27.パール伯爵
最後にちょこっとだけ、パール伯爵視点です。
預モンに行く為の入口は、マハロ商会の裏手にある倉庫とギルドの地下にある。働いている皆さんは、お家から近い方を利用しているそうだ。
入口を通過する為には、NPCの人は生体認証とカードキー。プレイヤーは生体認証、ゲームID、ギルドカードが必要になる。自動的に機械が読み取ってくれるので、アイテムボックスから取り出す必要もなく、ただ立っていればいいので楽チンだ。
入口を抜けると明るくて真っ白な通路が続き、扉も窓も何もない。ちょっと方向感覚が狂いそうな視覚の中を一番奥まで行くと、二度目のスキャン。魔法の契約書をマハロさんと交わしていると、通れる仕組みらしい。
通っていいよという場合は、ただの壁にドアノブが現れる。捻ると扉の線が壁に走り、普通の扉の様に開く。抜けた先は預モンの倉庫で、大豆の袋などがうず高く積まれている。
有り得ない事らしいけど、あなたは預モンの人じゃありませんよという時は、ギルド内にある牢屋へ飛ばされるそうだ。剣や魔法で破れない上に、ギルド長さん全員にお仕置きをされ、存在を抹消されるそうな。何とも恐ろしい話である。
始まりの鐘は、マハロ商会の倉庫とギルドの真ん中辺りにある。どちらでもいいのだけれど、ギルドはこの前みたいに人とぶつかったりしそうなので、私は倉庫の方へ行くようにしている。
「お菊さん、お帰りなさい」
「ケン君、ごめんね。何度も何度も……」
今日はケン君と組んでのお仕事である。丁寧に仕事を教えて貰って作業しているのだけれど、転んだり、モンスターに小突かれたりで、朝から何度もリボーンしている。
「気にしないで下さい。それよりも、トッドさんに聞いてみましょう。こんなにモンスターがちょっかいを出すなんて珍しいです。普段はもっと大人しい子達なんですよ」
「そうなの⁉ あ、私が弱そうだからとか?」
「うーん、僕は獣人だからなのかなぁと思っているんですけど」
二人で首を傾げつつ、他の厩舎での調教を終えて戻って来たトッドさんの元へと向かう。
「どうしたよ、二人共。何か問題か?」
「モンスターがお菊さんを鼻や手で小突いたり、匂いをフンフン嗅いだり、落ち着きがないんです。その所為でリボーンばかりしているので、何とかなりませんか?」
「へぇ、そりゃ随分と興味を持たれているんだな」
「獣人だからですか?」
「いや、違うと思うぞ。うちにも獣人が勤めているが、そんな話は聞かないからな。俺はテイム100が怪しいと思う」
「SAがですか? テイム率以外にも特殊効果があるという事でしょうか?」
「俺はそう睨んでいる。どうだ、お菊。気難しいモンスターにも会ってみないか? そうしたら、実証出来るだろう」
トッドさんとケン君の予想を「へぇ~」と聞いていたら、急に話が回って来た。
「ええっ、ガブッとされたりしませんか?」
「しないぞ。攻撃はしてこないが、気に食わないとプイッと顔を逸らして無視される」
それ、地味に心へダメージが入るやつじゃないですか……。トッドさんは私の心中が分かったのか、ニヤリとして肩を叩いて来る。
「まぁ、試しに行こう。仲良く出来る可能性だってあるんだしな」
「それはそうですけど……。ケン君、プイッてされたら慰めてね」
「あはは、了解です。でも、お菊さんはサムさんやトニーさんみたいに騒がしくないから大丈夫だと思いますよ」
「二人は嫌われているの?」
「はい、がっつりと。会うたびに威嚇し合ってます」
簡単にその光景が想像出来た。途端にコミカルなイメージになって、身構えていた気持ちが緩む。
「そっか~。じゃあ、私も嫌われたら加わらないと」
「お菊、それは止めとけ! あいつらと同レベルになっちゃいかん!」
「そうですよ! お二人のお馬鹿菌がうつったら大変です!」
ケン君が何気に酷いこと言っている。それとも皆の共通認識なのだろうか?
