26.待ってろよ、ナダ! ~健二視点~
新規プロジェクトの会議が終わって部屋を出た所で、メールが届いた。――父さんか。何々?
『兄夫婦はゴールデンウィークの間は温泉に行っているから、菊枝ちゃんは夕食をうちで食べるって忘れていないよね? 早く帰って来るんだよ~。by父』
や、やべぇ、完全に忘れていた! 姉ちゃんとの夕食を逃して堪るか! それにゲームの事も詳しく聞きたい。
廊下を走っていると、前方から内藤さんが歩いて来た。
「どうした、随分と急いでいるじゃないか」
「あ、えーと、父から早く帰って来いってメールが来たもんで」
「急用か? それなら早退してもいいんだぞ?」
「そこまでじゃないんで大丈夫です。なんとか定時目指して頑張ります」
「羽田の負担が大きくて、すまないな。もう少ししたらまとまった休みをやれると思う」
「ははは、無理しなくていいですよ。俺、仕事楽しいから苦じゃないです」
「そうか。引き止めて悪かったな」
「いえ。失礼します」
「ああ」
さっき言った事は本心だ。俺は内藤さんの所で学生の頃から働かせて貰っていて、今じゃヒットメーカーだなんて言われている。他社から誘われたりもするけど、ここでのびのびと仕事をさせて貰っているからこそ、成し得ているのだと思う。
だけど、仕事と姉ちゃんへの想いは同じ大きさだからな。どっちを取るじゃなく、どっちも取りたい。この二つのどちらかが欠けたら、俺じゃなくなる気がする。
必死に仕事をして電車に飛び乗り、なんとか20時に家へ帰って来れた。よし、まだ姉ちゃんの靴がある!
「ただいま!」
「健二君、お帰り。ご飯は先に頂いちゃいました」
「うん。父さんと母さんは?」
「コンビニへアイスを買いに行ったよ。もうすぐ帰って来るんじゃないかな」
「姉ちゃんに留守番させてかよ。うちの子かっつうの」
「――そんなようなものじゃない。ただいま」
「そうだぞ。父さんは既に心構えが出来ている!」
「父さん、お黙りになって! ったく。俺の好きなイチゴアイス買って来てくれた?」
「あ、忘れた。菊枝ちゃんが喜んでくれるアイスを選ぶことしか頭になかった」
「酷っ! 実の息子は俺! イチゴアイスって頭に刻んどいて!」
「え~」
「え~じゃない! もしかして、アイス自体ないの⁉」
「いや、箱で買ったのがあるよ。――はい、バニラで我慢してね。残りは冷凍庫へよろしく」
疲れて帰って来た息子にその仕打ちか。だが、言い争っていても体力が減るだけだ。はぁ、大人しく行くか。
「頂き~。私が入れて来てあげる。先にお風呂入る? それともご飯?」
まさかの夢のシチュエーションが顕現しただと⁉ きっと仕事を頑張った俺へ、神様がご褒美をくれたのだ!
「え、えっと――」
「菊枝ちゃん、言葉が足りないわ。そこは『それとも、わ・た・し?』って続けなきゃ」
「私? あ、一緒にお話しようねって事ですか? 健二君、どれがいい?」
わなわなと震える俺は、キッと母さんを睨む。
「ぶち壊し! それに、姉ちゃんへ変な事を吹き込むな!」
「あら、言って貰えたら今以上の幸せが来るのよ? 自分からそのチャンスを逃したら駄目じゃない」
思わず言葉に詰まって、姉ちゃんに目をやると――、居ない。
は? どこ行った?
「姉ちゃんは?」
「冷凍庫だけど?」
相変わらずのマイペースぶりだ。まぁ、そこも良いんだけどな。
「――どれか決まった? 私、21時に帰るからね」
「じゃあ、送ってくよ。それまで、ご飯食べながら話させてくれ」
「うん。私はアイス食べるんだ~。じゃーん! チョコアイス!」
「これ、500円くらいするやつじゃんか! 姉ちゃんと俺の格差どうなってんの⁉」
「「当然、菊枝ちゃんが一番」」
父さんと母さんの声が揃い、俺は深く項垂れた。
☆= ☆= ☆=
「それでね、ナダさんって人が『定位置は俺の横でしょう』みたいな事を言うの。もう、酷いよね。子供扱いだよ」
俺の箸から何度も煮物の人参が滑り落ちる。HP2? 預モン⁉ ふざけんな、ナダ!
