29.駄目押し ~ナダ視点~
パニック一歩手前の俺は、どうにかしないとという一心で、お菊ちゃんをお姫様抱っこして走る。医者か? 魔法使いか? 誰に見せれば正解なんだ⁉
頭を掻き毟りたい衝動に襲われていると、セイラさんが通り掛かる。
「あら、お菊ちゃんの顔真っ赤じゃない。って、えぇぇっ⁉ 何で頭から煙が出てるのよ⁉」
「ショートとかいう状態異常になってる。治し方知らない?」
「こんなの初めて見たわよ! 取り敢えず、薬師の子を呼んで来るわ!」
「頼む! お菊ちゃん、しっかり!」
励ますと困ったような雰囲気が伝わって来る。何? どうしたいの?
「……待って。ナダさんから遠い所に……行きたい……」
「……はい?」
セイラさんがつんのめりながら立ち止まる。……聞き間違い、だよな? お菊ちゃんを見ると、スッと目を逸らされる。うっ、心が痛い……。
「ちょっと待って、俺の所為なの⁉ おかしいな、何かしたっけ……」
心当たりが全くない。強いて言えば、近付き過ぎたという事だろうか? お菊ちゃんには、俺を引き寄せる磁力が備わっていると思う。
「――居た! 血相変えて走る姿が見えたもんだから追って来たんだが、って何だこの空気?」
「お菊さん、大丈夫ですか⁉」
トッドさんとパール伯爵か。二人を見たお菊ちゃんの目に光が灯る。
「トッドさん、もう限界です……。キャパオーバーです……」
その言葉だけで分かったようで、セイラさんに「大丈夫、俺が面倒見るから」と言って帰って貰っている。あ、まずい気がする。怒りの眼が俺を捉えた。この後は特大の雷だな。
「――ナダ! だから、お菊のペースに合わせろって言ってんだろ! 寄越せ!」
っつ~~~。相変わらず痛い拳骨だ。だが、今はそんな事はどうでもいい。俺よりもお菊ちゃんを分かっているみたいな顔をされた事が腹立たしくて仕方ない。それに、ずっと一緒に働いて来た俺の状態を分かってくれたっていいだろう!
「渡しませんよ! ああ~~~っ、くそっ! 俺だってそうしたいけど出来ないんですよ! トッドさんもNPCなら分かるでしょう! 強制力が働いている上に、リミッターが有り得ない速度で次々と外れていくんですよ!」
「……マジか。こんな短期間でとはな……」
何の話をしているんだろう? という感じで俺を見上げてくる若葉色の大きな瞳。見つめられていると怒りがスッと消えていく。愛おしくて堪らない気持ちになり、より強く抱き締める。
「だぁぁぁっ、この話は後だ! 腕を緩めろ! お前が強く抱き締めるから、煙の量が増えてるじゃねぇか!」
「あ……。ごめんね、お菊ちゃん」
そうだった、ショートしていたんだっけ。お菊ちゃんの魅力にやられて、頭から自制だの我慢だのと言われているものが、ボロボロと零れているに違いない。
俺の力が緩んだ隙に、お菊ちゃんの体が透明な球体に包まれて宙に浮く。あぁ、温もりが遠ざかってしまった。
「お菊さんは少しそこで休んでいて下さい。――お菊さんには音が聞こえないようにしました。ナダさん、詳しく話して下さい」
杖を一振りして、パール伯爵が俺を見上げてくる。
「はぁ、分かった。最初はちゃんと自制出来ていたんだ。揶揄う位の余裕もあった」
「そうだな。俺から見ても抑えているのは分かった。その時のリミッターはどうだったんだ?」
「一気に二つ外れましたけど、友達になる時の旅人相手だと、よくある事じゃないですか。なので、あまり気にしていなかったんですが……」
「それだけでは終わらなかったという事ですか?」
「ああ。会うたびにポロポロ外れるんだ。有り得ないだろう?」
「確かにな……」
トッドさんは腕を組み、パール伯爵は杖の宝石を指でトントン叩きながら、考えを巡らしている。