A厩舎の一番奥には、壁だけで区切られている他とは違い、扉もある完全な個室がある。そこに件のモンスターは居るらしい。トッドさんがノックをすると、すぐに応じる声がする。
「おやおや、今日は賑やかですね。トッドさん?」
「おうよ。新人を連れて来た」
開けられた扉の影に私は居るので、まだ相手の姿が見えない。ちょっと気取った感じの声は男性のものだ。人型なのかな?
ここまでなら近付いていいぞと示された戸口へ、転ばないように足元をよく見て進み、深々とお辞儀する。
「新しく入りました、お菊です。よろしくお願いします」
「よろしく。顔を上げて下さい」
緊張しながら恐る恐る顔を上げると――、二足で立つミニブタさん? が居た。か、可愛い! まるで、ぬいぐるみだ。触ったらもっちりしてそう。
「モンスター?」
「モンスター」
思わずケン君に確認すると、はっきりとしたお答えが返って来る。
「ふふふ、このような反応は初めてですね。そんなに珍しいですか?」
何度も頷いて見せる。黒のスーツと革靴、白いシャツに赤いネクタイを締めている。60cmくらいの大きさだけど、堂々としていて高貴そうな雰囲気が出ている。
「ウサギの獣人さんですか。へぇ……」
じーっと見つめられて緊張は最高潮だ。プイッてされたらどうしよう⁉
「――成程。困難な道でしょうが頑張って下さい。私でよければ手助け致しましょう」
「へ?」
思わずトッドさんを見ると、「ガハハッ」と笑っている。こ、これは受け入れて貰えたって事かな?
「お菊、合格だってよ。良かったなぁ」
肩をポンポンと叩かれて、ようやく私の顔も綻び始める。
「よ、良かった~。あ、あの、お名前を教えて頂けませんか?」
「ああ、これは失礼。私はパール・フォン・スクローファ。皆さんにはパール伯爵と呼ばれていますが、お菊さんの好きに呼んで下さって結構ですよ。それと、敬語は無しで構いません。私の喋り方はこれが普通なので、お気になさらず」
フォンって入っているから貴族なのだろうけど、モンスターが爵位を持つのは、ここでは普通なのだろうか?
「本当に貴族な訳ではありませんよ。かなり上位のモンスターではありますがね」
ブタさん強いの⁉ 思わずしゃがみこんで、まじまじと腕や足を見つめる。ん~……細くて弱そうだよ?
「ははは。本当なら嫌な気分になる筈が、ここまで分かり易いと逆に楽しいですね」
「そうだろう。駆け引きなんて、この嬢ちゃんには出来ないからな」
褒められているのか、貶されているのか分からない……。
「見た目はこんなですが、魔法が得意なのですよ」
そう言って、紫の丸い宝石が天辺にある杖を取り出す。
「これで直接攻撃もするのですが、ここではお見せ出来ませんね。今度、パーティーを組んで一緒にお出掛けしましょう」
「え? 主は居ないの?」
「ええ、居ませんよ。私は『プギー伯爵』というモンスターで、ナダさんにテイムされましたが、依頼がキャンセルとなってからはここに居付いています。A厩舎で一番の古株ですね」
だから、パール伯爵って呼ばれているのか。それにしても、キャンセルされたら、痛い思いをして捕まったモンスターだって困っちゃうよね。
「普通は元の場所に帰すんだが、暫く人間と一緒に暮らしたいって言うから、マハロさんに許可貰って自由にさせてる。全力のトワイフルを短い時間でも抑えていられる貴重なモンスターだからな」
トワイフルちゃんを抑える――。ロデオよろしく背に跨るパールさんを想像する。落ちたらプチッと踏まれちゃいそうで、ハラハラする。でも、本人が強いよって言っているんだから信じてあげないとね。
「――ふむ、気に入りました。お菊さんさえ良ければ、いつでも私をテイムして下さい。あなたとなら冒険するのも楽しそうだ」