「菊枝ちゃんはゲームでもモテモテね~」
「もう、おばちゃん違うよ。HP2だから、皆が保護者目線なの!」
父さんが余計な事を言う前に睨んでおく。可哀想にという視線を返すのはやめてくれ……。
「姉ちゃん、本当に再作成しないのか?」
「うん。だってね、テイム100はもう手に入らないもの。それに、健二君が初回限定版を手に入れてくれたから、レアモンスターとの遭遇率が高いでしょう。三日間通った人が見付けられなかったのに、私はすぐに会えたの。効果を実感したし、人の役に立てて嬉しかったから、行ける所まで行こうと思って」
「そっか……」
姉ちゃんて見た目と違って、貫き通す強さを持っているんだよな。これ以上言っても否定にしかならないだろうし、ここは暫く見守るか。
「姉ちゃん、送ってくよ」
「あ、もうそんな時間なんだ。おじちゃん、おばちゃん、また明日ね。ご飯とアイス美味しかったよ」
「明日は菊枝ちゃんの好きな唐揚げを作るからね」
「わーい! 期待してまーす」
「じゃあ、おじちゃんはお菓子を用意しておくよ」
「俺には?」
「ん? 可愛い女子とおじさん限定。健二は自分で買って来なさい。菊枝ちゃん、またね」
「はーい。おやすみなさーい」
ここにも格差が。トボトボと歩く俺の背を姉ちゃんが押してくれる。
「元気出して。口ではああ言っていても、健二君を大事に思っているんだよ」
「そうかぁ? まぁ、いいけどさ。VRスーツの調子はどう?」
「問題無しだよ。あれ凄いね! ちゃんと味が分かったよ」
「そうだろう。他に凄かったとか、直して欲しいなぁとかあったか?」
内藤さん達に報告するから聞いとかないとな。
「ええとね、目が良くなった」
「目? ――ああ、そうか。ゲーム内は視力2.0で設定されているからだよ。確か、もっと遠くまで見られるSAがあったと思うよ」
「そうなんだ~。私、ちょっと視力が低いから、子供の頃みたいにくっきり見えて嬉しかったよ」
「そっか。他にもある?」
「とにかく痛いかな。受け身を取れないから、頭をゴンッて打ったりするんだよね」
「え? 設定変えてないのか?」
「設定で変えられるの⁉ えぇ、嘘~……。もっと早く知りたかった……」
あ~、これも知らなかったか。VRゲーム慣れしていないと、転んだりして痛みがあるのは普通だもんな。
「気付かなくてごめんな。今度じっくりとサポートAIに聞いたり、ギルドで勉強するといいよ」
「健二君は悪くないよ。私が勉強不足なの。それに、今教えて貰えて良かったよ。そうじゃなきゃ、ずーっと痛いよ~って半べそだよ」
そう言って何か思い出したのか、顔を真っ赤にする姉ちゃん。な、何があったんだよ⁉
「はぁ、駄目だ。平常心、平常心。あれは怪我を確認する為。お医者さんと一緒」
姉ちゃんが自分に言い聞かせている内容がやばめなんだが⁉ 思わず低い声が出る。
「……相手は誰?」
「へ? 相手って?」
「誰に触られたんだよ!」
「えっ、何で知ってるの⁉ 私、話した?」
「いいから、誰!」
「え、えーと、ナダさんだよ。でもね、骨折とかしていないか診てくれただけなんだよ」
「……服は脱いだの?」
「ううん、服の上からだよ。肘とか頭とか……お、お尻とか」
最後に恥ずかし気に付け足された言葉で、俺の中の何かがブチンと切れた。
「そう。そのナダさんて、どんな人?」
「目と髪は茶色で恰好良い人だよ。優しくて穏やかな感じだけど、人間の中では五指に入る強さなんだって。凄いよね」
姉ちゃんからは褒め言葉しか出て来ないが、俺からしたら胡散臭いとしか思えない。――いや、待てよ。その強さでイケメンで名前がナダ。どこかで聞いた気が……。そうだ! 常盤さんが作ったNPCだ! おいおい、乙女ゲーム全開の男じゃねぇか! やばいぞ、どうにかして止めないと。取り敢えず明日、常盤さんと話してみるか。
「着いたな。明日もゲームするんだろう?」
「うん! マンドラゴラちゃんと約束してるんだ」
「そっか。楽しんで来てな」
「うん。送ってくれて、ありがとう。気を付けて帰ってね」
「ああ。またな」
ちゃんと家に入って鍵を掛けるのを見届けてから、急ぎ足で自分の家に戻る。時間的に厳しいが、俺も『時告げ』をやる。このまま放っておけるか! 待ってろよ、ナダ!
健二君よりお菊ちゃんを可愛がる羽田夫妻。格差は開き過ぎて元へ戻りそうにありません(笑)。
今日の連続投稿はこれで終了です。
お読み頂きありがとうございました。




