3.どたばたキャラメイク1
待ちに待ったゴールデンウィークがやって来た! 宣言通りに健二君がソフトなどを手に入れて設定してくれる。
「キャラメイクは自分でやらないと駄目だからさ、頑張ってな。サポートAIが助けてくれるから、分からない事や困った事はどんどん聞くと良いよ」
「うん、そうするね。何から何までありがとう」
「いいって、これぐらいお安い御用だよ。VRスーツの着方は分かる?」
「服の上から着ても大丈夫なの? 下着姿になった方がいい?」
「下、着?」
「そう。ん? 健二君、顔赤いけど大丈夫? 部屋暑いなら窓開けるよ?」
「だ、大丈夫! ――俺、落ち着け。落ち着くんだ!」
新しいゲームで興奮しちゃったのかな? 健二君、ゲーム好きが高じて作る方になったんだもんね。
「あ、あのさ、そのままでも大丈夫だよ。薄着の方が良いとは思うけどな」
「そうなんだ。じゃあ、パーカーだけ脱いでおくね」
半袖になって袖を通していく。VRスーツってレーシングスーツみたいだよね。ヘルメットもあるし。
「大きさも問題ないみたいだな。お次は、これを舌につけてくれ」
平仮名の『つ』みたいな形をした板を舌に嵌める。
「苦しくないか?」
「うん。違和感もほとんどないし、喋るのも平気」
「良かった。他のサイズも一応用意しておいたけど要らなかったな」
これをくれた女性は似た様な体格だったのだろう。太らないように注意しなくちゃ。
「あとは電源押せばいいからな。俺は会社行くから、またな。今度会う時には感想聞かせてくれよ」
「うん、忙しいのにありがとう。今度ご飯奢るね」
「おう、楽しみにしとく。じゃあな」
手を振り返してヘルメットを被る。ソファーとベッド、どちらにしようかな? うーん、今日はベッドにしよう。――よし、スタート!
☆= ☆= ☆=
「ようこそ! 『時告げの鐘』へ!」
可愛い声が聞こえて目を開けると、淡いピンクの空間にローテーブルと一人掛けの白いソファーが置いてあり、私はそこに座っていた。そして、声の主と思われる赤いサファリハットを被った白ウサギさんが、宙に浮きながらお辞儀している。私も立ち上がって挨拶しなくちゃね。
「よろしくお願いします、ウサギさん」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はサポートウサギです。分からない事は何でも聞いて下さいね」
「うん。あっ、はい」
いけない、いけない。可愛い見た目だからって、初めて会ったのに失礼だよね。でも、心の中ではサポウサちゃんと呼ばせて貰おう。フワフワで素敵。
「ふふふ、いつもの口調でお話して頂いて大丈夫ですよ。今回は初回限定版をお買い上げ頂きまして、誠にありがとうございます」
深いお辞儀に慌ててお辞儀を返す。お買い上げしてなくて、ごめんなさい。健二君に貰いました。だって、お金を渡そうとしても頑として受け取ってくれなかったんだもん。俺からのプレゼントだからって押し切られちゃったんだよね。今度、いつもの定食屋さんじゃなくて、お高いご飯をご馳走するからね!
「リセマラは出来ませんが、二時間以内なら何度でもステータスをランダムで変化させる事が出来ます。制限時間を越えるとペナルティがあり、ランダムで自動的に値が選ばれ、永久に固定となりますのでご注意下さい。どうしても変更したいという場合は、誠に申し訳ございませんが、ソフトを新たにお買い上げ頂く形となります」
結構厳しい条件な気がする。だけど、まずは分からない事を聞かないとね。
「えっと、ごめんね。リセマラって何かな?」
「リセマラとはリセットマラソンの略です。欲しいものを手に入れる為に、インストールとアンインストールを繰り返します」
出だしから分からない用語と横文字がズラズラ出て来たよ……。でも、ちょっとは自分でもネットで調べてみたのだ。確率は凄く低いらしいのだが、ランダム作成はHPが9999になったり、LV1の状態でステータスの上限になる可能性があるという事だった。
「決まった初期値で始める事も出来ますが、いかがされますか?」
「ランダムでお願いします」
HPやステータスが何かは分からないけど、高い数値が出るなら、やらない手はない! とネットで見たのだ。ゲームに詳しい人達がそう言うなら、私もやってみますとも。
「承知致しました。今から制限時間のカウントダウンが始まります」
向かいの壁にデジタルの大きな時計が現れ、1:59:58……1:59:57……と時を刻み始める。何だかドキドキしてきた!