「――ナダは確か恋愛タイプのNPCだったか?」
NPCには様々なタイプがいる。仕事、恋愛、研究など、重きを置くものがそれぞれ違う。因みに、トッドさんは仕事タイプだ。
「はい。基本設定はツンデレで、好きになった相手には甘い言葉だの態度がデフォルトですね。今回はこの強制力の上に、俺個人の感情が多分にのっかっているので、歯止めが効かなくなってきています」
NPCは時の旅人相手に、ある程度決まった受け答えが設定されている。普段はそれに任せているのだが、親しくなると外れるリミッターによって、少しずつ自身の考えや感情を出せるようになっていく。
リミッターはLV8まであり、俺は現在LV5まで解放されてしまっている。LV6になれば恋人に抱く感情レベルだ。異例のスピード過ぎて、俺自身も大いに戸惑っているが、嫌ではないものだから余計に拍車が掛かっている気がする。
「バグかもしれないし、マハロさんに相談してみるか?」
「はぁ⁉ この気持ちはバグなんかじゃありませんよ! 俺はお菊ちゃんが心の底から大好きなんですからね!」
「大声でよくそんな台詞が言えるな。さすが、恋愛タイプだぜ。俺には小っ恥ずかしくて言えそうにないな」
カラカラと笑うトッドさんに血の気の失せた顔を向ける。まずい、まずいぞ!
「……トッドさん。今の叫びで完全に自覚した所為か、LV6になりました……」
「「………」」
二人の沈黙と向けられる視線が痛い。自分で駄目押しをしてしまうとは……。
「……こうなってしまったものは仕方ありません。マハロさんに相談するまで何とか凌ぎましょう。強制力はどうにもなりませんから、ナダさん自身の理性や感情に訴えかけるしかありませんね。効果があるかは分かりませんが、私達が痛い所を突かせて貰います」
「ああ、遠慮なく言ってくれ。今の俺じゃ、お菊ちゃんの気持ちを置いてけぼりにしてしまう」
「分かりました。お菊さんにも関係がある事ですから、一緒に聞いて貰いましょう」
彼女には俺の駄目な部分ばかり見られている気がする。こういう気持ちも抑止力になりそうだから、諦めて晒すか……。
パール伯爵に手を引かれる彼女が近付いて来ると、トッドさんが溜息を吐く。
「事情が分かったから怒りづらいんだがな。仕方ない、始めるぞ。――ナダ、強引に事を運んで自分の気持ちを押し付ければ満足なのか? 一緒に歩んで行きたい相手にそれはどうなんだ? 無視しているのと同じだぞ、それは」
本当に痛い所を突いて来るな。反論出来ずにグッと詰まってしまう。
「焦りがあるのは分かる。いつ誰にとられるかって怖いよな。でもな、選ぶ自由がお菊にはあるんだ。それは分かるな?」
「……はい」
「それが分かるなら、もうちょい考えろ。お菊がどういう男を好ましく思い、どうしたら心を開いてくれるかをな。今のお前は嫌われる努力をしているようなもんだぞ」
「――っ。ごめんね、お菊ちゃん……」
いたたまれなくて頭を下げる。こうやって人に指摘されると、本当に嫌な男だなと思う。
「頭を上げて下さい。ナダさん、私モテませんよ。付き合った人は居ないって言ったじゃないですか。それに、出会ったばかりでナダさんは私の事をよく知らないです。私、結構嫌われるので、自分では気付けていない嫌な所がいっぱいあると思うんです」
……いや、思い付かないけど。珍しい程に良い子だよな? 直接聞いてみるか。
「例えば?」
「え、例えばですか? うーんと、よく言われるのは、『あんたなんか釣り合わないわよ』や『何であんたばっかり』とか。あとは、『調子に乗ってるんじゃないわよ』とかも良く言われます」
