21.ギル保
管理センターの最上階にマハロさんの執務室がある。商会のお部屋もそうだけど、マハロさんのお部屋って落ち着くな~。
「さっきのおじいちゃんは、何をされている方なんですか?」
「ん? 言ってなかったか? あのじいちゃんは農業ギルドのギルド長だ」
「ああ、だからファーマーさんが連日鎌持って……」
「は、ははは、それは忘れてくれ。いいか、お菊。この世界は残念な感じの人ばかりじゃないんだぞ? 本当だからな! 信じてくれよ?」
「はい、勿論です。優しくて温かいマハロさんが良い証拠ですもんね」
「え? あ、いや、そうか。どうも……」
照れたのか、マハロさんの言葉から勢いが消える。弱ったなぁという感じで頭を掻く姿が微笑ましい。
「お菊と居ると調子が狂うな」
「えー、思ったままを言っただけですよ」
「それが良くて悪い」
「どっちですか、もうっ!」
「ははは、一応褒め言葉として受け取っておいてくれ。それじゃあ、そろそろ本題入るか」
誤魔化された気がしなくもないけど、耳をピンと立てて聞く姿勢を取る。
「今日は体験入所みたいな感じで、ナダに付いて行って貰ったが、これからの勤務体制についてだ」
「はい」
マハロさんが紙とペンを机に置き、私の前の席へと座る。
「時の旅人さんは確か時間の感じ方が違うんだよな? えーと、旅人さん風に言うと……一週間の内に、こちらの時間で最低二十時間は来て欲しい。もっと働いてくれるなら大歓迎だが、どうだ、いけるか?」
「二十時間ですか……」
ゲーム内は四倍の早さで時間が進んでいるから、現実では五時間という事になる。仕事を終えて家に帰り、お風呂などの諸々をこなして……。二十一時から二十三時までなら時間が取れる筈だ。毎日来られないとしても、土日がある。
「大丈夫だと思います」
「そうか。それが可能ならば、ギル保に入れる」
「ぎるほってなんですか?」
「ギルド保険組合だ。これに入ると回復薬などが三割引きで購入出来たり、温泉などの保養施設や生産施設を、無料または割引利用出来る特典もある。そして、ここが一番重要だ。なんと、リボーンも三割引き! どうだ、お菊にはうってつけだろう?」
なんて素晴らしい制度! リボーンで無一文にならなくて済むかもしれない!
「是非加入したいです! 今からギルドに行けばいいですか?」
思わず椅子から立ち上がって、『よーい、ドン!』の姿勢を取る。
「はははっ、気が早いな。その前に正式に雇用契約しないとな」
「あ、そうですね。思わず興奮しちゃいました。ふふふ、恥ずかしい」
照れながら座ると、先程机に置いた紙が差し出される。
「これが雇用契約書な。読んで問題無いようだったら、俺のサインの下に名前を書いてくれるか?」
「はい」
えーと、時給が1500タムだから、20時間働くと30000タムか。ギル保に入ればリボーンが700タムになるから、一日6回までなら大丈夫。うーん、結構厳しそう。他の事にお金が使えるかな……。
「どうかしたか?」
「あ、いえ、何でもないです」
「お菊」
じっと見つめられて、目が泳いでしまう。これでは嘘を吐いていますと言っているようなものだよね……。
「長く勤めてくれる気があるなら、ちゃんと思っている事を言ってくれ。一人で抱え込まなくていいんだ。俺が助けられる手段を持っているかもしれないんだぞ? そのチャンスをきちんと与えてくれ」
会社に勤めていると、言ってもしょうがないよねと胸の内にしまってしまう事が多い。下手に何か言って、変な風に目を付けられるのは嫌だから。自分が我慢すればいいから。色々と理由を見付けて自分を説得してばかり。でも、マハロさんは逆だと言う。
「本当に言ってもいいんですか? 口では『いいよ』って言っても、心の中では違う人も居ます。信じて、いざ口にしたら、『本気にしていたの?』って……。私、社交辞令なのかどうかなんて判断出来ないです。素直過ぎるからもっと疑えっていつも言われていて……」
徐々に顔が俯いていき、自分の握りしめている手しか見えなくなってしまった。マハロさんが本気で言ってくれたのなら、物凄く嫌な気分にさせてしまっている筈だ。でも、ゲーム内の人間関係ですら、ありのままの私を否定されたらと思うと、怖くて一歩が踏み出せない。
「――正直者が馬鹿を見る。俺はそういうのも社交辞令も大嫌いだ。お菊はきっと俺と気性が似ているんだな。ほら、この世界で俺はお菊の『お父さん』なんだろう? 親子は似ているもんだ」
その言葉に反応して自然と顔が上がる。怒っていないの?
「そんな泣きそうな顔するな。生きていると色々経験するよな。でも、お菊自身が言っていたんだぞ? 『どんな事も全て良きことに変わる』ってな」
「はい……」
大好きな言葉なのに、すぐに見失ってしまう。それでも、何度でもこの言葉は力をくれる。
「それに、もう良きことは起きているだろう? 前にも言ったと思うが、トワイフルは嘘吐きが大嫌いなんだよ。俺達Aチームは、そのトワイフルのお眼鏡に適った奴しか居ない。お菊は既に望む環境を手に入れているんだよ」
「マハロさん……」
嬉しさが込み上げると同時に、今度は恥ずかしさで俯く。こんな良い人達を疑った。私ってなんて嫌な奴だろう……。
自己嫌悪していると扉がバンッと開き、トワイフルちゃんが走り込んで来る。
「クーン、クーン。ワフ、ワフ♡」
スリスリペロペロとされて非常にくすぐったい。
「こら、トワイフル! お菊が帰って来て嬉しいのは分かったから! 涎でベチョベチョじゃねぇか!」
マハロさんがトワイフルちゃんの頬を突っ張り、私を救出してくれる。
「こんなにもトワイフルが気に入ったのはお菊が初めてだ。俺以上とか飼い主舐めているだろう、このワンワンめ!」
「ワフ~ン」
小馬鹿にしたように見下ろすトワイフルちゃんと、物凄く嫌そうに顔を顰めるマハロさん。それを見ていたら、肩の力がストンと抜けた。
「……ふふっ」
「おっ、笑ったな!」
「ワン!」
笑えた自分に驚いていると、マハロさんが満足気に頭を撫でてくれる。
「お菊がいつもそうやって笑っていられるようにする。確かに、何度も傷付くと後ろ向きになって、つい縮こまっちゃったりするよな。でも、俺達は絶対にお菊を裏切らない。というか、このワンワンがそんな事させない。その気を起こしただけで、電撃で真っ黒焦げにされちまうからな」
「ワン!」
「その通り!」という感じで頷くトワイフルちゃん。
「それじゃあ、改めて。何でも言ってくれ、お菊。俺が、いや、俺達が必ず力になるから。な?」
「はい!」
「ワン!」
「お前まで返事しなくていいんだよ。――痛っ! こら、頭突きしてくんな!」
またじゃれ合い始める姿を見ながら、私の唇は自然と弧を描いていた。うん、きっとここなら大丈夫。私、ここに来て良かった。
お菊ちゃんにうってつけの制度が登場です。これで無一文を回避できるかな?
まだ投稿続きます。
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