「こりゃ確定か? ケンもそう思うだろう?」
「はい。いつもは新しい人が挨拶に来ても、『よろしく』って言ってすぐにどこかへ行っちゃいますから」
人見知りなのかな? う~ん、でも人間と一緒に暮らしたいという言動からズレている気がする。
「そう思って当然ですよね」
「だよね~……って、ええぇぇっ⁉」
「あ、ばれましたね。実は私は浅い所の考えが読めるのですよ。ですから、私を蔑んでいたり怖がっていれば、すぐに分かります。預モンに入って来る方は蔑むことは無いのですが、上位なモンスターである私への知識が恐怖となります。ですから、早めに去るのですよ」
成程。知識皆無の私は可愛いとか思っていた。今でもモンスターには見えない。
「モンスター側からして、テイム100の影響はどんな感じだ?」
「そうですね。お菊さんの人柄の良さを前面に出している感じがします。テイム100は人ありきでしょうね。――トッドさん、こちらへ。これは推測ですが、プレイヤーの見極めも任されているサポートウサギの好感度が高くないと、得られないSAだと思います」
「へぇ、キャラ作成の時点で篩に掛けられているってか」
「そうだと思います。サポートウサギ自身は知らず、運営さんや――、お菊さんは第8サーバーだから、AIエイトあたりが管理している部分だと思います」
「人柄は折り紙付きって訳か。トワイフルもメロメロだぜ」
「彼は善良な人間を殊のほか好みますからね。好みど真ん中じゃないですか?」
「ああ……」
内緒話をしていたトッドさんが、少し同情の混じる目で私を見る。な、何⁉ 何ですか⁉
「人間の男にも効果あるのか?」
「それは流石に関係ありませんよ。お菊さん自身の魅力です」
「そうか。ナダが暴走していたら止めてくれ」
「ああ、そういう事ですか。お任せ下さい。でも、良かったじゃないですか。また女性に興味が持てて。ちょっと心配していたのですよ」
握手し合った後、トッドさんが「よっこいせ」と言いながら立ち上がる。
「待たせたな。まぁ、纏めるとテイム100の効果は絶大だって事だな」
「ええっ⁉ もっといっぱい喋っていましたよね? それに、さっきの視線は何ですか! すっごい気になっていたんですよ!」
「そうですよ! 僕もパール伯爵といっぱい喋りたいです!」
ケン君て可愛いらしいこと言うよね。思わず全員で温かな眼差しを向けてしまう。
「うっ……。だって、羨ましかったんですよ~」
「ははは、ケンは良い子だから大歓迎ですよ。私は暇していますから、いつでも来て下さい」
「いいんですか⁉ やったー!」
手を出されたのでハイタッチしてあげる。ああ、無邪気で可愛いな。
「その為には、さっさと仕事を終わらせないとな。戻るぞ」
「「はーい」」
手を振って歩き出そうとすると、パールさんに呼び止められる。
「良かったら、お近づきの印に。紅茶の茶葉です」
「わぁ、ありがとうございます! 私も今度お菓子とか持って来ますね」
「はい、楽しみにしています。では」
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去って行くお菊達を見つめながら、独りごちる。
「あの子と上手く出会えるといいのですがね。いえ、きっと引き寄せ合うのでしょう。これは運命なのだから」
我ながら臭い台詞だと小さく笑いながら、あの茶葉が好きな、くそ真面目な友の顔を思い出す。
君の幸せはここにありますよ。私が保証します。
双子のお兄さんはパール伯爵のプイッを嫌と言う程に見ています。威嚇し合う姿は、A厩舎の名物となっています。
お読み頂きありがとうございました。