「ステータスの値決めを最後にじっくりと行って頂く為に、他の事を決めてしまいましょう。まずはゲーム内でのお名前を教えて下さい」
「う~ん、名前かぁ……」
そのままっていう訳にもいかないだろうけど、全然違うと返事が出来なさそうなんだよね。
「お悩みですね。ご自分のお名前を英語にする方も多いですよ」
「英語……」
菊って英語ではなんて言うんだろう? ……駄目だ、さっぱり分からない。私、横文字は苦手なんだよね。何だか発言がうちのおばあちゃんみたい。……ん? そうだ! 時代劇風にすればいいんじゃない⁉ おばあちゃんと一緒に緑茶を啜りながら、いつも楽しく見ている。私の一押しは印籠のおじいちゃんだ。何度見ても飽きないんだな、これが。
「お菊にします!」
「お菊さんですか。良いお名前ですね」
「ふふっ、ありがとう。次は何を決めたらいいの?」
「では容姿を決めて行きましょう。まずは種族を選んで下さい」
なれる種族がずらりと書かれたリストが宙に浮かぶ。残念ながら分からないものの方が多いな。私、乙女ゲームとパズルゲームを少しやった事があるだけで、RPGは初めてなんだよね。
「あのー」
「はい、どうされましたか?」
「ハーフリングってどういう種族なの?」
「人間と姿は同じですが、身長が半分位ですね。スピードと運が高めの種族となります」
他にも一通り種族について説明を受ける。初期のステータスは一律だけど、最大レベルの時の値が違うらしい。
……うん。ステータスが分からないと話にならないのは分かった。それに、途中から耳を素通りしていった言葉も多い。ごめんよ、サポウサちゃん。こんなプレイヤーで……。
まさか、キャラ作成開始直後に躓くとは思わなかったな……。さっきから質問で話を遮ってばかりだから、今はお礼を言って先に進めて貰おう。に、逃げては……います。ごめんなさい、後でまとめて時間を下さい!
「へ、へぇ~、そうなんだ。ありがとう、サポウサちゃん」
「サポウサちゃん、ですか?」
戸惑いを返されて、心の中で呼んでいた名前を言ってしまった事に気付く。テンパっていたせいもあるけど、私って隠し事が下手だな……。
「あっ、ごめんね。つい馴れ馴れしく呼んじゃった……。どう呼べばいいかな?」
「サポウサがいいです! お菊さん、是非そう呼んで下さい!」
「あれ? 怒ってないの?」
「いいえ、怒るどころか嬉しいですよ。愚痴になってしまいますが、皆さん『おい』や『お前』と仰る方が多いですから」
「むぅ、酷い言い方をするんだね。あのね、私はそういう風に言われるのが嫌いなの。だから、自分では使わないように気を付けているんだ」
「それは素晴らしいお心掛けですね。お菊さんのように考えてくれる人が増えたら良いのですが……。中々難しいですね」
AIだからとか、ゲーム内だからって横柄な態度で臨むのは違うと思う。自分に置き換えたら凄く嫌な気分になるもの。
「よろしければお茶をお召し上がり下さい。キャラ作成は皆さん力が入りますからね」
ティーポットとカップが目の前に現れ、サポウサちゃんが注いでくれた。
「うわぁ、ゲームっぽい! 紅茶も良い香り!」
「ふふふ、喜んで頂けて僕も嬉しいです」
早速湯気の立つカップに唇を寄せる。
「――おいしい。凄いね、本当にゲーム内なのに味が分かるよ」
「お菊さんはVRゲームをするのは初めてですか?」
