはリンドウだ』
「リンドウですね。今度お供えしまーす」
ブンブン手を振ると、シッポの先をヒラリと振ってくれた。ふふふ、思っていたより親しみやすい神様だ。
黒雲が消えて黒に近い夕焼け空が戻って来ると、NPCの人達が「久し振りのご降臨だねぇ」と言いながら、笑顔で去って行く。神様の姿をこの目で見られるなんて、ゲームの世界といえど嬉しい。
笑顔のままでマハロさんを振り返ると、落ち込んだ顔をしている。
「どうしたんですか?」
「すまんな。本当は行きたかっただろうに……」
過保護と言われたのを気にしているのだろうか? でも、私は全然残念だと思っていない。
「そんな事ありませんよ。『行け!』って言われても、『お断りします!』って即答していましたよ。『どうやるの?』や『リボーンする場所は?』とか、サポウサちゃんにまず聞かないといけませんからね!」
「ぶふっ⁉ そ、そうか。お菊だもんな」
「はい、超初心者のお菊ですから。一緒に行くのを楽しみにしていますね」
「ははは。ああ、分かった。任せろ!」
安心したように眉を開くマハロさんの腕に腕を絡ませる。
「帰りましょう、マハロさん。道中に時告げの鐘について教えて下さいね」
「それはいいが、照れるな……」
耳を赤くしている姿が微笑ましい。うちのお父さんなら嬉々として「菊枝、菊枝。はい、腕!」って差し出して来ますよ?
「お父さんになったのなら、私と腕を組まなくちゃいけないんです。それに、目指せ、リボーン阻止! ですよ」
「それは協力しない訳にはいかないな。だが、もう少しだけ離れような?」
「え~」
「え~じゃない! 慎みを持てと言ってるだろうが!」
そう言いつつも無理矢理引き剥がそうとはしないマハロさんは、やっぱり優しい。元気よく腕を引っ張りながら、賑やかに寮へと向かうのだった。
寸止めかよ⁉ と思われた方も多いのではないでしょうか? でも、お菊ちゃんですからね~。お約束の行動はしてくれません。ですが、ご安心を。近々行きます。
お読み頂きありがとうございました。