「わよ」って事は主に女性に言われるのか。内容を頭の中でもう一度再生して憤る。口汚い事を言いそうだったので拳を握って堪えていると、先に二人がキレた。
「はぁ⁉ ただのやっかみじゃねぇか!」
「そんな事を言っているから好かれないのだと、何故分からないのですかね?」
代弁をありがとう。俺じゃあ、『ピーッ』とかぶせ音が入ってしまっただろう。それはいいとして、よく言われるという事は、お菊ちゃんを気に入っている男が側に居る状況が多いという事だ。……ムカツク。
「それを言われる時って、さっき教えてくれた従弟が離れた時が多いの?」
「ん? そう言われればそうですね。あとは男性に話し掛けられた後とか」
「――余計潰したくなったな、その従弟」
お菊ちゃんに聞こえないようにボソッと呟くと、パール伯爵が鼻をヒクッとさせて俺から一歩後退った。どうやら、こっちには聞こえてしまったようだ。ドス黒い感情を噴き出させていると、パール伯爵が「こほん」と一つ咳払いをして、俺を恐々と窺っているお菊ちゃんに話し掛ける。
「お菊さんに対して怒っている訳ではありませんよ。ナダさんも反省して謝った事ですし、お菊さんはマンドラゴラと遊んで来て下さい。私がリッシュの森へ飛ばしましょう。いってらっしゃい」
言うが早いか、パール伯爵が杖を振ると姿が消える。転移の魔法を使えるなんて一握りしか居ない。取得方法が難しい上に、一発使えば魔力切れを起こすものが大半だ。それなのに、まだまだ余裕がありまくるから恐れ入る。伯爵が敵に回らなくて良かったと心底思った。
「……はぁ。今のはいただけませんね。もう少し痛い目を見て頂きましょうか」
「ぐっ……。了解」
自覚があるだけに受け入れるしかない。パール伯爵には今後も味方で居て貰わなければならないしな。
「トッドさんからどうぞ」
「おう。ナダ屈め」
無言で屈んだ頭に拳骨が落とされる。いつもより痛くないので手加減してくれたのだろう。
「次は私が。――はっ!」
ジャンプして杖が振られると、連続で衝撃が来る。一振りに見えて高速で何回も打ち込んだな⁉
「――っ、った、痛っ! ちょっと、何回入れたんだ⁉」
「8回です。お菊さんが帰って来る頃には、たんこぶタワーが出来ているでしょうね。ふふふ」
「笑い事じゃない! 手加減してくれてもいいだろう!」
「嫌ですね。同情はしていますが、あなたはお菊さんを困らせ過ぎです。私はこれでも怒っているのですよ。それくらいで済んで良かったと思って頂きたいですね」
何で俺がこんな目に遭うんだ。リミッターの阿呆!
「あとはマハロさんに相談だな。お菊とは二人きりになるなよ。お前、必ず暴走するぞ」
「分かっていますよ。……頭ではね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ。気を付けます」
「おう、そうしてくれ。俺は先に戻る」
見送っていると、下から突き刺さるような視線が送られてくる。ちっ、聞こえていたか。
「あなたの体が勝手に動いてしまうようでしたら、私が強制排除してあげましょう。行先は地獄でよろしいですか?」
杖を向けられながらニコッと笑われて顔が引き攣る。その笑っていない円らな瞳が本気だと言っているんだが?
「いいや、遠慮しておくよ。俺はお菊ちゃんと一緒に天国へ行きたいんでね」
「そうですか、無事に行けるといいですね。ふふふ……」
「は、はは……」
マジで怖いな。俺だけ叩き落とす気満々だろう。引き攣り笑いを返しながら、これからの生殺しの日々を呪ってやりたくなった。
ナダさん、拳骨されまくりです。段々と残念イケメンになっている気が……。
ショートは時間経過と共に治ります。原因から遠ざかれば、すぐ元気。
お読み頂きありがとうございました。