「うん。ゲームはほとんどやった事がないの。だから、質問攻めにしちゃうと思うんだ。ごめんね……」
「謝らないで下さい。僕でお力になれる事なら、力いっぱいサポートさせて頂きますから!」
なんて良い子! 思わず撫でたくなったけど、手をギュッと握って我慢する。仲良くなれた時に頼んでみよう。
「ねぇ、サポウサちゃん。お試しで姿を変える事は出来るのかな?」
「はい、大丈夫です。どれをお試しになりますか?」
サポウサちゃんが床を指さすと、姿見が現れる。この空間はサポウサちゃんの意のままになっちゃうらしい。
「気になっているのは獣人とエルフなの」
「獣人は猫、狼、ウサギの三種類ありますが、どちらになさいますか?」
「猫とウサギを試したいな」
「承知致しました。では、猫から参りましょう」
星の付いたステッキをサポウサちゃんが振ると、私をキラキラの黄金色の粉が包み込む。凄い! シンデレラになったみたい!
「いかがでしょうか?」
鏡を見ると、三角の耳と長いシッポを生やした黒猫獣人が立っていた。
「うわぁ~、耳がある!」
自分に生えた耳をそっと触ってみる。あ~、モフモフの良い手触りだよ~。シッポも触っておこう。う~ん、滑らかな毛並み……。
「ふふふ、お気に召したようですね。猫になさいますか?」
「ううん、全部試してから決めようと思ってるの。ウサギの耳もエルフの耳も気になるもの」
「お任せ下さい。では、お次はエルフに変えますね」
またキラキラに包まれると、とんがった耳に変わっている。それ以外の外見は人間と一緒みたいだ。
「エルフは遠くからでも攻撃出来るんだよね?」
「はい。それに近接戦闘も得意なんですよ」
弓と魔法が得意って書いてあったけど、近接もいけるんだ。うーん、余計に迷うな。
「では、最後にウサギ獣人に変えますね」
その姿を見て、全ての迷いは一瞬で彼方に飛んで行った。
「これにします!」
「えっ、即決⁉」
「うん! だって、見てよ、この耳! モフモフ……ううん、モッフォモッフォだよ!」
求めていたモフモフがこんな身近にあるなんて! そうだ、大事なシッポも確認しなくちゃ。
「うわぁ、短めシッポも手触り抜群!」
長めの毛で覆われているのかと思っていたけど、モッフォモッフォの毛で覆われていた。これ自分の意思で動かせるのかな?
「う~~~ん、えいっ! あっ、動いた! ちゃんと神経通ってるよ、サポウサちゃん!」
シッポに意識を集中し、プルプルと力を込めるとピーンと天井を指してくれた。喜びを分かち合おうとサポウサちゃんに声を掛けると、床に蹲って震えている。
えっ、私が集中している間に何があったの⁉ 大変だと慌てて駆け寄ると「ぶっ、くっ、ぶふっ」という声が漏れ聞こえてくる。あれ? もしかして爆笑してる?
「えっと、サポウサちゃん?」
「し、しつ、ぶくくっ、失礼、致し! あはははっ!」
我慢が効かなくなったのか、明るい笑い声を響かせ始める。
「あ、あははは、お菊さん、最高です! ぶはっ、はははっ」
何がそんなに面白かったのだろうか? 理由は分からないけど、楽しそうなサポウサちゃんを見られて私も嬉しいよ。
お菊はウサギさんで即決です。サポウサちゃんを見た影響ですかね? 猫の長いシッポも捨てがたいですが、モッフォモッフォの耳に軍配が上がりました。
お読み頂きありがとうございました。